第619話奥様のお説教です!
「なーるほどねぇ・・・それで少し様子がおかしかったわけだ」
俺が倒れた理由、そしてこの部屋でついさっきあった事を聞いたイナイが小さく呟く。
イナイは俺が倒れたという話を聞き、予定より早く帰って来た。
クロトとハクが居なかったのはイナイにその事を伝えに行ったからだったそうだ。
二人も一緒に戻ってきているので、傍のベッドに腰掛けている。
俺はベッドで上半身だけ起こしている状態です。
「ごめんね、先に気が付いたのはお姉ちゃんだったのに、あたしの手柄みたいになっちゃって」
シガルは説明の時に少し顔を俯けながらイナイに謝るが、イナイはシガルに笑顔を向ける。
そしてシガルの顔を上げさせて、頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「別に構やしねーさ。それをタロウの前で言ってる時点で本人も知ってんだろ。むしろこっちが『ありがとう』だろうよ。あたしが傍に居られない間に支えてくれてたんだからな」
「お姉ちゃん・・・うん」
イナイの優しい言葉にシガルは笑顔で頷く。
本当に嬉しそうなその顔に、俺も少し安堵の息を吐いた。
実はついさっきその説明をされて、シガルが少し不安そうにしていたのを知っている。
一応イナイがそんな事で責めるはずが無いとは言ったのだけど、本人は心配だったらしい。
「さて、抱え込んでいたバカタレの気分は少しは落ち着いたか?」
「あー・・・はい」
ジロリと睨まれ、思わず目線を少しずらして返す。
どうやら甘える時間は終了した様で、これから叱られる時間の様です。
クロト君、そんなにじっと俺を見ないで。恥ずかしいから。
「大公妃相手のあれも、その練習、ってわけか」
「まあ、その、うん」
大公妃様を相手にする時、開始する前から全ての魔術を仕込んでいた。
流石に二乗強化を使うと後に響くし、今の様に後で動けなくなる可能性もある。
なので四重強化までしか使う気は無かったけど、それでも最初から叩き潰しに行く練習をさせて貰った。
サラミドさんには申し訳ないけど、その練習をやる範囲の強さでは無かったので別の練習をさせて貰った形になる。
彼相手だと仙術か魔術の身体強化を使うだけで圧倒出来てしまうし、不意打ちする必要が無い。
四重強化の一撃すら避けてのける大公妃様が、不意を突く練習には一番丁度良かった。
と言っても、一番最初の攻撃は避けられちゃったんだけどね。勘が良すぎるよあの人。
「結局、魔人相手にはあんまり意味は無かったけど」
「みたいだな」
魔人に仙術が通じるのか。そもそもどの程度まで動けるのか。
そんな事を、石櫃の前に立った時点で考えてしまった。その結果があれだ。
会話の内容自体は問いたい事だったのは間違いないけど、会話である程度気を散らして、最初から全力で死角を突いて斬った。
人型であるなら人体の死角や対応に差はそう無いだろうと思って実行したら、あっさりと上手く・・・いや、倒れる程全力でやってる時点であっさりではないな。
ただその判断に至った自分の感情が、自分でも理解しきれていなかったと思う。
シガルに言われて理解出来たけど、俺はきっと、ずっと怖かったんだ。
魔人を殺す事もそうだが、自分が殺される事がとても怖かったのだと。そこの自覚が薄かった。
だから絶対にへまをしない様に確実に殺しに行った。普段なら持つはずの容赦を全て捨てて。
いつもの様な、相手の事を考える余裕なんて一切持ってなかった。
ただただ無事に生きて帰る。それしか考えていなかったと思う。
「お前の全力は後が無い事を自分でもよく解ってんだろう。相手の力量測りかねるか、そもそも通じなかった場合どうするつもりだったんだよ」
「う・・・それは・・・魔人相手なら大丈夫だろうって言われてたし、そこは大丈夫かなって」
俺の答えを聞いて、イナイは下を向いて深く溜め息を吐く。
がっかりさせたかなと思いながら彼女の行動を見つめていたが、顔を上げた時には既に責める視線は消えていた。
若干呆れが入ってる気がしなくもない表情だが、優しい顔を向けられている。
「すまん、あたしが悪かった。先に問い詰めるのはおかしな話だな」
「え、いや、そんな事は・・・俺が色々甘かったのは事実だし・・・」
イナイが柔らかく笑いながら謝って来たので、思わず否定してしまう。
実際イナイの言う通り、逃げる余裕を余り残さずに全力で行ってしまった。
後の事を考えていなかったわけじゃないが、結果としては考えてないのとほぼ同じだ。
そう思って俯いていると、イナイは傍によって来て俺の頭を抱きかかえた。
「いいや、あたしが色々言うのはお前が悪いからじゃねぇ。ただ心配なだけだ。お前はやるべき事をやったし、ちゃんと結果を出した。それは褒められこそすれ、責められる様な事じゃない」
イナイはそう言いながら俺の頭を優しく撫でた。
彼女の体温がとても暖かく、それだけで心地よく感じる。
「出来た、で、良いのかな」
「ああ勿論。お前は頑張ったよ。だから先ずはそっちが先だった。すまん」
「あ、うん、いや、ありがとう。心配してくれたのは嬉しいよ」
「そうだな、心配したよ。お前の様子が何かおかしい気がしたからな」
んー、確かに普段より少し気を張ってたつもりはあったけど、イナイが気にするほどおかしかったとは思ってなかった。
いや、そこに気が付けなかったから今更シガルに言われて理解する様な事になってるのか。
怖い事を理解出来ずに怖がってるって、何やってんだか。
「イナイはよく気が付いたよね。俺は自分で解って無かったのに」
「ただでさえ嫌な事させてるのは解ってんだ。お前の様子が普段と違えば気になるのは当然だろうが。覚悟は決まってたかもしれねぇが、やっぱ慣れちゃいねぇだろ」
「あー・・・そっちの誤魔化しもばれてるか」
覚悟は勿論決めていた。やらなきゃいけないし、やると決めた。
それでもやっぱり「人間と認識出来る生物を殺す」のは怖いし気持ち悪い。
もう既に一人二人じゃない量を手にかけておきながら、それでも俺は未だに吐き気がする。
今回は心を落ち着ける時間を作って、自分に言い聞かせる様に言葉を吐いて止めを刺した。
ただ今回は、自分に余裕が無かったのも、躊躇無く出来た理由だろう。
「辛いならせめてあたし達に甘えろ。お前が言ったんだろ、三人でちゃんと幸せになろうって。弱音ぐらい吐け。でないとあたし達だってお前に甘えらんねぇだろうが」
うーん、弱音も甘えも割と吐いているつもりなんだけどなぁ。
むしろ普段甘やかして貰ってると思って、頑張ろうと思っていた所があったんだけど。
とはいえ、結局心配かけてるなら意味はないか。
それにそのせいで二人が甘えられないなんてのは嫌だ。
「お前はもう少しあたしに甘えたって罰は当たんねぇ理由が有るしな。あたしはお前にその仕事をさせてる当人達の一人なんだ。出来る限りの融通はきかせるぞ・・・正直お前を心配だって責める権利も、本当はねぇわけだしな」
「んー、それとこれとは別かなぁ。この仕事受けたのって恩返しの気持ちでやってるしさ」
「まあ、お前はそういう奴だよな。でもあたしは少し負い目を感じてるんだよ」
うーん。俺としては、一番甘えるべきは一番頑張ってる貴女だと思うんですけどね。
彼女が素直に甘えられる様にする為にも、素直に甘えておく事も大事か。
けど、そうなると一つ心配事あるんだけどなぁ。
「二人に甘え切った駄目人間になるかもよ」
「その時は二人で尻蹴飛ばしてやるから安心しろ」
どうやら甘え倒しは許してくれない模様。まあ、勿論する気は無いですけど。
しかし尻を蹴飛ばすか。イナイらしいと言えばイナイらしい。
実際はボディーブローの方が多い気もするけどね!
「ただな、お前の仕事は誰にでも簡単に出来る事じゃなくて、それなのに評価されない仕事だ。勿論大公達やその息子の様に直接関わった人間の知る所にはなるが、ただそれだけだ。大変なのに評価の伴わない仕事をしてくれるお前を、少しぐらい甘やかして何が悪いよ」
「とはいっても、イナイやブルベさん達は評価してくれてるよね」
「口だけはな。けどお前の業績に見合った報酬なんぞ一切渡せねぇ。だからこそ余計に無理して欲しくないし心配なんだよ。頼むから次は技工剣をちゃんと使ってくれ。そうすりゃそこまで全力でやる必要もねぇだろ」
確かに魔導技工剣を使えばもっと余裕が有ると思う。
今なら威力を以前より上げられるだろうし、防げる存在がそんなに多く居るとは思えない。
おそらく四重強化か二乗強化一つで行けると思う。
でもそうすると、初手で相手も警戒する気が・・・その辺りの工夫も考えるか。
「それに・・・お前が倒れたら、どうやって三人で幸せになるんだよ。頑張るのを悪いとは言わねぇが、そのせいで死んじまったら元も子もねぇぞ」
「死なない為に無理して死んじゃうなんて本末転倒だもんね。あたしも姉ちゃんも、結婚早々に未亡人なんてやだよ?」
「・・・うん。心配させてごめん。ありがとう」
二人とも心配で責める様に言いたいのであろう事を、努めて明るく優しく言ってくれている。
俺は二人に感謝を抱きながら頷いて返す。
未亡人か。そうなると二人はきっと泣くだろうな。・・・それは嫌だな。
そうならない為にも次はもうちょっと上手くやるとしよう。
今回の失敗を踏まえて、心身共にきちっと調整して臨もう。
最低限仙術の使い過ぎで倒れない程度にはしないと。
せめて俺がこの世界の人達と同じぐらい体が強ければ良かったんだけど、そうなるとミルカさんの教えを修められなかった可能性が有るジレンマ。
そもそもその場合、仙術が覚えられたのかどうか。
まあ、悩んでも仕方ない。今はちゃんと体を休めて次頑張ろう。
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