第641話何時もと違う回復です!

「全・回・復!」


屋敷の庭で伸びをしながら朝日を浴び、体の調子が完全に戻った事を確認する。

寝転がって鈍った分を取り戻さねば。数日はちょっときつめに鍛錬しますかね。

筋力が落ちない様にベッドの上でも色々やってはいたけど、やっぱりちゃんと動ける方が良い。

ただ今回は長期間転がっていたのに調子がそこまで落ちていない。病み上がりだけど体が軽い。


「・・・仙術は俺にとっては使い勝手が良いな、やっぱ」


浸透仙術を使って、手を握って開いてを繰り返す。

今回はベッドに転がっている間もこうやって強制的に筋肉を動かしていた。

思わず笑い声が漏れるぐらい痛かったけど、痛くても通常通りに動かせるんだよなぁ。

身体能力をあまり落とさない為にも、やれるならやっておきたい。


やり過ぎるとベッドに転がっている期間が増えるけど、監視が居るからその辺りは大丈夫だ。

クロトの視線が痛いんすよ。浸透仙術使ってる間は訴える様な目で見て来るんですよ。

とはいっても、やらないといつまでもただ寝たきりだしなぁ。

ミルカさんと違って「仙術を使わずに意識して内臓を動かす」なんて芸当は俺には出来ない。


あの人は本当におかしいよ。心臓を浸透仙術じゃなくて自力で動かしてるもん。

なんで臓器を自分の意思で動かせるんだよ。

浸透仙術使えるようになって暫くたつけど、未だにそんな芸当出来る自信無いぞ。

気功を通さずに意のままに体を操る術はまだまだ先になりそうだ。

出来るのかなぁ。出来ない気がするなぁ。まあ頑張るだけ頑張るという事で。


「これで今日からいっぱい出来るね!」


俺の様子を見て満面の笑みで元気よく言うシガル。シガルさん、それはないわー。

その発言に思わず頭を抱えてしまった。今は早朝なんですけど。

いやうん、シガルが我慢してたのは知ってるけど、もうちょっとさぁ。


「シガルさん、朝からその発言はどうかと思います」

「別にあたしは夜まで待たなくても良いよ?」


俺の咎める声を気にせず、腕を掴んでしな垂れかかって来るシガル。

妖艶な笑みを向け、そのまま俺の唇に唇を合わせようとしてきた。

そんな彼女に抵抗出来ず、俺は受け入れようとしてしまう。


「朝から発情してんじゃねえよ」

「いたぁ!」


そこに結構容赦の無い音を響かせて、イナイのチョップがシガルの頭に叩き込まれた。

相当痛かった様でシガルは蹲った状態から動かない。

微かな唸り声は聞こえるから大丈夫だと思うけど。


「ったく、人が朝食作ってる間に野外でいちゃついてんじゃねえっての」

「あ、あはは」


イナイの言葉を笑ってごまかすと思い切り睨まれた。怖い。

だが呆れた様に溜め息を吐いたかと思ったら、彼女は俺の胸元を握って顔を引き寄せる。

そして軽く口づけをすると、手を放してニヤッと笑った。


「あ、ずるっ、お姉ちゃん狡い! あたしには手刀打ち込んだのに!」

「くははっ、冷める前にとっとと戻って来いよー?」


いつの間にか回復していたシガルは抗議の声を上げて掴みかかろうとするが、イナイは笑いながらシガルの攻撃を避けて軽快な足どりで去って行く。

シガルはイナイを怒りながら追いかけて行くが、彼女は何処か楽しそうに見えた。

夫としてはとてもありがたい事だけど、本当にあの二人は仲良いよなぁ。


「・・・お父さん、行かないの?」

「ああ、うん、行くよ。ハクー、グレットー、朝食だってさー」

『解ったー!』


くいっと服の裾を引いて訊ねて来るクロトに応え、手を繋いで歩く。

歩を止めずに後ろを向き、グレットと遊んでいるハクにも声をかけておく。

グレットはガフっと鳴き声を上げて俺の横までかけて来ると、クロトに背中に乗るか尋ねる様なな仕草をしたので抱えて乗せた。


『むう、なんでクロトには何時もすり寄って行くんだ。私には殆ど来ないのに』

「・・・お前が追いかけまわすからだろ」

『構ってるのにー!』

「・・・構い過ぎなんだよ」


ハクは竜の姿でグレットの頭に乗っているが、グレットは特に嫌がる様子を見せない。

慣れるのはいつになるかとずっと思っていたけど、最近はもう完全に慣れたな。

多分牛の件が切っ掛けなんだろうけど、元々賢い子だから頭で恐怖を押さえつけてる気もする。

成竜時は相変わらず怯えるし。いや、あの大きさを怖がるのは仕方ないか。


その後はイナイの作った朝食を皆で食べて、今後の予定を話し合った。

と言っても今日一日のんびりしたら明日にはウムルに一度帰る予定になっている。

元々はそのまま次の国へ行く予定だったのだが、少し事情が変わった為だ。


先日、俺だけではなくハクも遺跡の機能を止められる事が解った。

俺達に内緒でクロトとハクが遺跡に向かったらしく、そこでハクが遺跡の機能だけを壊す事が出来たそうだ。

ただ内緒の行動はすぐにばれ、何をして来たのか聞かれたクロトは全て素直に白状し、その事実を知る事となった。

クロトは結構叱られたらしくて、翌日はいつにも増して静かだったなぁ。


ただし核を破壊する事は叶わないらしく、それは変わらず俺にしか出来ないらしい。

クロトが言うには、今のハクではまだ届かないという事らしいけど、まだって事はその内届くって事だろうか。

もしそうなら実は嬉しかったりする。

だって今は俺やミルカさんが居るけど、未来に同じ事が出来る人間が出て来るとは限らない。


今は俺が元気だから良い。けど俺がお爺ちゃんになったら。戦えなくなったら。

もしその時の俺に子供が、孫がいたら、頼れる相手はやっぱり欲しい。

ハクなら長寿だし、子供達にも仲良くする様に言い含めればきっと何とかなる。

他力本願かもしれないけど、自分が出来ない時の事が考えられる余裕は有った方が良い。


ただし問題点として、ハクは何処に力を込めて打ち込めばいいのかは解らない。

クロトが何度も何度も黒を打ち込んでいる場所をなんとなく殴ったら壊れたそうだ。

結局鍵がクロトである事は変わっていない。そこは少し残念だ。


その辺りの事を詳しく話し合いたいらしい事が、ウムルに帰りたい理由の一点。

そしてもう一点、帰る理由が有る。正確にはウムルに向かう理由になるのだろうか。


大公様の娘さん、ストラシアさんがウムルに来る事になった。

何やら今回の事で彼女は何かに目覚めたらしく、強い人に会いたいそうだ。

でも本人にその話したら、凄く悲しそうで辛そうな顔で頷き返されたんだけど、本当に大丈夫なんだろうか。凄く心配なんだけど。


「ストラシアさん、本当に来るの? 反応がなんか微妙で心配なんだけど」

「本人の要望だからな。来るだろ」

「そう、だねぇ・・・」


心配になってそう聞いたのだが、イナイは特に興味もなさそうに応え、シガルは少し微妙な返事を返してきた。

うーん、反応的に何か理由が有ると思うんだけどなぁ。

とはいえこれを聞くのは二度目なので、それでも返事が同じという事は教えてくれないだろう。


ただ、彼女がやって来る本当の理由は解らなくても、来る理由自体は解る。

解るだけに、心に穏やかじゃない感情が波を立てている。

けれど今はそんな事を考えても仕方ない。

何をどう思ったところでこの決定が覆る事はないのだから。


とりあえずは遺跡関連で一つ良い話が増えた事だけに喜んでおこう。

それにしても態々皆で帰って何話し合うのかなー。それも良い話だと良いんだけど。

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