第633話決着の行方ですか?

とてつもなく大きな衝撃音が響いたと思えば、次の瞬間には地面が水場の様に跳ね上がった。

空気を伝って衝撃を肌に感じ、まるで波のように土が流れている。

近距離であれば無残に呑み込まれていただろう。一体何が起きればあんな事になるのか。

魔術を使ったならともかく、衝撃だけで平地に土砂崩れが起こるなど不可思議な現象過ぎる。


いや、そうなる様な魔術を使ったのかもしれない。

あの衝撃が起るほんの少し前に、寒気がする程の魔力が流れていた。

その魔力も殆ど一瞬で消えてしまったせいで、私には何が起こったのか全く解らない。

二人は今どうなっているんだ。


「クロト君、お父さん達回収して来て! お願い!」

「・・・任せて」


何が起こったのか全く分からずその光景を眺めていると、シガルさんがクロト君に向けて叫ぶ。

その様子に反応して彼女達に視線を向けると、彼女の隣に居たはずのクロト君が消えていた。

あの一瞬にもう移動したというのか。


「ハク、もし倒れたら後はお願いね」

『任せろ』


相変わらず何が起こっているのか解らず、置いてきぼりな状態で話が進む。

彼女達は何かを理解している様だが、私には何が始まるのか全く解らない。


「シガルさ―――」

「ぎ、あ、があああああああ!」


質問を投げかけようとすると、彼女は魔力を纏いながら空に向かって叫び声をあげ始めた。

横から見える表情が余りに真剣で気圧されてしまう。

だが何よりも驚くべきは、彼女が少しずつ大きくなっている事だ。


「な、なにが、一体・・・」


意味が解らな過ぎてそう口にするしかなかったが、その呟きには誰も答えてくれない。

仕方なく成り行きを眺めているとシガルさんの変化が止まり、顔をこちらに向けた。

先程よりも大人びた、綺麗な女性の顔つきになっている。

これは一体何なのか。魔力の流れを感じたという事は魔術なのだろうか。


「二人の治療をします。細かい説明は後でお願いします」

「・・・成程、解りました」


流石に今の説明をされて理解出来ない程、思考の鈍い人間のつもりは無い。

おそらく先程の衝撃音は、どちらかが相手に止めの攻撃を加えた音なのだろう。

あんな音のする攻撃を食らって生きているのかと言いたくなるが、シガルさんが治療をすると言っているという事は生きてはいるのだろう。

ただ何故彼女の姿が変わったのか、変える必要があったのかは解らないが。


・・・彼女にはあの戦闘が見えていたのだろうか。

いや、見えていたのだろうな。あの音が鳴り響いた後すぐにクロト君に指示を出したのだから。


私には途中から何も見えなかった。

解ったのは攻撃をしあう音と、一瞬足を止めた時にそこに居る事に気が付ける程度。

二人の細かい動きは一切解らなかった。

余りに強すぎる。余りに怖すぎる。あの二人の力は、もはや人間の領域の力ではない。


妹とタロウさんの戦いを思い出して、思わず体に震えが走る。

あれが本物の『化け物』だと。

あれに一度は挑んだのか。本当に命知らずで無謀な事をしたものだ。

二人が戦った惨状を見て素直にそう思う。


訓練場は何が有ればこうなるのかという惨状だ。

大きな掘削跡が幾つもあり、地面が焦げ付いているかと思えばすぐ傍が凍り付いている。

訳の解らない形で隆起している場所もあれば、泥沼の様に変質している個所もあり、大きな池が出来ている所もある。

これを二人の人間が戦った結果の惨状など、見ていなければ誰が信じるのだろうか。


「・・・お母さん、お父さんの方が怪我が大きい」

「解った。ありがとうクロト君。ハクはストラシアさんをお願い」

『はーい』


惨状を改めて確認していると、いつの間にか戻ってきたクロト君の声が耳に入る。

目を向けると、気絶している様子の妹と、全身血まみれのタロウさんが転がっていた。

彼は片腕と両足がおかしな形に曲がっていて、それどころか一部は骨が肌を突き破っている。


「なっ、た、タロウさん! だ、大丈夫ですか!?」


大丈夫なわけがないと解っているが、思わずそう叫んでしまう。

だがその声に彼は反応しない。どうやら彼も気を失っている様だ。

焦る私とは対照的に、シガルさんは静かに彼を抱きかかえて目を閉じた。


「ふうっ・・・!」


そして小さく息を吐き、凄まじい魔力を感じさせながら何かしらの魔術を使い始める。

すると見る見るうちにタロウさんの怪我が塞がっていく。

目を疑う程に高い技量の治癒魔術。

治っていくのではなく、まるで傷を無かった事にしているかのような速度。


「・・・ふうー、これで、とりあえずは、大丈夫かな」


血まみれなのは相変わらずだが、彼の傷は見える限りは全て塞がっていた。

シガルさんの姿がいつの間にか戻っている。魔術にばかり気が行って気が付かなかった。


「クロト君、お父さん大丈夫か見てくれるかな」

「・・・怪我は、多分、大丈夫。けど・・・」

「うん、ありがとう、気を使ってくれて。大丈夫、解ってるよ」


言い難そうに質問に答えるクロト君に対し、笑顔で頭を撫でるシガルさん。

私には何の事か解らないが、きっと事情が有るのだろう。


「シガルさん、タロウさんは大丈夫、なのでしょうか」

「一応は。後でお姉ちゃんにも診てもらうつもりですけど、怪我自体はもう大丈夫かと。少なくとも命に別状はないです」

「そうですか・・・」


怪我以外の何かに問題が有ると、言外に言っている事には触れずにおく。

言わないという事は、触れるなという事であろう。


「妹はどうでしょう」

『ん、こっちの怪我は大した事無いぞ。最後の最後にタロウが手加減したからな』


最後の最後とは、あの衝撃音の事だろうか。

あの音を響かせ、この惨状を作り上げておきながら手加減と言われても信じがたい。

いや、それよりも気になる事を先に聞いておこう。


「もしかして皆さんは、あの戦闘が見えていたのですか?」

「ええ、まあ、一応ですけど」

『見えない所もあったけど、大体見えてたぞ』

「・・・見えてた」


あれが、あの戦闘が全員見えていたのか。最早笑うしかないな。

この三人があれと同じ事が出来るかどうかは解らないが、少なくともあの戦闘を理解できる程度に強いという事だろう。

まさかクロト君までそれ程とは。この一家は全員が規格外だ。


「手加減とは、どういう事でしょうか」


彼女の言い分を信じるとするのならば、勝敗はタロウさんの勝ちとなるのだろう。

だが結果だけを見れば、妹はただ気絶しているだけでそこまでの負傷は無く、タロウさんは即座に治療が要る大怪我だった。

勝敗という点を考えれば、負けはタロウさんの方と考えてもおかしくはない。

良くて引き分けと考えるのが妥当だろう。


『最後の一撃で致命傷になる攻撃をしなかった。あれはその気なら殺せた。最後の一瞬はタロウが遥か上を行っていたんだ。態々聞き直すっていう事は、その辺りが気になったんだろう?』


心を見透かされていた様な答えに何も言えなくなった。

つまり彼は勝ちを確信し、妹が死なない様に配慮した攻撃をしたという事か。

自らはここまでボロボロになっておきながら、相手の命の心配をしていたのか。

それは、とても素晴らしい人間性だ。だが・・・。


「・・・優しい、人ですね、彼は」

「ええ、優しくて、強くて・・・弱い人です」


返事をしたシガルさんの言葉には、厳しい現実を見るものが在った。

彼の行動は見方によってはとても優しい行動だ。だがそれは甘さとも取れる物だ。

困った顔で彼を見つめるシガルさんの胸中は、一体何を想っているのだろうか。


化け物の様な強さを持ちながら、余りに人間らしい優しさを持つ人。

もしかすると、私のタロウさんに対する認識は、少し間違っていたのかもしれない。


「とりあえず、休ませられる場所に移動しましょう。動かして大丈夫ですよね?」

「あ、はい、ありがとうございます」


とりあえずいつまでも気絶している二人をそのままには出来ないと思い、移動を提案する。

シガルさんはそれに素直に応え、彼を抱えて車の方へ歩き出した。

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