第643話先代様です!

俺達はウムルに到着し、先ずは王都に行かずに樹海に家に戻って来た。

ブルベさんにその事は事前に報告しており、今日は家で休んで明日訪問となっているらしい。

毎度の事だけど基本的に報告移動がのんびりしてる気がする。大丈夫なのかね。

いや、一応イナイから報告が済んでるからのんびりなのかな。


「さて、ようこそストラシア様。ここが私共の住居です。それなりに広く作っておりますので、大公様のお屋敷にもそう劣らないかと」


イナイが扉を開いて招き入れ、ストラシアさんはキョロキョロと内装を見ながら入って来る。

吹き抜けの天井を見て「はぁー」と息を漏らし、家にある技工具を見て「これ、全部ステル様作ですよね!」と少しテンション上がっている。

イナイの技工具はこの世界では最先端技術の様だし、イナイの道具しかない家というのは普通はこういう反応を見せる物なんだろうな。


「とても大きいお屋敷なんですけど・・・なぜ全部木で組んであるんですか?」

「周囲に木材が大量にありましたので贅沢に木を選べましたし、特に他の資材を使う必要が無かったんです。単純に私が技術のみで組み上げたかったというのも理由ですが」

「え、こ、この屋敷ステル様お一人で建てたんですか!?」

「細かな作業が必要な部分は私がやりましたが、伐採や大まかな作業は他の人間の手も借りましたよ。一人で出来ないかと言われれば、おそらく出来ない事は無いとお答えいたしますが」


嘘だ。おそらくとか嘘だ。この人絶対一人でもこれ位の家作っちゃうぞ。

でなきゃあんな馬鹿げた飛行船を個人で作れるわけねーじゃん。

普通なら不可能だけど、この人には魔術と外装がある。

あの外装を使えばおそらく重機の代わりになるし、個人でも余裕で作れるだろう。


あれ、そういえばこの世界重機は見かけた事無いな。

自動車はイナイが作ってるけど、危ないからって量産してないし。

外装を重機変わりだと使える人間が限られるだろうから、多分実用化はしてないだろう。

一応人力補助的な道具は沢山見かけてるけど、完全機械仕掛け的な物は見ていない。

いや、もしかしたら俺が知らないだけで技工士たちは使っているのかな?


魔術が在る世界だし、重機なんか無くても重機並みの事が出来る人が居る世界だから忘れてたけど、あの手の機械があった方が普通の人には便利だよな。

イナイは自分が優秀で特に使う必要も無いから思いついていないのかも。

何かを作る時って「必要」とか「面白そう」と思わないと中々きっかけにならないからな。

車を作れるイナイなら重機も造れそうだし、今度試しに聞いてみよう。


「今日はゆっくりしていってね。あ、お茶入れて来るね」

「そんな、気を遣わなくても良いよ」

「良いから良いから、そこで待っててねー」


シガルがストラシアさんを居間のソファに座らせ、お茶を入れにパタパタと台所に向かう。

イナイも一緒に「手伝いますよ」と言って付いていき、ハクも何故か付いて行く。

普段なら俺も何となく付いて行ったりするのだが、流石にお客さん置いて俺迄去るのは如何なものかと思い、彼女の対面側に腰を降ろした。

クロト君、何故俺の膝の上にお座りですか。今日は甘えてきますね。別に良いけど。


「あの、使用人の方とかは居ないの?」


俺が腰を下ろしたのを見て、彼女は周囲を見渡しながら聞いて来た。

つられて周囲を見渡し、確かにその疑問は正しいと感じる。

何故ならそれなりに長期間家を空けていたにしては、家の中に掃除をした気配があるからだ。


「使用人とかは居ないんですけど・・・たしか前に、留守の間は偶に家の様子を見て貰う様に頼んでる人が居ると、イナイが言っていた様な・・・」

「て事は貴方は会った事が無いんだね」

「そうですね、今の所一度も」


樹海の家の事を任せるぐらいだから信用している人なんだろうとは思う。

そういえば余り気にして無かったけど、その内会わせて貰える様にお願いしてみよう。

この家は俺の帰る家でもあるんだから、一回ぐらいちゃんとお礼を言っておかないと。


「ん、あれ?」

「どうしたの?」


俺が疑問の声を上げた事でストラシアさんが首を傾げながら訊ねる。

ただ膝の上にいるクロトは気が付いている様で、ぼーっとした視線を玄関に向けていた。


「誰か来たみたいです」

「この山奥に? 普段から訪問者が多いの?」

「いえ、滅多に来ませんよ。俺がここに住んでからでも数える程度です」


家に用がある人なのか迷って来たのか解らないが、この家に向かって来ているのは違いない。

とりあえず立ち上がって玄関に向かって扉を開くと、のんびりと散歩をしているかの様子なお婆さんが居た。

お婆さんとは言っても、足取りはしっかりしているし背筋は伸びている。顔も昔は美人だったのであろう気配のある顔立ちで、皺が無ければお婆さんと解らないのではないだろうか。

ご老人だとは思わなかったので少し面くらってしまい、少し固まっているとお婆さんから話しかけて来た。


「おや、イナイちゃんの旦那か。初めまして、かな」

「あ、はい、はじめまして」


イナイ「ちゃん」という事は、このお婆さんはイナイと古くからの付き合いがある人だろう。

もしかするとお仕事関係なのかもしれないな。

ていうか、俺は知らないのに俺の顔は知られてるって、やっぱなんか苦手だわ。

イナイと結婚した以上しょうがないとは思うけど、なんかなー。


「ニナ様、帰ると報告致しましたのに。まさか何か有りましたか?」


そこでイナイも玄関先にやって来て、お婆さんを気遣う様子を見せた。

だがお婆さんはそんなイナイを見て眉間に皺を寄せる。


「何だその喋り方・・・ああ、お客さんが居るのか。それはすまない。特に何か用があったわけではないんだ。邪魔したな」

「いえ、どうぞ上がって下さい」


玄関から家の中にストラシアさんが居るのを見て、お婆さんが少し困った様子を見せた。

だがイナイはそんな事は気にせず、笑顔で家に上がる様に促す。


「いいのか? ボロが出てもアタシは知らんぞ。あの子はおそらく貴族様だろ」

「彼女の父は細かい事を気にする人ではありませんし、彼女も特に気にしないでしょう。大丈夫ですよ。お気になさらず」

「なら良いが。では上がらせて貰おう」


お婆さんはイナイの言葉に応えて家に上がり、そのまま居間のソファに腰を下ろす。

迷いのない移動に少し戸惑っていると、お婆さんはクロトの頭を撫でてストラシアさんと世間話を始めた。

会話自体は何処から来たのかとか歳はいくつだとか本当に世間話なのだが、ストラシアさんは若干どころじゃなく戸惑いながらお婆さんに応え、チラチラと俺達に助けを求めている。

クロトはされるがままだ。全く警戒する様子も抵抗する様子もない。


「あの、イナイさん、あれ誰?」

「留守の間この屋敷の掃除頼んでる人。先代聖騎士のニナ婆さん。リンが聖騎士になるまで現役で剣振ってた元気な婆様だよ。正確な歳は知らないけど、90は越えてるはず」


小声で訊ねると、イナイも小声で教えてくれた。

信用できる人に任せていたんだろうなと思ったら、リンさんの先輩ですか。

ていうか、元とは言え聖騎士さんに家政婦みたいな事頼んで良いのかしら。

この人達の人間関係マジでよく解んねーわ。しかし90であれか。元気だなー。


「一応結婚式にも居たぞ、あの人。端っこ方で眺めてるだけで、宴会にも来なかったから覚えてねーかもしれねーが」

「ごめん、ぜんっぜん記憶にない」


結婚式に居たのか。それは申し訳ないな。全然見覚え無いわ。

とりあえずストラシアさんが困っているので俺は居間に戻り、イナイは台所に戻って行った。

そしてそう時間経たずにお茶とお茶菓子をもって来たのでお婆さんの会話は一度止まり、あからさまにほっとした様子を見せるストラシアさん。


「で、イナイちゃん、察するにこのお嬢ちゃんが例の?」

「ええ、そうですね」

「成程。こりゃアタシの所にも話が来るわけだ。強いな、このお嬢ちゃん」

「もしかしてその確認の為に樹海に?」

「いいや。今日はただイナイちゃんの顔見に来ただけ」

「そうでしたか」


どうやらお婆さん、ストラシアさんの事を聞いているらしい。

元聖騎士らしいから、騎士の誰かから聞いたりしてるのかな。

いや、イナイと直接連絡とってるみたいだし、イナイから聞いてるのかもしれない。


「勝てますか?」

「今のお嬢ちゃんなら楽勝。将来は解らんがな」

「・・・は?」


イナイの問いに何でもない様に勝てると答えるお婆さん。

ストラシアさんはその答えに呆けた顔を見せる。俺は普通に納得してしまうけどね。

だってお婆さんはウッブルネさんと同格で、カグルエさん措いて聖騎士やってた人なんでしょ?

そりゃお強いでしょうよ。勝てる気がしねーわ。


「疑うなら一戦やってあげようか? 今のお嬢ちゃんなら剣も要らんよ」

「っ、そこまで言うなら、ちょっと相手して貰おうかしら」


お婆さんが歯を見せながらにやりと笑い、ストラシアさんがムカッとした様子を見せる。

だがお婆さんはストラシアさんの反応を見ていきなり噴出した。


「ぷはっ、あっはは、可愛いなお嬢ちゃん。こんな安い挑発に乗ってたら色々面倒だぞ。うちのリファインぐらい強ければ話は別だがな。くくっ」

「か、揶揄ったの?」

「いいや、言った事自体は本当のつもりだよ」

「・・・私には貴女がそんなに強そうにはみえないんだけど」


カラカラと笑うお婆さんに頬を膨らませながら抗議するストラシアさん。

だがお婆さんは優しい笑みを向け、不満そうにしている彼女のあたまを優しく撫でる。


「すまんすまん。そんなに拗ねるな。後でちゃんと相手はしてやるから」

「・・・私にしたら、貴女みたいなお婆さんに手を上げるのは本来は気が引けるんだけど」

「おや、この老体を気遣ってくれるのか。良い子だ」

「なんか、貴女、物凄く調子狂う・・・」


ストラシアさんはお婆さんへの対応に困っているが、お婆さんは楽し気に笑うだけだった。

俺もこのお婆さんが何したいのかよく解らん。とりあえず変な人だという事は解った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る