第628話目覚めですか?

本当は、彼に興味なんて無かった。

ほんの少しは有ったかもしれないけど、別に誰が強いとか弱いとか興味がないし、兄さんが楽しそうにしているから一緒に付いて来ただけ。

お母さんは私に期待している様だけど、悪いけど私には戦いに向ける情熱なんて無い。


痛いのは好きじゃないし、戦争だって特に好きなわけじゃない。

私が力を振るうのはただその時に気に食わない事が起きた時だけ。


お父さんは別に私に期待なんてしてないし、お母さんもあくまで私の成長を望んでいる程度。

兄さんに至っては私がどの程度の力を持っているかも知らなかった。

内緒にしておいて欲しいとお母さんに言ったおかげもあるけど、私は街で暴れる事はあっても訓練なんて積極的にはしていないし、偶にお母さんに付き合わされてる姿も見せていない。

だから多少おてんばな娘ぐらいの認識で終わっていたんだと思う。


私は生まれつき持った力を自分の好きな程度に使って、ただ家族の要望に応えて相手をしていただけ。別にこの力を磨く気なんて全くなかった。

むしろ頑張っている兄さんが報われてくれればと、そう思って過ごしていたぐらいだ。


私自身は家の事にも国の事にもあまり興味の無い娘。

国を背負う気なんてないし、政治に関わる気もない。

だからって戦場に出向く気は無いし、戦う仕事に就く気だってない。

願う事があるとすれば、お母さんの様に愛する男性と共に生きていきたいという事ぐらい。





私は、本当に、強さになんて興味は無かったんだ。





「なに・・・これ・・・」


何故私の拳は強く握られているのだろうか。何故腕が・・・この体が震えているのだろうか。

恐怖に震えるならまだ解る。けどこの感覚は違う。怖くて震えているわけじゃない。

今私は、体が疼いて堪らない。今すぐにでも暴れたくて堪らない。


目の前に立つ彼の、あの炎を纏った剣を目にしてから、体の疼きが止まらなくなっている。

私は訓練らしい訓練なんて殆どしていない。やっているのはお母さんとの手合わせ程度。

だから魔術に関しては素人も同然だ。

なのに見ただけで解る。感じる。あの剣が纏う力は明らかにふざけた代物だと。


彼はその剣を空に掲げ、剣は炎以外の光も放ちながら空に大きく花を咲かせる。

魔術が使えずとも解る程のふざけた威力。

だというのに感覚的に解ってしまう。あれはまだ序の口だと。

あの剣の力はあの程度ではないと体が言っている。


あれだけの力を放っておきながら、余裕そうにシガルさんと喋っている彼がその証拠だ。

何度打てるのか解らないが、少なくとも一発限りの大技じゃない。

その事実を飲み込みつつ視線を彼に戻すと、笑顔でシガルさんと話していた。


「・・・羨ましい」


二人を見つめていたら無意識にそんな言葉が漏れ、その事に自分で驚いてしまう。

今自分は何に対して羨ましいと言ったのか。

二人が仲睦まじい夫婦だから? 愛しあっている者同士だと解るから?

それともシガルさんのあの真っ直ぐな愛情表現が?


・・・どれも違う。勿論その気持ちも無いわけじゃない。

彼等と同じ様に私もあの人とあんな関係になれたらと思わないわけじゃない。

けど、私の心に浮かんでいた事は、そんな物じゃなかった。





『あれだけの力を持つ人と何時でも力を競い合える彼女が羨ましい』





そんな、今まで考えた事もない感情が、胸に浮かんでいた。

彼女に街での事を黙ってて貰う様にお願いした時に色々彼の事を聞いて、その時から自分の中に違和感があった事は解っていた。

彼女に魔導技工剣の使用をお願いしたのもその違和感からの言葉だったのかもしれない。


初対面の際、彼を『タナカ・タロウ』と認識できなかったのは何も感じなかったからだ。

彼からは強さを感じない。負ける気なんて全くしない。

兄さんが化け物と呼び、明らかに強いと解る彼女が自分の目標と慕う男性。

私にはどうしても、彼がそんな存在には見えなかった。


『おそらく今まで出会った相手の中では数える程度の恐ろしい相手、なのだと思います。どれだけの時間相対しても底が解らない。強さが掴み取れない。弱い様にしか感じないのに、強い』


兄さんの評価が余りに大げさだと思って、お母さんに聞いた時の答えがこれだった。

今ならその言葉の意味が解る。彼は異常だ。明らかに何かがおかしい。

あれだけの力が振るえる様には一切見えないし、どれだけの力を持つのかの底が全く見えない。


それを体ではなく、頭の認識が今追い付いて来たのか、震えに恐怖も混ざって来た。

目の前のどう見ても何も出来そうに見えない彼が物凄く怖い。

明らかに存在としておかしい彼に、感覚との差異が大きすぎる彼に恐怖を感じる。

歯がカチカチと震える。足の感覚がおぼつかない。胃液が上がって来そうで気持ち悪い。


「―――戦い、たい」


なのに私は、震える唇で、そう言葉にしていた。

その瞬間、恐怖が体から消えた。先程からあった疼きがもっと強くなっている。

目の前の化け物と、彼と、タナカ・タロウとやってみたいと訴えている。

今まで眠っていた何かが起きた様な、血が沸騰するかのように熱い感覚が体をめぐる。


そうか、ずっと眠ってたんだ。起きても戦える相手が居ないからずっと眠っていたんだね。

やっと戦えるから、やっと相手になる存在が現れたから、目を覚ましたって事か。

そうだね、解るよ。化け物の相手は、化け物じゃないと話にならないもんね。


『母親がついぞ望めなかった戦いを成せ』


体をめぐる血がそう訴えている。目の前の強者と思う存分遊び倒せと叫んでいる。





――――戦えと、私の心が叫んでいる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る