第618話魔人の実力の感想です!
「ぎっ、あっ・・・ぐぅ・・・」
痛みで目が覚め、それに驚いて動こうとして更に痛みが走る。
おそらく寝返りでもうとうとして痛みが走ったんだろう。おかげで目が一瞬で覚めた。
「おはようタロウさん、痛むなら無理して動いちゃ駄目だよ。言ってくれれば手を貸すから」
「あ、シガル・・・」
周囲を見渡すと、どうやら屋敷のベッドの様だった。
傍に居るのはシガルだけの様だ。
たったそれだけを確認する為に首を回しただけで、また痛みが走る。
「いっつ・・・」
仙術の反動で痛みが全身を襲っている。やっぱり俺の全力戦闘は制限時間が短過ぎるな。
でも今回はそのあと意識をちゃんと保ててるから上出来・・・でもないな。
遺跡出るちょっと前ぐらいから記憶があやふやだわ。
二乗強化は気功仙術じゃないと使えないんだよなぁ。
浸透仙術で集めた力が使えればもっと楽なんだが。
まあ浸透仙術のおかげで、遺跡の外に出るまで体を動かす事は出来たんだけどさ。
「ごめん、シガル、遺跡を出るちょっと前ぐらいから記憶が怪しいんだけど、俺あの後どうしたのかな」
「え、あ、そうなんだ」
俺の言葉にシガルが驚いた様子を見せる。
何その反応。俺何かやらかしたのかしら。
「えっと、遺跡を出る前までは、覚えてるんだよね?」
「うん、出口の光が見えた辺りから記憶が怪しい」
「それなら大丈夫だよ。タロウさん自力で出て来て、あたしにこれ預けて眠っただけだから」
そう言って、シガルは魔人が封じられている結晶を見せる。
どうやら特にへまをしたわけじゃなく、単に覚えてない事を驚かれただけか。良かった。
「預けると同時に抱きついて来て、そのまま寝ちゃったのは驚いたけど」
「あー・・・ごめん」
記憶が無いので予想でしかないけど、出口までしか記憶が無いのはそのせいかもしれない。
外に出て、シガルの姿を視界に入れて、完全に気が抜けたんだろう。
「あはは、謝らなくて良いよ。疲れたんだよね。お疲れ様」
謝る俺に、シガルは優しく頭を撫でて返す。
ひと仕事頑張ったのだから疲れて当然だと労ってくれた。
謝ってしまうのは癖みたいなもので、彼女が本当に責めるとは思っていない。
けど、こうやって労って貰えると、やっぱり嬉しいな。
「ありがとう、シガル」
「ふふ、どういたしまして。また倒れたら背負って帰ってあげるよ」
「え、シガルが抱えて帰ったの? グレットいるのに」
「タロウさん軽いし、男性にしては小柄で、抱えるのも背負うのもやりやすいから」
あ、何かグサッと来た。いやうん、いい加減諦めてるよ。諦めてるけどさ。
もう絶対身長伸びないの解ってるし、シガルに悪気が無いのは解ってるけど、グサッと来るわ。
この辺りもいい加減開き直んねーとなぁ・・・イナイの事言えねーや。
「あ、ごめんなさい。そういえばタロウさん、小さい事少し気にしてたっけ」
「ウン、マア」
俺が小さいって言うか、シガルさんが凄まじい速度で大きくなり過ぎなんだと思いますよ。
いや、それ抜いても結局俺が小さい事は変わんねーか。
この世界の男性って180以上が普通っぽい上に、女性も170以上が普通みたいだし。
俺より小さい同年代の男は、今んとこ一度も見た事ねぇ。
あ、リガラットは別。あそこは種族的に小さい人も居たから。
「それにしてもタロウさんが倒れたって事は、全力でやったって事だよね? 魔人ってやっぱりそれだけ強かったの?」
シガルのその問いに、俺はすぐに応えられなかった。
何故なら『解らなかった』からだ。
相手の強さなど測る前に前に、全力で叩き伏せたのだから。
「・・・多分、強い、とは思う」
「思う?」
俺のあやふやな返事にシガルが首を傾げる。
その様子を見て、変な事を言っているんだろうなという自覚が出来た。
「数少ない見れた動きからある程度強かったのは解るけど、相手が全力出す前に全力で斬り殺したから良く解らない」
「そう、なんだ・・・タロウさんにしては珍しいね」
「珍しい・・・か。うん、そうだと思う」
俺は今まで、全力で戦わないと不味いと思った相手以外に、最初から全力で戦った事は無い。
ましてや今回の様に、不意打ち気味に殺しにかかった事なんて有るわけがない。
それでも、今回はそうしないといけなかった。そうせざるを得なかった。
俺は今まで「負ける可能性の有る状況で負けてはいけない戦闘」というものを、一度もしていない事を自分でも理解している。
今までやった絶対に負けてはいけない戦闘は、全て負ける可能性の無い戦闘だ。
負けそうだった勝負も、負けた勝負も、負けて大丈夫な勝負だけ。
けど、今回は違う。絶対に負けるわけにはいかない。
それは今までとは違う、負ける事が死に直結する戦闘なのだから。
例え反動で倒れるとしても、いや、反動がある上に時間制限つきだからこそ、躱されるわけにはいかない。だから相手が戦う気になる前に、俺を侮っている間に、全力で斬った。
「遺跡の事は、絶対に、失敗出来ないから」
そう呟いて、痛みが走るのを自覚しながらもこぶしを握る。
反動で痛みはあるが、それでも体に力が籠る。
これは、この仕事は失敗出来る仕事じゃない。絶対に失敗してはいけない仕事だ。
相手を、殺す事を、躊躇してはいけない仕事だ。
「成程、そういう事か・・・やっぱりお姉ちゃんにはまだ敵わないなぁ・・・」
俺の呟きに、シガルが少し項垂れた様子でそんな事を口にした。
俺にはその言葉の意味が解らず、疑問の目線だけをシガルに向ける。
「あたしも解ってた筈なんだけど、まだまだ駄目だね」
けどシガルは、更によく解らない言葉を重ねる。
言ってる意味は解らないが、シガルがイナイに比べて駄目だなんて事は無い。
少なくとも俺にとっては、どちらも良い嫁だ。
「俺にはシガルとイナイはどっちも――――」
「大丈夫、タロウさんの気持ちは解ってる。そういう事じゃなくて、単純にあたしの中の対抗心なだけだから」
シガルの中にある、イナイへの対抗心か。
俺の言葉を遮ったって事は、何言ってもそこは納得出来ないんだろうな。
「でも、今はそれは措いておこうか。それよりもタロウさんの方が大事だし」
「え、俺?」
「うん、タロウさん。お姉ちゃんがおかしいって言ってた理由があたしにも解ったよ。タロウさん、結構いっぱいいっぱいだったんだね」
「え、いや、別―――」
シガルの言葉を否定しようとすると、彼女は俺の頭を優しく抱きしめる。
そして耳元で優しく囁き始めた。
「いいよ、否定しなくて。甘えて良いんだよ。きついって言って良いんだよ。それでも頑張ってるんだって言って良いんだよ。平気な振りしてないと辛いのは知ってるけどさ」
シガルの体温が優しく伝わって来て、頭を抱えられているせいか彼女の言葉がやけに響く。
それがとても心地良くて、握っていた手が自然と開けていた。
「相手を見てる余裕なんか無かったんだよね。勝たなきゃいけないから、負けるわけにはいかないから、死ぬわけにはいかないから・・・怖かったんだよね」
「―――っ」
シガルの重ねる囁きに、目の端から涙が零れる。カタカタと自分の体が震えているのが解る。
彼女の口から出た言葉で、自分でも理解しきれてなかった恐怖が表に出て。
その震える手が、痛みを感じながらも彼女を抱きしめていた。抱きしめずにはいられなかった。
縋らずにはいられなかった。
「シガっ、俺、ちがっ、いや」
自分でも何が言いたいのか解らない言葉が口から出る。
言い訳をしたいのか、肯定をしたいのか、否定をしたいのか、自分でもよく解らない。
ぐちゃぐちゃな感情のまま、ただシガルに縋りついていた。
「大丈夫、大丈夫だよ。タロウさんはここにちゃんと生きて帰って来たし、あたしはここに居るから。大丈夫。甘えて良いからね。あたし相手だからって、気にしなくて良いよ。強いタロウさんも、弱いタロウさんも、あたしはどっちも愛してるから」
「うっ・・・くっ・・・!」
ただただ優しいシガルの言葉に、俺は纏まらない思考で嗚咽を吐き出す事しか出来ない。
心が落ち着くまでそうして暫く、優しい言葉を耳元で語り続けるシガルを抱きしめ続けていた。
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