第620話仙術を覚えるつもりの様です!

「うーん・・・動けるけどやっぱいてぇ」


翌日すぐに歩けるようにはなったけど、体中が痛い。

実はまともに動かそうとすると痛いので、浸透仙術で無理矢理動かしてるんですけどね。

どっち道痛いのは変わらないけど、浸透仙術でやる方が若干楽なのです。

代わりに神経使うけどね。まあ、訓練にもなるので丁度良い。


「まだ寝てた方が良いんじゃ・・・」

「あ、ごめん、平気平気。このぐらいなら大丈夫」


俺が体を動かしながら痛がっている様子に、シガルが心配そうに声をかけて来た。

痛いっちゃ痛いけど、我慢出来る痛さなので大丈夫です。

そもそも今回は反動で倒れただけなのと、すぐ倒れずに我慢したのが原因だしね。

ただ、もし遺跡を出るまでずっと気功仙術を使ってたら、ちょっと厳しかっただろうとは思う。


「さて、それじゃ始めるけど、大丈夫?」

「うん、何時でもどうぞ、タロウさん」


何をするかと言うと、シガルに仙術を教えようとしている。

昨日の夜にシガルから頼まれ、リスクも説明した上でとりあえず試してみる事になった。

今までにも考えた事はあったらしいが、他が未熟なうちに手を出すのは止めておいたらしい。

一応イナイに止められた事も有るらしく、手を出さない事にしていたらしいのだが・・・。


「気功仙術が使えれば、とりあえず遺跡でも自分の身は守れるんだよね。なら、一度訓練してみたい」


真面目な顔でそう言われては頷くしかない。

その際イナイはシガルを心配そうに見ていたが、何も口を挟まなかった。

因みにイナイも隣に居るけど、とりあえずちょっと参加するだけのつもりらしい。

まあ彼女は以前、俺の軽い攻撃程度で倒れるって言ってたしな。


「じゃあ、ちょっと気を張って、痛みに構えておいてね」

「うん!」


シガルは両手を胸元でぐっと握り、体に力を入れる。

最近見る回数は減ったけど、その癖は相変わらずだな。

大きくなってもどこか可愛いなこの子は。

そんな事を考えながらシガルの鎖骨の下あたりに触れる。


「ふぅー」


軽く息を吐いて、彼女の気功の流れを慎重に探る。

浸透仙術を使えるようになったおかげで、他者の気功の流れが以前よりよく解る。

綺麗に、全身に、小さな気功をまんべんなく回す様に見極めて放つ。


「いつっ・・・!」


シガルは少し痛そうにしたが、ほんの一瞬痛みを堪える程度で済んだ様だ。

すぐに平静になり、自分の状態を確かめている。

よーしよし、俺も上手くやれたみたいでちょっと満足。


「どう、見えた?」


シガルは魔術を高いレベルで使える。

それこそ俺が仙術を覚えた時よりも今のシガルの方がレベルは上だ。

多分問題無く力は見えている筈だろう。


「・・・え、と、今ので、見えないと、駄目、なの?」


だがシガルは俺の言葉に驚いた様子で返してきた。

いや、驚いているというよりも、困惑している方が近いだろうか。


「前に仙術もらった時と、あんまり違いが分からなくて、その。痛い、だけ、だったよ。あ、えっと、何かが流れたのは解るんだけど、解るだけって言うか・・・」

「あれ・・・失敗したかな」


ガラバウの時はこれで上手く行ったんだけどな。

あの時はもっと荒かったし、もっと雑だったけど。

それに一緒に居た二人にも試しにやってみたし・・・あ、でも二人共よく解って無かったっけ。


「普通はそうなるんだよ。一回二回で見えるかよ」

「そ、そうなの? お姉ちゃんの時もそうだったの?」

「見えるようになるまで何発も撃ち込まれたよ。数日使い物にならなくなるまでな。無茶やる事が多いと自覚してるあたしが習得を諦める様な業だぞ。普通はそんなんじゃ習得できねぇよ」


俺達の様子を見てイナイが呆れた様に口を出してきた。

ミルカさんに撃ち込まれた時、俺は一発で見えたんですが何故でしょうか。

ガラバウも見えてたし、何か素質的な条件がやっぱあんのかなぁ。


「じゃ、じゃあ、もう一回、タロウさん!」

「あー・・・でもあんまり無理しないでね。途中で駄目そうだと思ったらちゃんと言ってね」

「うん、頑張る!」


あ、これ駄目な状態入ってるわ。適度な所でこっちが止めるように言わないと駄目だな。

最近大人びてきたし、俺が甘える事が多かったから忘れがちだけど、こういう所も変わらない。


「じゃあ、もう一回行くよ」

「うん!」


構えるシガルにまた同じ様に気功を流し込む。

シガルは同じ程度の痛みを想定していたおかげか、顔を顰めたものの呻く事は無かった。

そしてまた最初と同じ様に自分の体を確かめていたが、俺の顔を見て不安そうに口を開いた。


「・・・タロウさん、全然解らないんだけど」

「まじかー・・・」


使える使えないの前に、全く見えないは想定外だわ。

シガルって才能の塊みたいな子だから、この展開は全く考えてなかった。

マジかー、全く見えないのかー・・・本当にどうしよう。


「こ、こうなったら見えるまでやる! タロウさんどんどんやって!」

「は、はい!」


鬼気迫るに近い顔でシガルが叫ぶように口にし、勢いに圧倒されながら返事を返す。

とはいえこの調子だと本当に倒れるまでやりかねないな。

倒れるだけなら良いけど、致命傷に至るまでやりそうだからそこは気を付けておこう。

そしてシガルの気功の変化を注視しながら何度も気功を流す訓練を繰り返した。


結果。


「げっほ! けほっ・・・はあっ・・・はあっ・・・もう、いっかい・・・!」

「いや、駄目だって、自力で立てないんだから、もう休もう、ね?」


がくがくと力の入らない足を震わせ、浅い呼吸を繰り返しながらもう一度というシガル。

そもそも立てていないし、四つん這いだし、だからって手を貸すと怒るし。

気功の流れ自体はそこまで無茶苦茶酷い状態にはなって無いけど、これ以上の続行は不可能と判断いたします!


「ほーらな。言ったろうが、こんなもん使うのは大馬鹿のやる事だって。習得の難易度が高すぎんだよ。その上覚える為に死にかける技とか誰が覚えんだよ」

「けほっ・・・で、でも、あた、し、見えても、ない」

「あたしとアロネスも同じ状態になって、アロネスはそこで根を上げたんだよ。ああ、セルエスも同じだったな。グルドの奴も結局覚えられなかったし、リンに至っては何も解らずじまいだ」


まじかー、自分基準で考えたら駄目だったか―。

俺は初回で見えたんだけどなぁ・・・ミルカさんも行ける確信があったみたいだし。

もしかしてミルカさんは、俺が仙術を習得出来る素質があった理由が解ってるのかな。


「タロウが仙術覚えるのは、ミルカ以外は全員予想外だったしな」

「え、でもセルエスさんも協力してたでしょ」

「あいつはどうせ無理だと思ってやらせただけだぞ。ミルカなら死なない程度には見極めるだろうって判断だよ」

「うっわ、ひでえ」


つまりミルカさんに仙術打ち込まれたあの時、俺が仙術を使える様にならなかったら今のシガルと同じ状態だったという事ですか。

セルエスさんは何て言うか色々容赦ないよね。優しい所が無いわけじゃないんだけどさぁ。

普段は優しいお姉さんなんだけどね・・・局所でやってくれるから・・・。


「・・・まだ、意識、あ、るし、いける・・・!」

「バカタレ。誰がどう見てももう行けねーよ。こんな所で無茶しても何にもなんねーだろうが。クロト、シガルに水持って来てやってくれ」

「・・・うん、解った」


シガルはイナイの言葉でやっと諦めたらしく、地面に体を投げ出して倒れた。

クロトがそれを見て、慌てて水をもって傍による。

ただその前にハクがシガルの体を起こして待っていたので、一瞬だけ険悪な空気が流れた。

とはいえ二人共そこから喧嘩をするようなことは無く、シガルの面倒を優先している。


「さって、ついでだしあたしもやっとく事にするが、多分倒れると思うから後は頼むぞ」

「え、大丈夫?」

「お前やミルカと違って限界超えて使う事自体が出来ねぇから、そこに関しては心配すんな」


それは安心半分不安半分なのですが。

確実に使いこなせないって言ってるよね。大丈夫なのかな。


「ほれ、構えろ」

「え、あ、はい?」

「―――行くぞ」


ぞくっとする威圧感と共に、構える前にイナイが俺の懐に踏み込む。

相変わらず速―――っていうか、めっちゃはえぇ!

魔力の流れが一切無いから仙術で強化してる。流石イナイ、使えないって言いながら―――。


「って、あれ?」


慌てて身体強化をして受けに回ったのだけど、俺に届いたのは力の入っていない掌底だった。

パスンと可愛い音を立てて止められた手はそのまま俺の手を握り、イナイの体は全体重を俺に預けた。

慌てて彼女を受け止めると、ぐったりとした様子で俺に顔を向ける。


「まあ、こんなもんだ。んで、世の中はこれでも使える方だ」

「・・・まさか今ので限界ですか」

「おう。正真正銘今のがあたしの全力全開の仙術身体強化だ。もう碌に動けねぇし魔術も使えねぇぞ。つーか、体中痛いし吐きそうだし、放つよりキツイ」


まって、一瞬過ぎて何の使い物にもなって無いぞ。

俺も初めて使い始めた頃こんな感じだったけどさ、それでももうちょっとこう使えたよ。

いやまあ、イナイの言葉が真実なのは気功の流れを見ればわかるし、今かなり衰弱してる状態になっちゃってるけどさ。


少なくともミルカさんにやれって言われてる間は行けた。めっちゃ辛かったけど行けた。

全身痙攣しながら、激痛で悶えながらも、それでも仙術を使う事自体は出来たんだけどな。

まさか全身に痛み走らせながらでも使える方がおかしいのか。


「放つ方は前に確か説明しただろ。だから強化の方を見せとこうと思ってな。これであたしは一日使い物にならねぇから後は頼むぞ。嫁二人の世話を今日はお前が焼け」

「あ、はい。了解です。全力でやらせて貰います」

『タロウ、シガルが気絶した! 魔術使ったら不味いんだよな!』

「・・・お父さん、シガルお母さんが顔色悪い」


ハクとクロトに呼ばれてシガルを見ると、シガルは意識を失っていた。

確かに顔色は悪いけど、寝てるだけだから大丈夫だろう。

流石に意識を失ったら死ぬ様な状態まで仙術を打ち込んじゃいない。


「それ極限まで疲れて寝てるだけだから大丈夫。多分明日も動けないと思うけど」

『そっか、良かった・・・じゃあシガルは私が抱えて行くね』

「頼む。イナイも戻ろうか」

「・・・ん、頼む。段々気持ち悪さが増して来た・・・強化は、やっぱ、無理・・・」


ハクにシガルを頼み、俺はイナイを抱える。抱えられたイナイは照れるとか抱きつくとかそんな余裕は一切無く、血の気の引いた顔で完全にくたばっていた。

ただ二人とも気功の流れは確かに酷い状態にはなってるけど、命に別状はない程度だ。

一日休めばある程度は回復するだろう。


というか、昨日の俺の方が気功の乱れだけを見るならもっと酷かったんだよなぁ。

この辺りが仙術を使える人と使えない人の差なんだろうか・・・。


「・・・すまん、タロウ・・・本当に吐きそう、早めに頼む・・・うぐっ・・・」

「了解、もうちょっとだけ頑張って」


なるべく揺らさない様に、極力急いで屋敷に戻る。

二人ともその日は完全に倒れてしまい、一日どころか翌日も使い物にならなかった。

彼女達の様子を見て、ミルカさんが仙術教えてるって言った時に怒ったわけだとしみじみ思う。

ミルカさんの教え方はもっとえげつなかったもんなぁ・・・。

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