第621話仙術の後遺症です!

「あー、くっそ、まだ少し痛ぇな」

「お姉ちゃん、もう動けるんだね」


調子を確かめる様に体を動かすイナイをみて、シガルがベッドに横たわりながら問う。

痛がりながらも普通に動けるイナイと違い、シガルはまだ動けない。

正確には動けない事は無いが、食事のスプーンすら上手く力が入らず落としたりする様な状態なので、もう少し大人しくしてもらっている。


「吐き気が一番の強敵だったからな、あたしの場合は」

「あー、そうなんだ。あたしはそういう症状は無いけど、とにかく体が痛いのと、上手く力が入らない。タロウさん、毎回この状態になってたんだね・・・」


シガルは少し体を動かすたびに顔を顰めている。

眉間に皺が寄りっぱなしになっているので、あんまり無理しないで欲しいんだけどな。

彼女はいつも明るい笑顔が多いので、余計に気になってしまう。


「仙術の反動は大体そんな感じかな。ごめんね、もうちょっと加減すればよかったね」

「ううん、あたしがもっとって言ったんだもん。タロウさんが謝る事なんて何にもないよ」


俺が謝るとシガルはにこりと笑いそう言ってくれたが、痛みを我慢しているのが見て取れる。

彼女の痛々しい姿を見ていると何とも心苦しい。

今更だけど、毎回倒れている俺を見ている二人ってこんな気持ちなのかな。


「シガルはあたしと違って反動で倒れてるわけじゃねーしな。細かい攻撃を倒れるまで食らった結果だから、回復も多少時間がかかるんだよ」

「そっか、あたしタロウさんの仙術で倒れたんだもんね。お姉ちゃんもそうだったの?」

「ああ。ただ回復には個人差が有るから、いつ回復するってのはちょっと解んねぇな」

「そっかぁ・・・てことはまだ数日このままな可能性も有るのかぁ」


そういえばあんなに何度も人に仙術を撃ち込んだ事は初めてだな。

シガルは当日目を覚ました時も今と同じ様な状態だったし、でかいの一発ぶち込んだ相手の時は完全に身動き取れなくなってたので、ダメージの種類が違うのか。

仙術って気功だけの影響じゃなく身体負荷も与えるから、そっちの影響が大きいのかな。

だからって治癒魔術使うと痛みを与えちゃうんだよな。まだ仙術の影響自体も抜けてないし。


「でもタロウさんにつきっきりで世話焼いて貰えるのは、ちょっと嬉しいよね」

「普段と立場が逆になっただけだけどな」


二人が倒れた当日から、食事の世話も、体を洗うのも、それこそトイレの世話もしました。

勿論ハクとクロトも手伝ってくれたけどね。

それに二人は俺の時みたいに完全に動けない状態にはなって無かったので、ある程度は自分の意志で体を動かしていた。


シガルさんはあの状態で俺を誘って来たので、流石にチョップをかましておきました。

腕を動かすのすら呻き声あげてたのに何考えてんだ。


「そんな事言ってー、お姉ちゃん体洗って貰ってる時楽しそう、いたっ、痛い、お姉ちゃんごめ、まっ、あっ・・・!」


揶揄う様に口にした事で、腕を素早く持ち上げて落とすという仕返しをされている。

ぱっと見は可愛らしい程度の行動なのだが、今のシガルには辛いだろう。

ただ痛そうにしながら、声がちょっと艶っぽいの止めて。

それでもイナイは暫く続けて、シガルの呼吸が怪しくなって来たあたりで手を止めた。


「ったく」

「はぁ・・・はぁ・・・あうー・・・事実なのにぃ・・・」

「まだ足りねぇか」

「んあっ、だっ、あっ、まっ、んんっ・・・!」


何で抵抗出来ないこの状態でまだ言い返せるのかなこの子。

そういえば普段もそういう子だったわ。

でもイナイはシガルの様子を見て加減してるし、じゃれてるだけなのかなぁ。


『イナイ、あんまりシガルを虐めちゃ駄目だよ』

「むしろ虐められてんのあたしじゃねえのか」

「・・・シガルお母さんはまだ痛いから、駄目」

「クロトまでそっちにつくのか」


ハクとクロトに止められ、不満そうな顔を俺に向けるイナイ。

流石にここで俺までシガルの味方に付くと可哀そうなのでイナイを抱き寄せる。

すると少し悔しそうなシガルと勝ち誇った顔のイナイという、変な状況が出来上がった。

この二人の戦い本当に良く解んねぇ。


「そうだ、遺跡の破壊はいつ頃にしたらいいかな」


意識を別の方向に向けさせるために、遺跡の話題を出す。

この話題ならイナイは応えないわけにはいかないし、シガルも変に口をはさむ事はしない。


ただ遺跡の事を言ってふと思った事がある。

もしかしたらイナイは、俺に二人の世話を焼かす事で体を休めさせたのかも。

あのままだと、動けるからすぐやりに行こうかって言いそうだと思われてたんだと思うんだ。

実際言いそうだったし。


「それなんだが、お前の状況の報告ついでにブルベと少し話をしてな。ここの遺跡の破壊も後回しにして、魔人を倒すのを優先しようって話になったんだ」

「あ、そうなんだ。俺は別に良いけど、何で?」

「遺跡の破壊も大分負荷がかかってるのに魔人の討伐も倒れる状態だ。なら近づかなければ良い事よりも、入って行った方が良い事を先に片付けた方が良いだろ」


あー、いつ出て来るかっていう警戒の方をとっとと排除しておいた方が楽だと。

俺もその方が気兼ねなく体休められるし助かるかな。


「一応この国の滞在予定日数はまだ暫くあるから、その間にしっかり体を休めて、次の遺跡でも魔人を倒すのを優先して貰う事になる」

「ん、了解」


二乗強化の反動は数日もたてば治るし、魔人を倒す為ならば問題無いだろう。

クロトも遺跡破壊の後以外は特に問題無いって言ってくれてるし。

最近は浸透仙術の訓練を勝手にやってるのも黙認してくれている。

二人にばれたら怒られるんだろうなー。でもやっとかないとさぁ。


「・・・ごめんな、嫌な事を先にやらせる形になって」


次の事を考えていたら、イナイが申し訳なさそうな顔を俺に向けていた。

上目遣いで、俺の返事を窺う様な様子が可愛いとか言ったら怒られる雰囲気ですよね。

その言葉を飲み込んで、イナイの頭を撫でながら口を開く。


「大丈夫だよ。遺跡の事って俺にとっては仕事以外の理由でも大事な事なんだし、嫌々やってるわけじゃないからさ」


言いながら、シガルの世話を焼くクロトに視線を向ける。

遺跡の事は確かに恩返しの為に受けた。それはけして小さな理由じゃない。

けど、それでも、その理由を脇に置いてもやらなきゃいけない理由が有る。

クロトの為に、家族の為に、俺は遺跡を壊し続ける。あの子が安心して暮らせる様に。


「家族の為なら、俺は人を手にかける覚悟は決めてる。気持ちの良いものじゃないし、後味悪い気分抱えてるけどさ。それでも、良いんだ」


分かり合えない存在を完全排除しなければ家族を守れない。

とても攻撃的な考えで、本来はあまりやりたくない思考と行動だ。

それでも俺は躊躇しない。今の幸せを守る為に、この世界で生きて行く為に手を下す。

これだけは誰かに頼まれたからじゃない。自分の意思でやっている事だ。


「勿論好きでやってるかって言われたらそんな事は無いけど、それでも俺はやるよ」


クロトと遺跡の関係を理解していると、報酬が有るのがありがたいぐらいだと思ってる。

国にとって遺跡が邪魔な物だと、俺と利害が一致しているから発生している報酬だ。

そうでなければ、俺は報酬が無くとも遺跡を破壊しに出たと思う。

そうしないと何時か、クロトにとって良くない出来事が起こる気がするから。


「だからイナイが一人罪の意識持つ必要は無いと思うなぁ。大体俺がやらなかったらイナイ達がやってるわけでしょ?」

「そりゃ・・・そうだがよ」

「なら俺もその仲間に入ったってだけの事だよ。それにその分甘えさせてくれるんでしょ?」


彼女だって人を殺す事に良い気持ちは持てない人だ。それでもやらなきゃいけないからやる。

なら俺がやる事で彼女の事を少しでも守れる事にもなるんだとも思える。

結局俺のやってる事は、独りよがりで、全部自分の幸せの為の行為だ。

家族が健やかである事が、俺にとって一番幸せな事なのだから。


「イナイとシガルが傍に居てくれるなら、俺は大丈夫。次はもう少し上手くやるから」

「・・・上手くやれなくても、無事帰って来い」


俺の頬に手を添えて、俺の無事を願ってくれる君が居る。

それだけで俺は心地良いし、幸せな気持ちが持てる。

この幸せを俺は絶対に無くしたくない。


「うん、ちゃんと生きて帰るよ」


イナイの頬に口づけをし、無事に帰ると約束をする。

勿論普段から生きて帰らないつもりなんか無いけど、次はもう少し自分の体に気を配ろう。


「うー・・・お姉ちゃん狡いー・・・動けないー・・・」


シガルが唸りながら起き上がろうとしていたが、ハクとクロトに戻されていた。

なんだかなぁ。

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