第637話皆色々困った所のある一家です!
一応大公様達からも口頭での謝罪を告げられ、その後は俺が回復するまでの暮らしの手配などの話をした。
今回の仕事は公には客人扱いなので元々滞在費用は向こう持ちだ。
俺達の懐から出るのは街で自分の買い物をした時だけになっている。
今日はそれに予定外の金額での補償をするという話らしい。
良いのかなーと思いながらも、怪我をしている身としてはありがたいので素直に頷いた。
個人的にはこの怪我は自爆なので、その辺りで気が引けるのですがね。
殴られて怪我したとかじゃなくて仙術の後遺症だしなぁ。
大体俺にしたら、彼女の行動を咎めるなら大公妃様はどうなるのよって感じだし。
あの人も自分がやりたいで挑んで来たはずだよね。
いやまあ、あの時はちゃんと俺が了承してだったけどさ。
もしかすると傍にイナイがいたか、イナイが了承したかどうかってのも大きいのかな。
そんな感じで話の成り行きをぽへーっと他人事の様に眺めていると、クロトがいつの間にか傍から消えている事に気が付いた。
部屋を見回すとすぐにクロトの姿を見つけてホッとするが、様子に眉を顰めてしまう。
クロトは部屋の端で膝を抱えて蹲っているストラシアさんの頭を撫でている。
何やってんのあの子達。あ、良く見ると彼女小さく震えている。あれ泣いてない?
「あ、あのー、娘さん大丈夫ですかね」
「あん?」
思わずイナイ達の話を遮り大公様に声をかけてしまった。
大公様は方眉を上げながら俺の視線が向いている方向に顔を向ける。
「・・・何やってんだあいつは」
「あらあら」
大公様は呆れかえった様子で呟き、大公妃様はにこにこ笑顔を崩さないで娘を見つめている。
サラミドさんはまた頭を抱えていたが、一つ溜め息を吐くと立ち上がって彼女の方へ向かう。
『ただいまー!』
という所でハクが元気な声で扉を開いて部屋に入って来た。竜の姿で器用だなアイツ。
そのせいでサラミドさんは驚いて足を止め、ストラシアさんも顔を上げてハクを見つめている。
鼻水垂れて目も真っ赤で凄い顔になってる。やっぱ泣いてたみたいだ。
ハクは自分が注目されている事に首を傾げるが、ストラシアさんの様子に気が付くとクロトが傍に居るのも気にせずトテトテと向かっていく。
「失礼致します」
そこでシガルがグレットを連れて部屋に入って来た。
彼女の態度から察するに、大公様達が来ているのを誰かに聞いたのかな。
外に馬車の類があるから解るか。あのキリンみたいな変なのも居るかもしれないし。
「あ、ああ、こっちが訪ねた側だからあんま気にしねぇでくれ」
「はい、ありがとうございます」
大公様は気を取り直してシガルに応え、シガルもそれに礼を返す。
その間にグレットは何故かストラシアさんの所に向かって、彼女の傍で伏せをするとハクと一緒に彼女の顔を見つめている。
見つめられているストラシアさんは何が何だかよく解らない様子で固まっており、サラミドさんも踏み出した足が止まってしまっていた。
『どうしたー、何で泣いてるんだー? こいつにいじめられたのか?』
ハクがクロトを前足で指しながら問うと、横にいるグレットが首を傾げながら『がふっ?』っと小さく鳴き声を上げた。
その問いに少し不機嫌そうな雰囲気になりながらクロトが口を開く。
「・・・お前じゃないんだから」
『なんだとー! じゃあ何でお前の前で泣いてるんだ!』
「・・・僕は慰めていただけ」
『ほんとだろうな! シガルが前に女の子は泣かしちゃ駄目だって言ってたんだぞ!』
「・・・なんだ、僕に泣かされたのを根に持ってるのか」
『―――あ゛? なんだと?』
うーん、この二人はほんとにもう。急に喧嘩し出すんだよなぁ。
最近大人しくなったかなーと思ったら思い出したかのように衝突するんだから。
ストラシアさんとサラミドさんがオロオロしてるじゃないか。
「はいはい、二人共お客さんがいる前で喧嘩しないの」
不味いと思って止めようと思ったが、一番近いシガルが二人を止めた事でそこで収まる。
その間グレット君はストラシアさんの涙を拭きとる様にぺろぺろ舐めていました。
目の前で喧嘩が始まり、何故か気遣う様にグレットに舐められ、どうしたら良いのか全く解らない様子の彼女の前にシガルがしゃがみ込む。
「ストラシア様、少々お話したい事がありますのでお付き合い願えませんか?」
「っ、は、はい!」
シガルが頼むとストラシアさんは慌てた様に答えて立ち上がり、ガチガチになりながらシガルの後を付いて行った。
ただシガルの目が優しかったので、落ち着かせる為に連れてったんじゃないかなーと思う。
ハクは当然シガルの後にポテポテと付いて行くが、グレットはこちらにやってきて俺の膝に頭をのせる。撫でろってか。はいはい。
「すまねぇな、娘が迷惑ばっかりかけて」
「全く問題ありませんよ。貴方の二日酔いで会議が流れた事に比べたらこの程度は些事です」
「ぐっ」
「私はもう少し早めに休暇だったはずなのに、どこのどなたかの仕事が遅れた事で私の仕事が遅れた事なども、全く根に持っていませんから。ええ、持っていませんとも」
「あー・・・」
イナイのニコニコ笑顔とは真逆な冷たい言葉に何も言えなくなる大公様。
なんか変な笑顔になってイナイから目線を外せなくなっている。
何だかなー、この親子。サラミドさんも大変だぁ・・・。
「タロウさん、少し宜しいですか?」
「あ、ハイなんですか?」
イナイの文句がねちねちと続くのを眺めていると、大公妃様が声をかけて来た。
笑顔が消えて真剣な表情になっているので、俺も佇まいを直して彼女に顔を向ける。
「この度は娘がご迷惑をおかけした事は申し訳なく思っております。ですが、私個人の感情としては貴方にお礼も伝えたいと思っておりました」
「お礼、ですか?」
「はい。娘を目覚めさせてくれた事に、感謝を。貴方にとってはご迷惑だとは解っていますが、私としては娘が目を覚ました事を嬉しく思っているのです」
「あー・・・」
何と答えたものだろうか。あの才能に負けるのが嫌で無茶をした身としては何とも答え難い。
その様子を読み取ったのか、大公妃様は少し申し訳ない様子の笑顔を見せる。
「ご不快にさせてしまいましたね。ですがどうしても感謝を伝えたかったのです。我が儘な一家で本当に申し訳ありません」
「ああいえ、そんなに謝らなくて良いですよ」
娘さんの事はもう謝って貰ったし、今回の事に対する賠償的な物もしてくれるわけだし。
あんまり何度も何度も謝られるのは苦手だ。
それに、あの一戦には自分にとっても価値があった。
「彼女との戦いは、自分も良い経験をさせて貰いました」
どう足掻いても届かない絶望。彼女との勝負はそんな物を感じていた可能性が有った。
今回は偶々彼女の今の限界を上回る事は出来たが、もしそうでなかったら。
それは、自分の中でどれだけ苦痛で、悔しさが残っただろうか。
想像するだけで息が苦しくなる想いを師匠達はして来たのだと、今回の事で教えられた。
「・・・素敵ですね貴方は。もし若い頃に貴方に会っていれば、私はきっと違う形で想いを果たせたのでしょうね。娘が、少し羨ましい」
「それはどうでしょう。大公妃様は技術も並ではない様子ですので、こっちが完膚なきまでに負けているかもしれませんよ?」
「ふふっ、そういう意味では無いんですけどね。人の魅力は本人こそが理解出来ていない、という所でしょうか」
よく解らない大公妃様の言葉に首を傾げ、そんな俺を見ながら彼女はクスクスと笑う。
その間もまだイナイの大公様に対する口撃は続いていた。
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