騒乱の予兆、タロウの決断。

第642話ウムルへの一時帰還です!

予定通り公国を発つ日が来た。

今回は大公夫妻も見送りに来ているのだが、見送られている側のテンションが一名とても低い。

妹さんは死んだ魚のような眼でハクの掌の上に乗っている。見ていて心配になるんだけどなぁ。

とはいえ彼女の同行予定は変わる事は無く、このまま出発する様だ。


「ストラシア、ウムルの皆さまにご迷惑をおかけしないように」

「はい、お兄様・・・」


サラミドさんが声をかけても覇気の無い返事をするだけの妹さん。

見ていられなくてシガルに眼を向けるが、彼女は苦笑いをするだけだった。

イナイさんは何故か相変わらず興味が無さげな様子を貫いている。なんか冷たくない?

普段ならもう少しフォローすると思うんだけどなぁ。理由があんのかな。


因みに彼女の訪問目的は、力を使いこなす為にウムルの闘士達に教えを乞う事となっている。

予想はしていたけどそういう理由ですよね。

他にも理由は有るっぽいけど、そっちは教えて貰ってない。


「気をつけてなー。何なら向こうで良い男捕まえて来ても良いぞ。ウムルは優秀な人間の宝庫だからな。こっちとしちゃ連れて帰って来るなら大歓迎だ」

「なっ、何を言うんですかお父様! 私はあの方一筋です! 他の方など考えられません!」

「くははっ、じゃあ元気に行って帰って来い」

「ぐぬぬ・・・」


流石父親といったところだろうか、大公様が娘さんのスイッチを上手い事押したっぽい。

とはいえ一瞬の怒りの感情なので、落ち着いたらまた死んだ目になる可能性も有るけど。

それにしても彼女の想い人はどんな人なんだろうか。一度は会ってみたかった。

だってあの彼女が惚れる人物だ。少し興味は出てしまうのが普通だと思う。


それに告白してないのに振られたし、その原因を見てみたくもあった。

別に若干トラウマになんかなって無いよ。平気平気。

ただの勘違いで起こった不幸な事件ですから何にも気にしておりませんよ。

でももう二度とあんな目には遭いたくない。


「ストラシア」

「あ、は、はい、何でしょうかお母様」


睨み合っている父娘の横から、静かな声で娘を呼ぶ大公妃様。

妹さんはその声にすぐに反応し、背筋を伸ばして母の方へ向き直る。

その様子を見て大公妃様は少しだけ間を空けて、ゆっくりと口を開いた。


「貴女にとってその力は邪魔なのかもしれない。けど、力という物は有って困る物では無いの。要はその力の振るい所。なんて、若い頃に暴れ倒していた私が言っても説得力はないかもしれません。けど、きっとその力は貴方に必要な物。余り後ろ向きに考えないで下さい」


何を言われるのだろうかと構えていた妹さんに、大公妃様は優しくそう語った。

その顔はいつも通り笑顔ではあったのだけど、何処か暖かい物を感じる雰囲気を持っていた。

だが妹さんは、その言葉を受けても表情が晴れる様子は無い。


「・・・申し訳ありません。今の私には、その言葉を受け止めるのは少し難しいです」

「構いませんよ。今すぐに納得しろなどと母は言いません。ただ余り自分を追い詰めないで下さい。いつかきっと、その力を持った意味を見つけられます。かつて母がそうであったように」


妹さんは優しく語る母の言葉に頷けない様で、顔を俯かせながら謝った。

だがそんな娘にそれで構わないと伝える大公妃様。

今理解する必要は無い。いつか理解出来る時が来ると、大公妃様は優しく告げた。

それはまるで、今からそうなるだろうと予言している様にも見える。


「・・・ありがとうございます。少しだけ、前向きに考える様に努力してみます」


母の言葉に何か思う所があったのか、妹さんは顔を上げて感謝を口にした。

表情が完全に晴れたわけではないけど、それでも先程までの暗さは減っている。


「ええ、そうして下さい。貴女に暗い顔は似合わない。いつも明るく、少しおてんばなぐらいが丁度良い。私の可愛い娘には笑顔の方が似合います」

「お母様・・・はい・・・!」


母親かっけぇ。良いなぁこのお母さん。妹さん一気に顔が明るくなったよ。

あれ、でもそれならもっと早めに元気づけてあげても良かったのでは。

・・・いやうん、この件については考えない様にしておこう。


「タロウさん」

「はい、何ですか?」


ぽけっと母娘の様子を眺めていると、サラミドさんから声をかけられた。何だろ。


「この度は、貴方には本当にご迷惑をおかけしました」

「ああいえ、気にしないで下さい」

「いえ、貴方には感謝もあります。気にしないという事は私には出来そうに無い。貴方にとっては些細な事で、何をしたつもりもきっと無いと思います。けどそれでも私は貴方のおかげで自分を見据える事が出来た。いつかその礼をお返ししたいと思っています」


感謝? 手合わせの事かな。それとも遺跡の事だろうか。

よく解らないけどどっちも仕事だし、気にしなくて良いと思いますよ。

とは思うものの、本人が感謝をと言っているところに水を差すのも良くないかな。

彼の中で何がどうなっているのかは解らないけど、そう思う程の事があったんだろう。


「いつか貴方が困る様な事があった時は、手を貸せる様に精進します」

「んー、正直よく解ってないんですけど、仲良くして頂けるならそれは助かります」

「ははっ、そうですね。私としてはウムルとも、貴方とも仲良くやって行きたい」


ああ、それは良いな。そっちの方が俺には解り易くて良い。


「じゃあいつか会う機会があれば、その時はまた食事ででも腕を振るいますよ」

「それは楽しみですね。あの昼食は美味しかった」


彼は笑顔で俺の言葉に答えてくれたので、俺も彼に笑顔で返した。

そして俺達の会話に区切りがついた所を見計らって、イナイが大公様に頭を下げる。


「では大公様、お世話になりました」

「はっ、どっちが世話になったのか解んねぇがな」

「形式上そう言っただけです。世話になった等とは一切思っていませんよ」

「・・・相変わらずステル嬢ちゃんはキッツいなぁ」

「何度か言いましたが、私はもうステルではありません。タナカです。酔っ払いには何度言っても覚えていられないようですね。今日も酒が入っているでしょう」

「あー、はいはい、ごめんなさい。俺が悪かった。タナカ・イナイ。覚えた覚えた」


そういえばイナイは大公様には終始少し辛辣だったな。

けどあれはある意味大公様に気を許しているんだと思う。

貴族モードでは有るけど、素の自分に近い言動をしているし。

完全に外面での当たり障りのない言葉だけを発していた様子は今回無かった。


「では、行きましょうか。ハク、お願いします」

『お願いされた!』


イナイの言葉に元気よく答え、ハクは咆哮を上げながら一気に上昇していく。

全てがミニチュアの様に見える程の高度まで上がり、ウムルへの移動を開始した。

行きも大概早かったし、帰りも同じ程度の速度で帰れるだろう。


「た、高いですね」

「あはは、初めてだとちょっと怖いですよね」


妹さんは眼下の光景に少し腰が引けている。

あの戦いが出来る彼女だが、この高さはどうやら怖いらしい。

いやまあ、俺も少し怖いですけどね。あんまり考えない様にしてるだけです。

ハクがちゃんと魔術で守ってくれてるから良いけど、そうじゃなかったら大変な事になるし。


「ストラシア様。今は貴国の貴族もご家族も居りません。話易い様にされて構いませんよ」

「え、あ、えっと」

「ごめん、ストラシアさん。お姉ちゃんには全部話してるんだ。ごめんね?」

「あ、そうなんだ・・・なら、そうさせて貰おうかな」


イナイの言葉に一瞬戸惑う様子を見せた妹さんだったが、シガルの言葉に態度を変える。

初めて街で会った時の雰囲気になっているのだが、化粧と格好が貴族様状態なので何か違和感。


「何か困った事があったら気兼ねなく言ってね。出来るだけ力になるから」

「うう、ありがとぉー・・・」

「と言っても、タロウさんについて行く事が多いから余り力になれないかもしれないけど」

「ううん、それでも嬉しい。ありがとう」


どうやらこの二人、俺が思っていたより仲良くなっているみたいだ。

シガルに仲のいい友人が増えたと考えれば、今回の事は良かったのかもしれない。

うん、そう思おう。その方が俺の心に一番優しい。

二人の様子を眺めながら、彼女の事は余り気にしない事に決めた。

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