第644話お婆さんの確認です!


「・・・ほんとにやるの?」

「なんだ、お嬢ちゃんがやると言ったんだろう?」


不安そうな様子で訊ねるストラシアさんと、今更何をという様子のお婆さん。

お婆さんは不敵な笑みをたたえたままなのだが、ストラシアさんは完全に困り顔だ。

今の状況はお茶を飲み終わったお婆さんが「じゃ、やろうか」と気軽に言って外に出て、イナイが止める所か「では行きましょうか」と言って促した事でこうなっている。


「あれはその、売り言葉に買い言葉っていうか、反射的に・・・」


ストラシアさんは眉を顰めながらぼそぼそと呟くが、お婆さんは一切意に介さない。

首をこきっと鳴らし、もう喋る事は無いとばかりにちょちょいと手招きをする。

お婆さんの変わらぬ強気な態度に、ストラシアさんはまたムッとした顔を見せた。


『ねえ、イナイ、イナイ、後で私も相手して貰って良い?』

「家壊したり森焼き払う様な事が無ければ構わねぇよ」

『やった! 解った!』


どうやらハクは彼女の後でお婆さんに挑むつもりの様だ。

ハクが強者認定したって事は、やっぱりお婆さんは強いんだろうな。

実はわたくしはお婆さんは強いんだろうなーと思いつつも、その強さを測りかねております。


なんかよく解らないのよね、あのお婆さん。歩き方も何と言うか、凄く普通というか。

服装もゆったりめで首まで覆ってるから体つきもどんなものかいまいち解らない。

ただ唯一露出している手は明らかに素人ではない感じだけど。


「もう、大怪我しても知らないからね!」


ストラシアさんはそう叫ぶと一直線にお婆さんに向かって踏み込む。

ただその速度は俺とやった時の様なものではなく、街で見かけた時程度の速度。

それでも老人相手と考えれば、普通はやりすぎな範囲なのだろうとは思う。だけど―――。


「なっ!?」

「老人を労わる気持ちは良い事だが、その程度じゃこんな老婆の足すら動かせんな」


バンッという音と共に止められたストラシアさんの拳。

その拳を彼女は驚愕の表情で見つめている。

何故ならお婆さんは躱しもせず、力を殺す事もせず、真正面から彼女の拳を受け止めたのだ。

そして受け止めたにもかかわらず腕を全くブレさせていない。何つー腕力だよ。


「成程、貴女もお母様と同じ様なものなのね」

「狂い姫程は自信が無いな。あそこまでの化け物には未だ少し届かん」

「へぇ、貴女はお母様をその名前で呼ぶんだ」

「昔に少しあって彼女を知っている。とはいえ勝てそうにないので手を合わす事は避けたがね」


ストラシアさんは会話しながら段々と口角が上がり、雰囲気が徐々に変わりはじめている。

どうやらお婆さんが自分と戦える相手だと認識した様だ。

その様子にお婆さんは気が付いているのかいないのか、先程と同じ様に笑みを見せながら会話を続けている。


「そう、じゃあ、本当に私に勝てるかどうか怪しい―――」


ストラシアさんが完全に『変わる』と思った瞬間、打ち込んだと理解するのだけが精いっぱいな速度の打撃が彼女のあごに叩き込まれた。

離れた位置から見ている俺にはまだ見えたが、至近距離のストラシアさんには何も見えなかったのだろう。

彼女は力なく膝から崩れ落ちるが、地面に倒れる直前に意識を取り戻したのか手を突いた。

あの一撃を食らって意識を手放さないか。俺なら顎が砕けて首の骨が折れている。

本当にこの世界の人は体が頑丈で羨ましい事だ。全くもって化け物過ぎる。


「―――え、な、にが」

「ま、こんなものだ」

「え、な、いや、何で私、倒れ、あれ、立て、ない」

「ああ、そうか、すまん。食らった事すら解って無かったのか。それで地面に手を付けたとは中々反応が良いと褒めるべきかな。ほら、手を貸してやろう。立たない方が良いぞ」


混乱するストラシアさんに、お婆さんがすまなそうに手を貸して座らせる。

彼女はおそらく自分の身に何が起こったのか全く分かっておらず、何故か倒れたという事だけは即座に理解して手を突いたのだろう。

もしかするとただの反射で手を突いただけかもしれないな。彼女なら可能だろうし。


未だ何が起こったのか把握しかねているストラシアさんは、後から来たらしい顎と首の痛みに気が付いた様で手で擦っていた。

そんな彼女の下へシガルが向かおうとして、イナイが手で制して前に出る。

シガルは首を傾げながらも留まり、イナイはストラシアさんの横に立つと口を開いた。


「これが、ウムルです。満足出来そうですか?」

「・・・は、はは、あはは、満足ですって? こん、こんなの、耐えられるわけが、ない」


静かに言い放つイナイを呆けた表情で見つめていたストラシアさんだったが、怪しげな笑みと共に体を震わせてそんな事を言い出した。

その様子はかなりヤバ気に見えるのだが、それで良いのだろうか。


「あはっ、全然届かない、これっぽっちも届く気がしない・・・!」

「これは聞いていたより重症だな。リファインの方が大分マシだ。親が親なら子も子だな」


まだ衝撃から回復していないのか微妙に揺れながら、それでも楽し気に呟くストラシアさん。

その様子を見てお婆さんは溜め息を吐いていた。

ただ彼女の体には確かなダメージがある様で、楽しげな様子とは裏腹に立つ事も出来ない。


「シガル、彼女を休ませに、家まで連れて行ってあげて貰えますか」

「あ、う、うん」


イナイの言葉に応えてシガルがストラシアさんに肩を貸して家に戻っていく。

それを見届けてからイナイはお婆さんの方に顔を向けた。


「ま、あれが今回預かって来た問題児なんだ。婆さんなら手綱握れるだろ」

「アタシよりもリファインに任せた方が面白そうだと思うがな。それに教えるならアタシよりもロウの方が優秀だぞ」

「隠居して暇してる婆さんが一番都合が良いんだよ。それにあれはリンとは毛色が違う。婆さんに任せた方がおそらく良い。嫌なら別に断ってくれて構わねぇぜ。強制はしない」


という事は、ストラシアさんはこのお婆さんの所に行くって事かな。

てっきり彼女は城の方に行くと思っていた。

お婆さんの言う通り、リンさんとかウッブルネさんの所で鍛えるのかと。


「ババアを何時まで働かせるつもりやら。老人を労わる気持ちがないのか。ああ悲しい」

「ぬかせ。楽しげな顔しやがって。引き受けるって事で良いな?」

「ま、暫くは面倒見てやろう。どこまで若い子に付いて行けるか解らんがな」

「現役の時より良い動きして言う言葉じゃねえな。あんたいつになったら耄碌するんだ」


お婆ちゃん、現役の時の方が弱いんですか。

本当にこの世界の人おかしいよ。ちゃんと歳取ったら衰えようぜ!

いや、ただの世間話的なものなのかな。でもさっきの動き凄かったもんなぁ・・・。


「はっはっは、あと三十年は頑張ろうと思ってるぞ」

「全く、本当に元気な婆様だ」

「いつまでも可愛らしいイナイちゃんには言われたくないな」

「うっせ、こっちは好きでこの体型してんじゃねーんだよ!」


ケラケラと笑いながら揶揄うお婆さんに文句を言うイナイだが、親しさを感じる怒り方なので付き合いの長さを感じる。

でも流石にお婆さんにはボディーブローは仕掛けない様だ。


『じゃあ次は私の相手してくれるんだよね! ね!』

「真竜の子とやるのは始めてだな。まあ構わんよ」

『わーい!』


ハクは飛び上がって喜び、パタパタとお婆さんの周囲を飛び回る。

仕草や行動は可愛いのだが、今からやろうとしている事が可愛くない。


「あたしはお嬢の様子見に戻るよ。タロウはどうする?」

「ハクがやり過ぎると怖いのでここで見とくよ」

「解った。任せる」


特に後ろ髪惹かれる様子もなくイナイは家に戻っていき、残ると答えた俺はやっぱ戻ればよかったかなーなどと思いながら留る。

けどクロトが傍に残ってくれたので、腰を下ろして足の上にクロトを乗せて気分を誤魔化す。

視線を二人に戻すとハクは人型になり、鱗を服の様に変化させて身に纏っていた。

目のやり場に困らなくて済むのでとてもありがたい。


「おお、面白いな。そんな事が出来るのか」

『これからもっと面白くなるぞ!』

「ははっ、お手柔らかにな」


そうして始まった勝負は中々に人外の戦いで、途中から俺は考えるのを放棄しました。

何あの婆さん。加減しているとはいえ今のハクを手玉に取ってたぞ・・・。

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