第639話クロトの内緒のお出かけですか?
大公さん一家が帰るとお父さんが少し疲れたのか眠そうに舟をこいでいたので、僕がお父さんをベットに運んだ。
黒で包んで持ち上げて運んだので、普通に運ぶよりも体は痛くない。
運ぶ間は少し困った顔をしていたけど「ありがとう」と言って、お父さんは頭を撫でてくれた。
腕が絶対痛いはずなのに笑顔を崩さなかったお父さんは優しいと思う。
今のお父さんは危ないけど危なくない状態だ。
きっと浸透仙術を使うのが上手くなっているからだと思う。
それに気が付いたからこそ、僕はお母さん達にお父さんの訓練の一部を黙っている。
前ならもっと弱弱しくて、心配で、泣きそうになった。
目を離すとそのまま消えてしまいそうで怖かったけど、今はそうじゃないだけマシだと思う。
「・・・僕はお母さん達の所に戻るね。お休み、お父さん」
「ああ、お休み、クロト」
お父さんが気兼ねなく寝れる様に部屋から出て、お母さん達の所に戻らずにそのまま外に出る。
誰にも気が付かれずに外に出て、静かな暗闇の中を歩く。
念の為暫く歩いてから誰も付いて来ていない事を確認して、黒を纏って全力で移動を開始した。
平地を避け、森の中を突っ切り、最短距離を駆け抜ける。
目的地が近くなったら速度を落とし、黒を仕舞いつつゆっくりと歩みに変えていく。
そして目的地に辿り着き、その存在を見下ろす。
『こんな時間に一人外に出て行くと、また心配されるぞ』
上空から聞こえて来た鳴き声に少し嫌な気分になりながら振り向く。
そこにはハクが羽をパタパタと動かしながら滞空していた。
やっぱりこいつだけは誤魔化せなかったか。解ってはいたけど悔しい。
「・・・何の用だ」
『それはこっちの言葉だ。お前こそこんな夜中に遺跡に何の用だ』
ハクはゆっくりと地上に降り立ち、静かに僕に聞いて来た。
ついさっきまで僕が見下ろしていた遺跡を覗き込みながら。
「・・・遺跡を、壊す」
『出来るのか? お前に出来ないからタロウがやっていたんだろう?』
「・・・解らない。けど、お父さんにばかり負担をかけられない。せめて遺跡の機能だけでも麻痺させる。それも出来るかどうかは解らないけど、出来ればお父さんは少し楽になる」
『ふーん、成程』
僕の答えに特に興味もなさそうに相槌を打つハク。
だがこいつの考えは解っている。僕に付いてくるつもりだろう。
興味がなさそうな振りをしているがそんなわけがない。
『私も行ってやっても良いぞ』
「・・・来るな」
『む、私は一度も中に入った事無いし、一回ぐらい見てみたいんだ。お前ばっかり狡いぞ』
最初は上から言ってきたくせに、断ると食い下がって来た。
やっぱりお前が入ってみたいだけじゃないか。
「・・・お前に万が一があれば、シガルお母さんが悲しむ」
別にハクが死んでも重傷になってもどうでも良いけど、お母さんが悲しむのは嫌だ。
例えこいつでも、遺跡の機能に抵抗できる保証はない。連れてはいけない。
お父さんならともかく、僕にはこいつを守れるとは思えない。
『私を置いて行ったらイナイ達に遺跡に向かった事を言いに行くぞ』
こいつ、そんな事をしたらお父さんが絶対に来るのが解ってて言ってるな。
それだけじゃなく、お母さん達も心配してやって来る。
お母さん達が何か話し合うらしいから、その間に済ませようと思っているのに。
「・・・勝手にしろ。死んでも知らないぞ」
『ああ、勝手にするさ』
ハクに背を向けて遺跡に足を踏み出す。ハクは宣言通りついて来る様だ。
もう後ろの存在は無視してそのまま遺跡の中を進む。
すると少しずつ遺跡の機能が動き出しているのを感じた。
「・・・おい、本当に止めておいた方が良いぞ」
ついさっき無視すると決めたのに、矛盾した事をやってしまった。
腹立たしいと思いながら、それでもハクに声をかけずにはいられなかった。
本当に腹立たしい事この上ないのだけど。
『解っているさ。私もそこまで考え無しの馬鹿じゃない』
ハクはそう言うと魔術を使い姿を変えていく。
初めて戦った時に見せた、人型だが竜でもある姿に。
いや、本当の『竜』に近しい姿になっていく。枷を外し、真に迫った竜の姿に。
その姿になった事によって、枷が外れかけているこいつに遺跡の機能は意味をなさなくなった。
全く効果が無いわけじゃないが、それでも短時間なら問題無いだろう。
本当にこいつはどんどん脅威になっていく。
このままだと遠くないうちに本物の竜になるだろうな。
「・・・出鱈目な竜め」
『ふん、もっと出鱈目なお前には言われたくないな』
お互いに悪態をつきながら遺跡の奥へ進んでいく。
もうハクを心配する必要もないので、今度こそ無視して。
進めば進むほど僕の魂に嫌な物が取り付こうとしているのが解るけど、それを拒絶しながら最奥に辿り着く。
核の力は余り強く感じない。どうやらこの遺跡は『失敗作』らしい。
「・・・それでもお前達はそこに居る事が脅威だし、この遺跡は危険だ」
まとわりつく物を払いがなら、遺跡の機能を破壊しようと力を振るう。
だがそれは遺跡を一瞬麻痺させる事は出来ても、長時間麻痺させる事は出来なさそうだった。
どれだけ力を籠めようとしても、何度やっても結果は変わらない。
「・・・完全に壊すか、あの核を吸収しないと無理、か」
どうやら僕の力では遺跡を壊す事が出来ない。本当なら出来るはずなのに。
この程度の機能を破壊するぐらい本当なら何て事はないはずなのに。
どうしても力が入らず、核には傷の一つもつけられない。
だからと言って、元の精神が強い状態で残っている核を取り込む気にはなれない。
流石にそれは今の僕でも怖い。
何も成果は無いけど、これ以上時間をかけたらお母さん達に心配をかける。
悔しいけど戻るしかないか。
『こうか?』
人が悩んでいると、後ろの馬鹿が無造作に力を振るった。
ただそれだけで遺跡は機能を停止し、命を吸い上げる機構は完全に壊れた。
核にこそ傷はついていないし、どうやらそこまでは届かない様だけど、それでも遺跡は無力化された様だ。
「・・・お前は本当に腹立たしいな」
『ふふん、負け惜しみなら幾らでも聞いてやるぞ』
ハクの態度に腹が立つが、助かったのは事実なので何も言い返せない。
手に力が入る。さっきまでのうっとおしい感覚も完全に無くなった。
自分の状態を確認してから核を見つめる。
それでも、多分、僕には核を壊せない、か。何となくそれが理解できる。
結局僕には何も出来ず、諦めて帰るしかないのか。悔しい。
「・・・もう良い。帰る」
『なんだ、もう帰るのか』
「・・・元々お母さん達を心配させない様にこっそり来たんだ。時間がかかり過ぎた」
『ふーん。ま、いっか』
ハクは素直に僕の後ろを付いて歩く。
人型になっているので歩幅は僕より早いくせに、僕に合わせて歩いている。
それも苛々が増す要因になっているが、今回は文句を言えない。
どう見ても今回は助けられてしまった。腹が立つけどそれは誤魔化しようがない。
それでも腹が立つし、礼を言うのはしゃくなので、黒を纏って全力で移動を始めた。
くそ、やっぱり付いて来るか。でも僕の方が少し早い。
彼我の速度差を確認してから屋敷に向かって走る。けど、有る物が見えて足を止めてしまった。
「・・・遅かった」
『そもそも私が付いて行った時点でばれてると思うぞ』
「・・・くそ、やっぱりお前は嫌いだ」
僕の移動は察知できなくても、ハクの移動はお母さんなら察知できる。
ハクが一人外に向かったのを不審に思ったお母さん達が屋敷の中を確認したんだろう。
今屋敷の玄関前には、イナイお母さんが腕を組んで立っている。
「・・・怒られる」
『やーい、ばーかばーか』
「・・・何他人事みたいに言ってる。お前だってシガルお母さんに怒られるぞ」
『なんで!?』
はぁと一つ大きな溜め息を吐きながら、お母さんの下へ歩いて行く。
怒られるのが解ってて行くのは気が重いけど、もう素直に怒られに行くしかない。
とりあえずハクを巻き添えにする為に、しっかりと尻尾を握って全力で引きずって行った。
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