第632話限界を超えた先です!
現状を打破する方法を足りない頭で捻り出して、今の所三つの案がある。
この三つなら彼女を打倒しうると思う。というか、今はこれしか思いつく案がない。
だが俺はこの三つとも試した事が無い上に、二つは状況的に使えない。
ぶっちゃけ選択肢は有って無い様なものだ。
一つ目。
制御しきれるギリギリまで技工剣に魔力を注ぎ、一点集中で『穿つ』方法。
ただしこれは致命的な問題が有る。
二乗強化の三つ重ねをやったとしても、今の彼女なら躱せるだろうという事だ。
既に彼女の速度は俺の最高速に達している。あれじゃ普通に撃っても当てられない。
何かしらの不意打ちを重ねた上で撃たなければ、あっさりと躱されて終わるだろう。
だからってギリ制御出来る魔力量を押さえつけながら不意を打つなんて出来る気がしない。
そこそこに鍛錬をやっていれば別だけど、現実はどこまで安定して制御出来るかの実験程度。
更に自在に扱うという鍛錬をまだしていない以上、この案は現実的じゃない。
撃つ際は絶対に三つ重ねを使わなければいけない以上、外したらそれで終わりなのだから。
当てられる確証がないどころか、外す可能性の方が大きい以上これは使えない。
二つ目。
技工剣に現状注げる限りの魔力を注いで、避けられない様に広範囲にぶっ放す方法。
これは問題が多すぎてこの場では使えない。
先ず彼女は魔力の花をその体で打ち破っている。
穿つなら通ると思ったのは、力の収束によって威力が上がっているからだ。
だが広範囲に放つ場合、その範囲が広ければ広い程どうしても威力は落ちる。
穿つと同等の威力を出したいのであれば、かなりの魔力を注がなければいけない。
この場合問題なのは周囲の状況だ。
かなり離れた位置にいるとはいえ、全力広範囲だと射程範囲にシガル達が居る。
サラミドさんやこの国の兵士さんだって射程範囲だ。
制御しきれるなら彼女達を守る事も出来るだろうが、勝つためには制御しきれない所まで注がないとおそらく通用しない。
その場合魔力を注ぐだけ注ぎ、剣の力に任せて無差別に攻撃をぶっ放す事になる。
そうなると怖いのは、放った後に残るのが死なない程度にダメージを受けている彼女と、剣に守られる俺だけの可能性だ。
勿論ハクやクロトがいるのでシガルは大丈夫だと思うが、兵士全員をカバーできるかと言われると怪しい。
それだけならともかく、街すら吹き飛ばす可能性が有る。
ここは街から離れた訓練場ではあるものの、それでも俺の全力の花の射程範囲に街が在る。
制御しきる事が出来れば街に被害は無いだろうが、そんな自信は無い。
自分の負けたくないという想いの為に人を犠牲にする気は無いので、この選択は取れない。
なら取れる選択肢は最後の一つ。
三つ目の方法は他二つの問題点をクリア出来る。
ただし、もっと重要な問題点があるのだけど・・・。
先の二つはやろうと思えばやれる事。実験していない今でも出来ないわけじゃない。
成功させる自信は有るけど、状況的に使えないと判断しただけ。
けど、最後の一つ。これは逆の理由で使う判断を決めた物。
つまり、状況的には使用に何の問題も無いけど、俺が使えるかどうか解らないという事。
だが、だとしても、彼女に勝つためには。
「―――やるしか、ないか」
これをやるには少しばかり時間が要る。
そう多くは要らないが、接近戦をやりつつというのは難しい。
時間稼ぎをやる必要がある。
技工剣を彼女の胴体を払う様に振り、それによって彼女は少しだけ距離を空けた。
そこで剣をまっすぐ彼女に向け、魔力の花を彼女にぶつける。
今更こんなもの有効打にならないだろうが、多少の時間稼ぎと目眩ましにはなるだろう。
これでほんの少しだけ時間稼げた。
彼女に向かっていく魔力の花を見届けて技工剣への魔力を切り、通常状態に戻す。
ここからは技工剣は使えない。今からやる事は、技工剣へ意識を割きながらやる自信はない。
次に二乗強化を通常の魔術だけに落とし、懐から『魔導結晶石』を取り出して飲み込む。
精霊石の上位互換。たった一つで精霊石十数個を超える魔力を内包する結晶。
それを体内で魔力を開放し、馬鹿げた魔力量が俺の体を駆け巡る。
頭が白くなるような感覚を覚えながら、歯を食いしばって魔力を体に循環させる。
ただ魔力を制御するだけで何も出来なくなりそうな膨大な魔力量。
けど、今からやる事にはこれ位の魔力量が要る。
今から俺がやる事は、俺の魔力量では絶対に不可能な事。俺の制御を完全に超えている無茶だ。
最早俺に向かって来ているであろう彼女に視線を向ける余裕は無い。
だがそろそろ花を打ち破り、俺を視認している頃だろうか。
もう時間が無い。早く魔力を纏め上げて実行に移さなければ。
歯を食いしばり、痛みに耐えながら次のステップに進む。
少しでも安定させる為に詠唱を口にして。
『限界を超えて、尚その先を。たった一瞬のその為に全てを使い尽くせ――』
今の俺の想いを乗せた詠唱。本来二乗強化は俺の身体の限界を既に超えた魔術。
その三つ重ねは二乗強化の訓練を増やした今ですら、たった十数秒で限界を迎える。
その魔力消費は膨大であり、肉体も本来は負荷に耐えられない。
けど、俺は今から、更にその上をやる。やらなきゃ勝てない。
自分に全く才能がないなんて言わない。きっと有る程度の才能は有ったのだろう。
だけど俺は天才じゃない。全ての技術は鍛えて磨いて手に入れたものだ。
二乗強化も皆に劣る俺がどうにか届く為に足掻いて手に入れた技だ。
きつい訓練を何度もやった。死ぬかと思う様な戦闘訓練も何度もした。
何度も何度も負傷しながら技術をこの体に叩きこみ、その上で手に入れた技だ。
それを凌駕されている。才能に、天才に、その全てを上回られている。
胸にあるこの悔しさはきっと正しい物だ。そしてこの悔しさは師も感じていたものだ。
だからそう簡単に負けを認められない。認められるわけがない。
彼女達の弟子として、才能相手にやれる事をやり切らずに負けるなどあって良いはずが無い!
『―――積み上げた技術の、全てを以って!』
詠唱に持たせた意味はただただ自分の想い。
だが、この詠唱こそが、今からやる魔術そのままの意味を持つ。
何かに特化してない俺は、その全てを使って戦うだけだという、ただそれだけの言葉。
でなければ成し得ない魔術を、今発動させる。
「ぎっ、がっ」
魔術を発動させた瞬間、体中に激痛が走った。
全ての血管から血が噴き出している様な感覚に見舞われている。
視界が狭い。世界が白い。意識が飛びそうになる。頭が金槌で叩かれている様に痛む。
「が、あ」
顔を上げると、何かを叫びながら飛び掛かって来る彼女を狭い視界の中で捉えた。
声が聞こえない。耳は何の音も拾っていない。
目は色を認識出来ていないし、体の感覚すらあやふやに感じはじめている。
ただ体に走る痛みだけが、まだ自分が立って意識があると教えてくれている様だ。
彼女の腕が迫る。先程まであんなに早かった彼女の動きがとてもスローに見える。
彼女の手を払いたいが、体が痛みで動かない。
仙術で身体の状態を正常にしようと頑張っているが、立っているだけで精いっぱいだ。
――――けど、魔術はちゃんと発動している。これなら、やれる
気功仙術で俺の体はもう維持しきれていない。自分の意思で動かす事はままならない。
ならば無理矢理動かせばいい。俺はその技術を持っている!
「ぎっ」
自分の口から漏れる苦痛の声を無視して『浸透仙術』で無理矢理体を動かす。
スローに見える彼女の腕を最短距離で払うと、それだけで彼女は体勢を崩した。
彼女の倍以上の速度で動いている事をそこで認識し、同じく最短距離で彼女の腹に思い切り打撃を突き入れる。
そこで、限界が来た。
魔力は完全に空になり、余りに無理矢理動かした事で体は血まみれだ。
打撃に使った腕と踏み込んだ足は骨が砕けているし、体中の筋肉が断裂している。
おそらく時間にすれば俺が動いた時間は2秒も無い。下手をすれば1秒も無いだろう。
たったそれだけの時間しか動けない、複合技術による攻撃。
魔術と、気功仙術と、錬金術と、浸透仙術。
そしてそれらを使いながらでも、無意識に近いレベルで動かせるだけの体術。
どれが欠けても、間違いなく使用出来ない『3乗強化』の限界。
彼女が崩れ落ちるのが微かな視界に入って来たのを確認して、俺はそのまま意識を落とした。
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