第629話戦姫です!

空に咲く花が消えたのを見てから、逆螺旋剣を杭状に戻して魔力を切る。

やっぱり起動してないと重いなぁ・・・。


「うん、周りに被害は出てなさそうかな。思い切り撃ったのが良かったみたいだ」

「綺麗に空で消えたもんね。久々に見たけどやっぱり綺麗だったぁ」


周囲に被害が無い事を確認しながら呟くと、シガルが楽し気な様子で腕に抱きついて来た。

少し艶っぽい笑みでしなだれかかっているが、周囲の目が有るのでそこでストップですよ。

俺の考えを読み取ったらしいシガルは少し不満げな顔をするが、この状況で何かしようと思える程俺は神経図太くない。


「キスの一つぐらい良いと思うんだけどなー。ねえ、タロウさんー?」

「そういうのは帰ってからね」

「ちぇー。はーい」


不満げながらも素直に返事をして離れるシガルに苦笑してしまう。

本当に君は周囲の目を気にしないよね。

シガルの場合はそのまっすぐさが魅力になっているから全部止めてとも言い難い。

この辺りも惚れた弱みなのかなぁ。今も可愛いとは思っちゃってるし。


『火が付いたのは始めて見たけど凄かったな! タロウはやっぱり凄いな!』

「うーん、これは俺が凄いっていうか、剣が凄いんだが」


魔導技工剣は注いだ魔力以上の威力で攻撃を放てるので、俺の実力を越えた力を見せている事になると思っている。

である以上あれは俺が凄いというよりも、あれを作ったイナイが凄いと思うんだ。

それにハクさんや、貴方は同じぐらいの威力の魔術使えるじゃないっすか。


「ま、なんにせよこれで妹さんの要望には応えら――――」


ぞくりと、嫌なものが背中を駆け抜けた。

唐突に襲い掛かってきた悪寒に従い、原因と思わしき方向に意識を向ける。

シガルとハクも俺と同じ様に振り向いていた。

いや、二人だけじゃない。周囲の人間全てが同じものを見つめている。

彼女を、ストラシアさんを。


「あ、あはは、なに、これ、あは、こんなの、初めて。体が熱い。楽しい。くっ、くはっ、あははははっ、抑え、られない。あ、あはは、あははははははは!」


だが彼女はその視線など意に介さずに笑い声をあげる。

今この場に居る誰もが、クロトですら、狂気じみた様子で笑う彼女を注視していた。

彼女から発せられる強大な威圧感。恐怖を感じる威圧感に皆が彼女から目を離せない。


サラミドさんはいきなり変貌した妹の余計に戸惑いを隠せない様だし、兵士さん達は皆彼女の発している威圧に完全に気圧されている。

ぶっちゃけ俺もかなり怖い。だってあの威圧の殆どが俺に向いているのが解ってしまうから。

手足が震える。喉が渇く。呼吸がしづらい。

ただ見られているだけなのに、殺されるんじゃないかと思う程の圧迫感で体が竦みそうになる。


「・・・あの人、少しギーナさんに近い。ちょっと違うみたいだけど」


クロトがポソリと呟いたのが耳に入ったが、そちらに視線を向ける余裕は無かった。

ついさっきまで楽しそうに笑っていた彼女が静かに息を吐き、その目が俺を凝視していて目線を外せない。


「はぁぁ・・・」


正気を疑う程に怪しい笑みはそのままに、静かに彼女は俺を見つめている。

彼女と目を合わせているだけで死の気配がちらつく感覚が体を襲う。

明らかに今の彼女は普通じゃない。




「――――戦姫だ」




何処からかそんな言葉が聞こえた。

誰が言ったのかは解らないが、誰もが静かに彼女を見つめていた事でいやに良く響いていた。

戦姫。彼女の母親が呼ばれていたらしい名前。


もし過去の大公妃様も彼女と同じであったのであれば、その名前も納得出来た。

あれは化け物と呼ばれておかしくない。戦う為に生きているとさえ思える。


「タロウ様、私、体が疼いて疼いて仕方ないの、お相手して下さらない?」

「・・・お断りした場合どうなります?」


おそらく断らせる気は無いだろうなと思いつつ問うと、彼女は目を血走らせた様子で獰猛な笑みを見せた。

たったそれだけで、更に恐怖が増した。今一歩引いたらもう何も出来なくなりそうな程に怖い。

そう解るからこそ、下がれない。ここで下がったら俺はミルカさんの弟子じゃなくなる。


「その場合は、問答無用と行きましょうか」

「そんな気がしましたよ。シガル、離れてて。『逆螺旋剣』!」


剣を再起動させて戦闘状態に戻し、青眼に構える。

素手の彼女に魔導技工剣を使うのはやり過ぎなどとは思わない。

今の彼女は怖くて堪らない。この剣を握っていても嫌な汗が背中を伝う。


「ふふ、くふっ、くふふふ、そう、それを使うのですね。こんな、小娘ごときに、くふふ」


魔導技工剣を構える俺を非難するかのような言葉を投げかけるが、目はそう言っていない。

むしろそれで良いと、そうでないといけないと言われている様に感じる。

今から起きる事が楽しくて堪らない様子にしか見えない。


「大人げないとは思いますけど、使わせて貰いますよ。貴方は大公妃様より怖い」


明かな違和感と恐怖。目の前に居る彼女が先程とは違う人間になったかのようだ。

いや、一度経験あるから解る。これはバルフさんとやった時に感じた物と同じだ。

今までとは違う何かに切り替わった人の放つ威圧感なのだろう。


ならば彼女はあの人と同格クラスかそれ以上と考える方が良い。

下手に加減なんか考えていたら殺されかねない。

目の前に居る人物は俺を殺せる化け物だ。そう思って相手をしないといけない。


「ス、ストラシア、一体急にどうしたって言うんだ、失礼だろう!」


サラミドさんはやっと状況を飲み込めたのか、妹さんに気圧されながらも注意を口にする。

そんな兄に、彼女は笑顔を向けて口を開いた。とても穏やかに、だけど確かな殺意を向けて。


「すみませんお兄様、私、自分が抑えられないんです。邪魔しないで下さい」

「―――っ!」


ぱっと見は穏やかにしか見えない笑顔の妹さんだが、その正面に立つサラミドさんは脂汗を流して口をパクパクさせている。

何か言いたいのに声が出ないような、呼吸も怪しげな様子で震えている。

おそらくついさっきまで俺が受けていた威圧を全て受けて、改めて異常を理解したんだろう。

だって俺少しだけ楽になったもん。あれ自分でコントロールできるのか。こっわ。


「さて、お兄様は異論が無いようですから、始めましょうか」

「異論が無いって言うか、黙らせただけじゃないですか」

「まさかそんな。私はこれでもお兄様の事は好きですし、尊敬しているのですから」


そこで会話が途切れた。不思議な静けさが余計に圧迫感を覚える。

だが彼女だけはその全てを意に介さず、一度深く息を吐く。

俺はそんな彼女から感じる恐怖を押さえつけ、身体強化をかけて戦う準備を済ませた。


「行きますよ」


静かにそう告げたのとほぼ同時に、彼女は俺の剣の射程範囲に迫っていた。

彼女の掌底に合わせて剣を振り、正面から打ちあいにいく。


「―――なっ!」


それは信じられない光景だった。

いや、一度だけ見た事はあるが、同じ事をやれる人間が居る事に驚いてしまった。

まだまだ未熟過ぎた修業時代、リンさんが魔導技工剣を素手で受け止めた事がある。

妹さんはあの時のリンさんと同じで、剣を手で弾いてそのまま攻撃を繰り出して来た。


「があっ!」

「げふっ」


驚きで一瞬反応が遅れ、獰猛な叫びと共に繰り出された掌底を腹に受けてしまう。

打点はずらしたので完全直撃はしていないが、衝撃で遥か彼方に吹き飛ばされてしまった。

ゴロゴロと転がりながら衝撃を逃がし、地面を叩いて跳ね起きる。


彼女は追撃に来ず、剣を弾いた手を握って開いてを繰り返して状態を確認していた。

少し血が出ている様だが負傷というには浅い。手の表面が少し切れた程度だろう。

そしてあんなことをする人間が、その程度の負傷で動きが鈍るとは思えない。

むしろその負傷を楽しんでいる様にすら感じる。


「ふふっ、少し、痛いですね」

「普通は少しじゃすまないんですけどね・・・」


逆螺旋剣だとはいえ、真正面から受けて痛いだけかよ。洒落になってねえ。


「ステル・ベドルゥク!」


俺の叫びに応えて杭がスライドして四つに分かれ、中に組み込まれている五つの魔力水晶が強く光り輝く。

そして全てを飲み込み粉砕する魔力の刃が顕現する。


「これを正面から受け止めたら、流石に無事じゃ済みませんよ」

「みたいですね。ええ、そうみたいです。解りますよ。ああ、素敵。あは、あはは、あはははははははははは!」


俺の言葉に頷きながら、彼女は心底楽しそうに笑い声をあげる。

やべえ、単純な怖さ以外にも別方向に怖くなってきた。大丈夫かあの子。

とはいえさっきの一瞬で解ったけど、彼女の動きは俺の四重強化に追いついている。

あれが全力かまだ上が有るのか・・・この剣に怯んでくれれば良いんだが期待は出来ないな。

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