第646話向うべき地です!

皇帝が死んだ。そう言われて最初に頭に浮かんだのはヴァイさんの安否だった。

あの人は帝国の軍人さんで、皇帝の傍に居る様な人だ。

皇帝が死んだという事は、あの人の身に危険が迫った可能性が高い。


けどあの人には発信用の精霊石を渡している。もし何かがあったら呼んでいるはずだ。

まさか呼ぶ暇もなく命を落としたのだろうか。無事だと良いんだけど・・・。


「あの殺しても死にそうにない男が死んだと?」


俺がヴァイさんの心配をしていると、イナイは険しい顔をしながらブルベさんに問いかける。


「確定では無いけど、帝国はそういう方向で動いているね」

「どういう事ですか?」

「現状、ウムルは皇帝の死体を確認出来ていないからさ」

「成程、だから『かもしれない』ですか」


ブルベさんの言葉を聞いて、少し考えこむ様子を見せるイナイ。

ただ俺には何故その事を深刻そうに考えているのか解らない。


皇帝が亡くなったという事自体は大変な事だと解るのだけど、他国の長が無くなって何故彼らが頭を悩ませるのだろうか。

あの国が隣国の仲が良い国だったとか、代替わりで性質が悪い皇帝になったとかであれば色々困るだろうけど、元々帝国とはあまり仲が良いわけではないと聞いている。

この人達の事だから元々それなりの相手をするつもりで対策を考えていると思うし、今更悩む様子を見せる理由が解らない。


「予定より早い皇帝の死に、私の帰還と合わせて会議をする予定ですか?」

「なら、良かったんだがね」


イナイが出した結論に、ブルベさんは否定に聞こえる言葉で応えた。

彼の言葉が予想外だったのか、イナイの眉間の皺が更に深くなる。

そんなイナイを見て、ブルベさんは苦笑しながら言葉を続けた。


「今の帝国は混乱の極みだ。国土が広いおかげ、いや、広いせいで情報が余り出回っていないが、あの国では今地獄が出来上がっている」

「・・・一体あの国で何が起き―――」


ブルベさんの物騒な言葉に、イナイは問いかけの途中で言葉を止めて俺に視線を向ける。

何故いきなりこっちを向いたのか解らず驚いていると、リンさんが深く溜め息を吐いた。


「はぁ・・・そういう事。いくら何でも帝国で起きなくても良いのに。おかげであたし達は自由に動く事は出来ない。ぜーんぶ後手だよ」

「全く気の利かない連中よねー。せめて目立たない様にやってくれれば私達も動けるのにさー」


リンさんとセルエスさんは何を言っているんだろうか。

イナイは何か解っている様だけど、その先の説明が飛ばされていて俺には内容が察せない。

帝国で何か事件でも―――あ、まさか、ちょっとまて。嫌な考えに至ったんですけど。


今回の話は遺跡の事だと思っていた。

だから俺は呼ばれたと思ったし、ハクとクロトもそれで呼ばれたのだと思っていた。

ただ政治に関する細かい問題なら、きっと俺達は外して良いとブルベさんなら言うだろう。

けど彼は真っ先に帝国の話を始めた。それも、シガルも居るところで。


「魔人がよりにもよって帝国領に現れたのですか」


イナイの言葉に、ブルベさんはコクンと頷いた。

帝国に魔人が現れた。そして魔人は帝国で暴れている。

つまりはそういう事なのだろう。嫌な考えが当たってしまった。当たらなくて良いのに。


「俺はこのまま帝国が潰れたら色々な問題が全部解決して良いと思うけどな」

「アロネスの気持ちは正直解らなくも無いが、一般市民に罪は無かろう」

「へーへー、すみませんねー。聖騎士様は言う事がご立派ですねー」

「はっ、民が死ぬ事を良しと一番思っていない男が何を言っているのか。監視が無ければお前は真っ先に帝国に向かっていただろう」


不穏な言葉を口にした事でウッブルネさんに咎められ、拗ねた様に文句を言うもアルネさんに突っ込まれてつまらなそうな顔をするアロネスさん。

まじか、あの人今は監視が付いてるのか。

今まで色々やらかしてるし、しょうがないのかもしれないけど。


「ウムルの諜報員も数名死んでいる。そのせいで余計に情報が少ない。本当は今すぐにでも魔人を切りに行きたくはあるけど、現れた先が帝国ではそうもいかない」


ブルベさんは少し悔しそうな表情を見せてそう言った。

帝国限定で動けないという様な物言いに聞こえるが、何故動けないのだろうか。

ブルベさんの口ぶりではもう魔人は大分暴れている様だし、助けに行った方が良いんじゃ。


「少なくとも今の時点では帝国は起こっている騒動を隠すつもりだ。そこに私達が行っては後が面倒になる。少なくとも今は帝国に手は出せない」

「多くの民が、死にますね」

「・・・解っている。解っているさ姉さん。それでも、他国の民を救う為に、自国の民を不利にする行動をとる気は、私には無い」


ブルベさんは自分で自分の指を折るのではないかと思う程手に力が入っている。

だが彼は鋭い視線をイナイに向け、静かな重い声で続ける。


「だが、何もしないで待っている気は勿論無い」

「・・・私達は何処に飛べば?」

「帝国の隣国の一つ、エレオネオ王国。今回はアルネにも一緒に行って貰う。姉さんとアルネならどの国にどう動こうがそうそう怪しまれないからね」


技工士と鍛冶師の二人なら、他国に肩書持って移動してもそこまで怪しまれないって所か。

隣国での待機も騒動が大きくなった時に動き易くする為かな。

今回他国へ移動する為に色々あると知ったので、おそらくそうだろうと思う。


「承りました。現地での判断は全て任せて頂けるので?」

「なるべく二人の意見が合致している方が望ましいが・・・基本は姉さんに任せるよ。それとこの件で何かを連絡したくても、事が大きくなるまでは腕輪での連絡は無しでお願いしたい」

「了解致しました」


イナイはブルベさんの言葉を了承し、ブルベさんも小さく頷く。

そして視線を俺とクロトに向け、次にハクに視線を移した。


「ハク、クロト君、君達に頼みがある」

『頼み? 何?』

「今回姉さんの仕事にはタロウ君も付いて行って欲しい。だが君達には別行動をお願いしたい」

「・・・なんで」

「ハクとクロト君ならば遺跡の機能だけでも破壊出来る。核とやらが残っている以上完全に安全とは言えないのだろうが、それでも遺跡の危険な機能を止められる事は大きい。二人にはタロウ君に頼んでいた仕事を代わりにやって欲しいんだ」


ハクとクロトも来て欲しいというのはこの事を頼む為か。

ブルベさんは二人に真剣な顔で頼むが、それに応える二人はあからさまに嫌な顔をした。

ハクはよく解るのだが、クロトが珍しく誰が見ても解るぐらい顔を歪めている。


『こいつと二人とか絶対嫌だ。それにシガルとも離れないといけないんじゃないか?』

「・・・お父さんと離れ離れは嫌。そうするとお母さんとも離れるからもっと嫌。こいつと二人っきりは死んでも嫌」

「――――そうか、すまない、ならば忘れて欲しい。これはお願いであって命令ではないしね」


ブルベさんは二人の言葉を聞いて、残念そうにしながらも素直に諦めの言葉を口にした。

俺も正直二人だけで行動させるのは怖いし、心配なので反対ではある。


「陛下、私が二人と共に行きます。二人共、それじゃ駄目かな」


だが、そこにシガルが二人に問いかけた事で状況が変わった。

問いかけられたハクとクロトは戸惑った様子を見せる。


「ハクは私が一緒なら良いんだよね」

『うん』

「クロト君、お父さんとは離れる事になっちゃうけど、その間お母さんじゃ駄目かな」

「・・・駄目な事は、ない、けど・・・ううん、良いよ。シガルお母さんが居てくれるなら」

「という事だそうです、陛下」


シガルはあっさりと二人を説き伏せると、凛とした表情でブルベさんに告げる。

ブルベさんは今まで全く向けていなかった視線をシガルに向け、一つ息を吐いてから口を開く。


「スタッドラーズの血かな。本当に、欲しい時に欲しい物をくれる。頭が下がるよ」

「私は私です。父とは関係ありません。私はタナカ・シガルです」

「ははっ、そうだね。その通りだ。ではシガル君、君にウムル国王として直々にお願いする」

「はっ、国民として義務を果たします」


やっべ、シガルさんかっこよくて惚れそう。空気な俺と違ってマジかっけぇ。

ていうか俺はイナイにくっついて行く事が勝手に決定してたんだけど、それに関して何か言うべきだっただろうか。

でもイナイ一人行かせたくはないと思うし、何も言いようがない。

うん、何か俺、渦中に居る筈なのにこの場に居ないような気分になって来るな。


「ハク、クロト君、シガル君、タロウ君、君達への話は以上だ。また後日、細かい予定詰めの為に呼ばせて貰う。その時はまた宜しくお願いするね」

『解った』

「・・・ん」

「はっ」

「あ、はい」


イナイ以外の名前を呼び、ブルベさんは柔らかい笑顔でその話を絞めた。

呼ばれると思って無かったので間抜けな返事しちゃったよ。

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