第634話禁止されました!

「いづっ!」


意識が覚醒すると同時に激痛が走り、一気に頭が覚めた。

この起き方何回目だ。段々慣れてきちゃったぞ。

いやごめん嘘。やっぱ痛いのは嫌だわ。


見覚えのある天井だ。屋敷の天井だろうな。

多分だけど、あの後シガル達が助けてくれたんだと思う。


「起きたか」

「あ、イナっ、つっ」


イナイの声が耳に入り、彼女の方に首を向けようとしたのだけど痛みで出来なかった。

それどころか言葉を口にするのもいつもより痛い。

起きた時は他の動作がもっと痛かったせいか気が付けなかった。


「あ、あはは、今回、喋るのも、痛い、みたい」

「・・・そうか」


イナイの声音は少し呆れた様子に感じる。小さく溜め息も吐いているし。

また心配させちゃったもんな。数日前にあんまり心配させるなって言われたばっかなのに。

彼女の表情が見えないのが怖いなぁ。


イナイのご機嫌に不安を感じていると、彼女はゆっくりとこちらに歩いて来る。

そして俺の頭の横に座り、覗き込む様に顔を見せて来た。

表情は少し怒っている様に見える。


「怒っ、てる?」

「別に怒ってねえよ」


じゃあ何でそんなにむっとした表情してるんですか。

内心びくつきながら彼女の行動を待つが、彼女は特に何するでもなく俺をじっと見ている。

だが暫くして、大きな溜め息を吐いたかと思ったら俺の胸の上に頭を置いた。


「いづっ」

「うっせえ。我慢しろ」

「う、あ、あい」


イナイが胸の上に乗った事で痛みが走ったが、言われた通り我慢をする。

彼女は俺の胸の上から頭を動かさず、体をぎゅっと抱きしめた。

正直それも痛いのだが、痛みを我慢して彼女の好きな様にさせる。


「何があったか、シガルに話は聞いた」


彼女は俺の胸から頭を動かさずに話し始める。

胸に彼女の息がかかるのが少しくすぐったい。それよりも痛みの方が大きいけど。

彼女のあごの動きに皮膚が動くだけで痛い。


「あの嬢ちゃんに何を想って戦ったのか、何で退けなかったのか、何となくは解る。だからこの結果になった事を責める気は無い」


彼女と戦った時の俺の想い。それは自分の積み重ねた物が通用しないという悔しさ。

向こうの方が技量が高いという事ではなく、純粋に彼女の身体能力が勝っていた。

道具も技術も通用しない、理不尽と思える相手。


ただ、もし彼女に相対する俺の積み重ねが、自分だけの物であれば。

そしてシガルとイナイという存在が俺の傍に無いのであれば。

きっと俺はここまで頑張らなかっただろう。


俺は師匠達に尊敬の念を持っているつもりだ。

特にミルカさんとセルエスさんには感謝してもしきれない程に。

そんな尊敬する師匠は、才能のある人間ではなかった。努力で頂に辿り着いた人間だ。


彼女との戦いは、その努力を否定されているような気分だった。

積み重ねた努力を、才能であっさりと上回られる。

そんな物、認められなかった。認めたくなかった。


ここまでの積み重ねを見せて来たシガルにも、そんな俺を見せたくはない。

理不尽の塊のような妹分を守る為に、並ぶ為に努力して来たイナイの在り方を否定する様な負けを受け入れたくはない。

勝ったからと言って何が得られるわけでもない。負傷を考えれば馬鹿な無茶をやっている。

けど、それでも、後の迷惑と心配をかけるのが解っていても、負けたくなかった。


「心配、かけて、ごめん」


ただそれで心配をかけたのは事実なので、今更だけど謝っておく。

その言葉に彼女は応えず、俺の胸に顔をおしつけて来た。

痛みに耐えながら彼女の返事を待っていると、彼女は胸に顔を押しつけたまま口を開く。


「うっせえ馬鹿。この短期間に何度もバタバタ倒れやがって。何回心配させるつもりだ」


そして彼女は顔をあげると、ずいっと俺の真正面に顔を持って来た。

その表情は先程の様な怒った様子ではなく、優しい笑みを浮かべていた。


「心配はしたけど、お前がミルカ達を大事に思っているのは解ってる。だから無茶した事は許してやるけど、心配するのは変わらねえんだからな?」


さっきの様子は『責める気は無いけど、それでも心配なんだよ』って意思表示か。

怒っていたわけではなかったのですね。ちょっと安心。


「うん、ごめん」

「良いよ。謝るのは一回で。あたしも少し意地悪したしな」


彼女はそう言うと軽く口づけをして、優しく俺の頭を撫でる。

そしてふと気が付いた様子で口を開いた。


「わりぃ、もしかすると今のでも痛いか」

「ん、それ、ぐらいなら、平気」


正直に言うと痛いけど、我慢出来ないほど痛くはない。

それに彼女と触れ合えているのなら、痛みはある程度忘れる事が出来そうだと思うし。

自らの意思で動こうと思わなければそこまで激痛ではないかな。多分。

彼女は俺のやせ我慢に気が付いているのか、くすっと笑ってからまた頭を撫でた。


あ、そういえばシガルはどうしたんだろう。彼女にも心配かけてるよなぁ。

っていうか、多分腕と足治してくれたの彼女だと思うし、礼を言っとかないと。


「イナイ、シガル、は?」

「あいつは今寝てるよ。お前治すのに大分頑張ったみたいで疲れたらしい。あたしが帰って来るまで起きてお前の看病してたから余計にな」


それは、また後でちゃんと礼を言っておかないといけないな。

彼女の我が儘も何か聞くつもりでいた方が良いだろう。

でもこれ口にすると、大体彼女の要望ってあっち方面なんだよなぁ。

もしかすると子供を早めに欲しいのかな・・・。


「言わなくても解ってると思うが、お前が使った新しい技は、基本禁止だからな」

「あ、あはは、了、解」


使った際の負傷と後遺症を考えれば、そう言われるだろうとは思っていた。

だって使った後周囲に治してくれる人が居なければアウトな技だ。

そんな物を使う事を認められるわけがない。


それに俺自身、今回は例外だと思っている。普段ならここまでやる気は無い。

あの魔術はそう使えない。二乗強化と違って制御が全くと言って良い程出来ていない。

攻撃する為に骨折しているんじゃ話にならないし、普段から使うには危険すぎる。

それは、俺も、解ってる。


「けど、使う時、は、使う、よ」

「・・・ああ、解ってる」


俺の答えにイナイは困った様子で返して来た。

ごめん、そんな困った顔させたいわけじゃないんだけど、それでも伝えておかないと。


この技はイナイの言う通り、よっぽどの事が無い限り使わない。

それでも、使わないとどうしようもないと判断すれば、その時は使うつもりだ。

死ぬかもしれない状況なら、使う意味も有るだろう。


それに、今回の様に意地を張り通したいときも、きっと、使うと思う。


「ガラバウ、バルフさん、それに、ワグナさん、も、かな。あの人達相手なら、俺は、使うかも、しれない」


この先も生きていれば、他にも使いたいと思う相手が出て来るかもしれない。

それでも、今の俺にとって、この三人はそう思える相手だ。

特にバルフさんに関しては、次も負ける様なつもりは無い。

手合わせをする機会があるかどうかは解らないけど、やればきっと俺はこの力を使うだろう。


ゼノセスさんはどうかな。あの人は強いけど、そこまで負けたくない相手では無いかな。

ああでもケネレゲフはやる機会があれば今度は負けたくないな。ここまで意地を張るかどうかは怪しいけど。


それに、師匠達にも、いつか使うかもしれない。

だたその場合は今のままじゃ絶対に通用しないから、通用する使い方を考える必要がある。

あんな一瞬動けるだけじゃ、ミルカさんもセルエスさんも対処出来るだろう。

リンさんなんて言わずもがなだ。あれでもまだ、あの人の最高速には届いていないと思う。


「また、心配、させた時は、ごめん」

「先に謝っておくとか、そういうのは狡いから許さん」

「あ、はは、ごめん」

「はぁ・・・お前謝り癖があるよな」


それは自覚しています。なんか反射的に謝っちゃうのよ。何故かしら。

イナイは溜め息を吐きながら、困った子供を見るかの表情で頭を撫でて来る。


「せめて、すぐ治療できる状況でなら良い。良くはねぇけどな。全く、本当に面倒な男を旦那にしたとつくづく思う」

「嫌に、なった?」

「なってねえから腹立つし心配だし困るんだろうが。そういう事言うと殴んぞ」


今殴られたらちょっとシャレにならないので許して下さい。

でも確かに今のは怒られるか。俺もイナイが無茶したからって嫌にはならないもんな。


「ったく、回復したら覚えとけよ。こっちゃやっと仕事終わって自由時間だったってのに。あたしだって偶にはシガルに嫉妬すんだからな」

「あ、はは、了解」


イナイの素直な甘える言葉に笑みが漏れる。

痛いのが解っていながら思わず声に出して笑ってしまう。

心配してくれて、叱ってくれて、甘えてくれる。

本当に良い嫁さんだよなぁ、この人。

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