第626話ストラシアの頼みですか?
ストラシアさんが席を立った後を追いかけるように席を立つ。
いや、実際に追いかける為に席を立ったのだし、向こうは追いかけて欲しそうだった。
念の為邪魔の入らない所で会話をしたかったので、目で行き先を彼女に示す。
お手洗いに向かえば最悪途中の会話を聞かれることは無いと思う。
彼女が先を行くのを確認してからあたしも同じく中に入る。
これでここに入り込む事が出来る人は屋敷には居ない。
更に念を入れて防音の魔術をかけて声が外に漏れないようにした。
「それで――――」
「ごめんなさい、あの時の事は兄さんには黙ってて下さい!!」
要件は何でしょうかと聞こうとした瞬間、彼女は膝を付いて頭を下げてそう叫んだ。
防音をかけているから良いけど、かけてなかったら今の叫びはお兄さんに届いていた。
色々残念なところがある人だなとこの時点で判断して警戒を少し緩める。
これが演技なら大したものだと思うけど、サラミドさんの問い詰めるような雰囲気から察するに、演技が入っていたとしても完全に演技では無いと思う。
二人の打ち合わせ通りの行動な可能性も有るけど、それだとあまりにわざとらし過ぎる。
それに彼はタロウさんを少し警戒している。下手な芝居は打たないだろう。
「とりあえず、お立ち下さい。このような所で膝を付いては衣服が汚れてしまします」
「あ、う、うん。ごめんなさい」
あたしの言葉に素直に応えて立ち上がるストラシアさん。
喋り方もさっきまでのお嬢様の口調ではなく、街で見かけた時に近い。
というよりも、おそらくこの口調が彼女の素なのかもしれない。
「事情をお聞かせ願えますか?」
「えーと、その、恥ずかしながら、この間暴れたのがばれると兄さんに怒られちゃうので内緒にしておいてほしいなぁと。それと今は、できれば普通に喋って貰えると話しやすいです」
「喋り方に関しては、貴女が良いならそれで良いけど・・・」
少し背を丸めながら上目遣いで頼んできたけど、あれは人助けだったのではなかったっけ。
会話からは店員が絡まれていたのを助けたと記憶している。
それにそのまま衛兵に突き出しに行っているのだし、暴れた事自体は知られているのでは。
「あの男は衛兵に突き出したんだし、調べたらすぐ解るんじゃないの?」
「あ、そっちは大丈夫なの。黙ってて欲しいのは扉の件」
「ああ、粉砕した扉」
「あれ壊したの男のせいにしたから、ばれると怒られちゃう」
なんでそんな事を・・・正直に話しても怒られるからそういう事にしたという事かな。
いずれにせよばれるのは時間の問題だと思うのだけど、本人はそれを解っているのかな。
「お店の扉ってもう直ってるの?」
「すぐに修理手配して直したよ」
「ならそこからばれると思うんだけど。貴女が直接手配するっておかしくない?」
「そこはお世話になっている人のお店だからって事で、私財から寄付という形で」
常連の店ではあるから不自然ではないと。
けどあの場面を見ていた人間はあたし達だけじゃないけど、その辺りは大丈夫なんだろうか。
「周囲の人への口止めはしてるの?」
「・・・店主と常連客にはお願いしたけど、街の人はどこまで見てたか解んない」
「穴だらけだなぁ・・・それ絶対いつかばれるよ」
「今じゃなかったら良いの。数日後なら良いの。今ばれると困るのぉ。お願い黙っててぇ」
ばれる事自体はそこまで問題ではなく「今のタイミング」でばれると問題という事かな。
それなら別にあたし達は特に問題ない。
タロウさんも黙っている様子だし・・・この間に話してないと良いけど。
「あとクソ男って叫んだのも黙ってて欲しいです」
「解った。じゃあこっちから話を振ったりはしないから」
「ありがとぉ!」
彼女はあたしの手を握り、本当に嬉しそうな笑顔で礼を口にする。
その様子に少し苦笑してしまった。
さっきまでのお嬢様雰囲気がまるでなくなってしまっている。
「ところで、何で今ばれると駄目なの?」
「それは、その、色々と事情が有るの」
「言えない事?」
「い、言えないわけじゃない、けど、その」
理由を問うと、彼女は少し顔を赤らめながら口ごもった。
何か恥ずかしい理由でもあるんだろうか。
「今、私の好きな人が、屋敷に来てて、その人には格好つけてるから、下手打った部分は知られたくないなと・・・ばれたら絶対兄さんもお父さんもあの人に言うし。あ、でも好きって言っても憧れとかそういうのだから! 結婚したいとかそういう好きじゃないから!」
顔を赤らめながらぼそぼそと理由を語り、口にした恥ずかしさからか後半は叫んでいた。
多分彼女はあたしより年上だと思うのだけど、何とも可愛らしく感じる。
そういう理由なら尚更協力する事に抵抗はない。
彼女はどの道ばれる事は解っている、ただ今だけばれないようにしたいだけなんだから。
「クスクス。別に人を好きっていう事は、恥ずかしい事じゃないと思うよ。その人に格好をつけたいのもね」
「そ、そうかな。い、いやえっと、そうじゃなくて、その」
顔を真っ赤にしながら狼狽える様が可愛いけど、余り虐めちゃ可哀そうかな。
イナイお姉ちゃんといい彼女といい、こういう可愛らしい所が好きな男性も多いんだろうな。
残念ながらあたしにはそういう感情は一切ない。素直に想いを伝えて絶対に放したくはない。
勿論初めて告白した時は余裕なんて無かったけど、好きという事を恥ずかしいとは思わない。
ちょっとだけ羨ましいかも。
「あたしはそういう戸惑いとか全部とばしてタロウさんに告白しちゃったからなぁ・・・」
「そ、そうなんだ。どんな風に言ったの? そもそもどういう出会いだったの?」
彼女はあたしの呟きを聞き逃さず、興味津々に問い詰めて来る。
やっぱり彼女の言う憧れの人とは、そういう意味での好きな人なんじゃないかな。
「自分のは恥ずかしいけど人のは興味有るんだね」
「あ、う」
「あはは、ごめんごめん、冗談」
ちょっと突っ込むと顔真っ赤にするのが可愛くて、思わず揶揄ってしまう。
最近のお姉ちゃんはあんまりこういう反応しなくなったから少し懐かしい。
付き合い始めた頃のお姉ちゃん初々しくてかわいかったなぁ・・・。
「あたしは、タロウさんに助けて貰ったの。自分の才能に調子に乗ってた馬鹿なあたしを助けてくれた人。それがタロウさん」
あの時見た魔力の流れは今でも忘れない。とても綺麗な魔力の流れ。
そして今ならあの魔力の流れに見惚れた理由がそれだけじゃない事も解る。
鍛錬に鍛錬を積み重ねた、常人の行う物では無い鍛錬の上での技術。
あたしはきっとそこにも目を奪われたんだと思う。
ただ凄い力だというだけじゃなく、彼自身が研ぎすました力。
そして尚まだ先を目指していると感じる力。
あの時のあたしでは、どう足掻いても届かないとはっきりと解る魔術。
ああ懐かしいな。あの時にあたしは憧れと目標と好きな人が一緒になったんだ。
彼女に当時の事を説明しながら、当時の気持ちを思い出す。
ねえあの時のあたし。今のあたしはちゃんと前を向いているかな。
下も上も見過ぎず、ちゃんと前を向いて走れているかな。
なんて、少し恥ずかしい自問自答をしてしまう。答えなんて無い。誰も答えてなんてくれない。
だからあたしは止まらない。
昔のあたしも今のあたしも自分を恥ずかしくない様に前を見続ける。
大好きな人の隣に居る為に。イナイお姉ちゃんに負けない為に
強くて弱い二人を支えられるようになる為に。
流石にそこまで深い所を話すのは恥ずかしいので口にはしなかったけど、さらっとタロウさんとの馴れ初めを彼女に語る。
その際に彼女は魔導技工剣に興味を示し、見てみたいと言ったのでタロウさんに聞いてみる事にした。
頼んだ際にタロウさんがボソッと「面白い事思いついた」と口に出していたのだけど、何をするつもりだろう。何かまたとんでもない事やる気がする。
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