第638話シガルの大好きな人ですか?

最近は慣れてはきたけど、それでも国の最上位が居る空間に留まるのは心地が悪い。

なのでストラシアさんの様子を見て、彼女を利用させて貰う事にした。

彼女を助ける気もあったけど、彼女を気遣う振りをして逃げさせて貰ったのが真実だ。


タロウさんはいつも自然体で羨ましい。

彼は誰に会っても、どんな相手でも、どんな状況でも余り変わらない。

勿論緊張している時もあるとは思うけど、基本的に対人での緊張というのは無縁な人だと思う。

お父さんに挨拶に来た時も物凄くいつも通りだったしなぁ。


彼女を連れて離れた後、お湯を用意してとりあえず彼女を綺麗にしてあげた。

化粧も涙で酷い事になっていたので流石に放置は出来ない。

彼女が泣き止むのを待って席を離れ、あたしの物で悪いけど化粧道具を持って来た。


「ストラシアさん、落ち着いた?」


大人しく座る彼女の化粧直しをしながら問うと、彼女は困った顔を見せる。

化粧全部終わらせて、もう一息ぐらいついてからの方が良かったかな。

そもそも化粧直しも元の顔にする自信無いんだよね。

あたしはお姉ちゃんと一緒で、あんまり顔が変わらない程度の化粧しかしないから。


「・・・はい、お見苦しい物をお見せして申し訳ありませんでした」


声はしっかりしているから、もう泣く事は無さそうかな。

何で泣いていたのかは解らないけど、それを聞いたらまた泣いちゃうかなぁ。

とりあえずその話は後回しにしようと結論を出して化粧を仕上げる事を優先する。

それなりに時間が要るし、その間に少しは心の整理も付くでしょう。


『なんか、また顔が違うな。面白いなー』


ハクが彼女の顔を見て楽しそうに笑う。

その言葉を受けて彼女が更に困った顔になってしまった。

そんな顔されても私も困ってしまう。だって彼女が自分では再現できないって言ったんだもの。

代わりにあたしが化粧をしているわけだけど、やはり完全再現は出来そうにない。


「ストラシアさんは元々の顔立ちが良いから、余り濃い化粧は要らないと思うんだけどね」


元の顔は活発で可愛い系の顔立ちだが、化粧をした彼女はまさに貴族のご令嬢という様子だ。

後者が悪いという訳では無いのだけど、元の出来が良いのだから厚化粧をしなくてもと思う。

最初の時はあたし達にばれない様にわざとかなと思ったんだけど、そうでもないみたいだし。


「・・・シガルさんは綺麗だけど、私は平凡な顔立ちだから」


普通に可愛らしい事を平凡と言うならばきっと彼女は平凡なのだろう。

けど彼女の場合は身なりを整えてそれなりに着飾れば、それだけで素敵な女性になれるはずだ。

そんなに卑下する必要は無いと思う。お世辞を言う必要無く素顔で可愛いのだから。


それに褒めてくれるのは嬉しいけど、あたしだって誰もが振り向く美人という訳じゃない。

それなりの容姿な自信は有るけど、すぐ傍にとんでもない人が居るのだし。


「あたしはあたしで隣にいつも可愛くて綺麗な人が居るから大変だよ?」


イナイお姉ちゃんはいつも可愛い。

初めて見かけた時から、全く関わりが無い頃から、お姉ちゃんの容姿は全く変わっていない。

いつまでもとても可愛らしい少女の様な容姿。自分より二十以上も年上とは思えない。

その上ちょっと化粧をすると一気に綺麗になる。あんなの反則だよ。


「大体普段は日焼け止めと保湿ぐらいで、ほっとんど化粧してないのにあの容姿だもん。何あのぱっちりした目に綺麗な肌。可愛過ぎるでしょう。ほんと狡いと思うな」

「・・・シガルさんは、怒って、ないの?」


お姉ちゃんの事を話していると、彼女はその返事ではなく私の心情を訊ねてきた。

世間話をしながら彼女の心を落ち着けようと思ったのだけど、どうやらそれが余計に彼女を不安にさせてしまった様だ。


「正直に言ってしまうと、少しだけ怒ってるぐらい、かな」

「ごめんなさい・・・でも、少しなんですか?」

「うん。それもほんのすこーし。あたしは殆ど怒る気持ちは無いんだ」


ストラシアさんの問いに笑顔で返す。別にあたしは彼女を責めたいとは思ってない。

勿論タロウさんに害する行動をとった事は少しだけ不快感を持ちはしたけど、彼女がタロウさんに挑んだのは彼を傷つけたいからではないと思ったから。

タロウさんが予想外の動きをするたびに、自分の攻撃が通じなければ通じない程に楽しそうな顔をされては怒る気なんか失せてしまう。

それに、彼女のおかげで見れた物が在る。だから余計に怒る事は出来ない。


「・・・あたしね、タロウさんが大好きなんだ」

「え、う、うん」


あたしの唐突な惚気にしか聞こえない言葉に、彼女は戸惑いながら返事をする。

その様子に苦笑しながらあたしは続けた。


「タロウさんはいつだってあたしの大好きなタロウさんで居てくれる。強くて、格好良くて、優しくて、でも格好悪くて、弱い人。そんなあの人の一番格好良い瞬間を見れたのが嬉しい」


彼女との勝負をしている時のタロウさんは、見ていてドキドキした。

心配したし、不安もあったし、彼が怪我する所を見るのは辛い気持ちも有る。

けど、それ以上に、人の想いを汲み取って踏み留まる彼がとても好きだ。


あの勝負は別に勝つ必要なんてない。負けたって彼に何の損もない。

けど、あの勝負は、彼が彼である為に、あたしの大好きなタロウさんである為に、あの人は絶対に譲らない。そんなあの人だからあたしは大好き。

普段の彼も好きだけど、彼のあの心根を見れる瞬間が堪らなく好き。


「もし彼がボロボロになると知っていたとしても、あたしは彼を止められない。お姉ちゃんなら止めるかもしれないけど、あたしは絶対に止められない。だってあの彼が大好きだから。勿論普段から無茶してる分は心配するけどね」


浸透仙術で無茶をしている分は後に響くらしいので、なるべくしないでは欲しいと思ってる。

頑張る彼の事が大好きだけど、同じぐらい普段の優しい穏やかな彼も大好きなのだから。

出来るなら、三人で一緒にお爺ちゃんお婆ちゃんになりたいと思っている。


「だから、止める事の出来ないあたしには、貴女を責める事は出来ない。タロウさんの事が大好きだからこそ、あの人が引けないと思った相手の貴女に怒る気もない。何よりも今回はタロウさんの勝ちだし、あたしとしてはそこまで思う所は無いかな」


多少は有るけど些細なものだ。

少なくとも泣いてへこんでいる人に追い打ちをかける程の事じゃない。


「・・・素敵ね。本当に心からそう思う。凄く、羨ましい」


彼女はあたしの言葉に少しだけ呆けた様子を見せたが、噛みしめる様に目を瞑ってそう返した。

お互い想いと言葉が少しかみ合ってないなと思い、彼女の言葉にくすっと笑ってしまう。

きっと彼女は自分の好きな人とそういう風に想い合いたいと考えているんだろう。


「というわけで、あたしの事は余りに気にしなくて大丈夫だよ」

「うん、ありがとう。でもごめんなさい」

「いいよいいよ。謝らなくて。タロウさん達も余り気にしてないと思うし」

「ほ、ほんと?」

「ほんとほんと」


私の軽い返事を聞いて、彼女は心底安心した様に息を吐いた。

とはいえお姉ちゃんには少し思う所があるのは知っているけど、おそらく彼女本人には言わないと思うので言う必要は無いだろう。仕返しは大公様にするって言ってたし。


「ところで、何で泣いてたのかそろそろ聞いても良い?」

「うっ・・・そ、その・・・」


彼女に泣いていた理由を問うと、とても言い難そうな様子を見せた。

クロト君が傍に居たので聞けば早いとは思うけど、その為には戻らなければいけない。

わざわざ逃げたのに戻りたくないし、彼女が答えないならそれはそれで構わないかな。


そう思っていたのだけど彼女はきちんと理由を教えてくれた。

ただ理由を聞いて何とも言えない気分になってしまう。どうしたら良いんだろう、これ。


彼女の説明からは「他者に叩き伏せられたい」という願望がある様にしか聞こえない。

それも質が悪い事に「わざと負ける」は嫌なのだと解る。

負けたいけど負けたくない。いや、負けたいんだけど、ちゃんと負けたいという事。

そしてそれがとても気持ちの良い物だと認識してしまっている自分が気持ち悪いそうだ。


これは面倒臭い。本人がどうしようもない性癖になっている。

多分わざと負けたりすると余計に欲求不満が溜まって暴れる可能性が有ると思う。

それに彼女とまともに戦える人間自体少ないだろうに、彼女に勝てる人間なんかもっと少ない。

一応解決案は有るんだけど、あたし一人の判断ではちょっと答えられないかな。


「その、貴女のその状態、解消する術は一応有るけど・・・」

「ほ、ほんと!?」

「うん、ただお姉ちゃんに相談しないと」

「お、おねがいします!」


あたしの言葉に勢いよく頭を下げるストラシアさん。

ただあたしが解決できるのは、彼女のその衝動の解消だけだ。

本人がそれを飲み込むのを手伝う事は出来ない。自身の欲望なのだとすれば上手い事付き合っていかないといけないし、諦めて認めないと辛いだけだ。


その事も加えて伝えると、彼女は少しばかり目が死んでしまいながらも頷いた。

うーん、少し同情するかも。別方向であたしも一つ叶わない願望があるからなぁ。

ベッドの上でタロウさんに屈してみたいなぁとか思うけど、無抵抗だと面白くないんだよね・・・。

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