第612話仙術の効果です!
「ふあぁ・・・んー・・・あれ、何で俺ソファで寝てんだ・・・」
寝ぼけている頭のまま体を起こし、自分の座っている物を見て呟く。
「おう、起きたか。気持ち良さそうに寝てたなぁ、小僧」
その声に反応して顔を向けると、大公様が笑いながら何かを飲んでいた。
アルコールの匂いがするので、多分酒だと思う。
隣には息子さんのサラミドさんも座っているが、別の物を飲んでいる様だ。
「あ、おはようございます・・・」
「おはようさん」
「おはようございます、タロウさん」
ああ、少しずつ頭が覚めて来て、色々思い出して来た。
大公妃様との手合わせの後、三人がかりのマッサージで寝てしまったんだ。
イナイの手慣れたマッサージと、シガルの筋肉の隙間を縫う様なマッサージ。
そして予想外な程に上手いクロトの足つぼが、俺を睡眠に誘った。
そのおかげなのか、凄く体が軽い。
自分の体の状態を確認してから周囲を見渡すと、イナイ達が居ない事に気が付く。
ここに居るのは大公様とサラミドさんと俺だけの様だ。
勿論離れた所に使用人の人達は居るけど、近くには三人だけで大公妃様も傍に居ない。
あ、いや違う、外に居たはずのグレットが室内に入ってる。良いのかな。
「イナイ達は・・・」
「俺の嫁が汗を流したいつって、そのまま女連中全員で風呂だよ。お前の息子も一緒だ」
成程、それで大公妃様も居なかったのか。
男連中はそろって女性を待っているのが今の状況と。
クロトは子供だから許容された感じかな。
クロトが大きくなったら、俺はクロトにも二人の裸を見せたくないとか思うのだろうか。
いや、息子的には親の裸なんか見たくないか。でもイナイもシガルも可愛いしなぁ。
・・・何考えてんだか。子供相手に嫉妬してどうする。
「起きたならお前も飲むか?」
大公様はまだ若干寝ぼけている俺の前にグラスを置き、飲み物を注ぐ。
多分これ酒だよな。まあ、折角勧めてくれたので素直に受け取ろう。
「ありがとうございます」
「おう、飲め飲め」
礼を言うと嬉しそうに応える大公様。
ただちょっと飲む程度にしてくれたら嬉しかったなー。めっちゃなみなみ注がれてるなー。
まあ良いか、とりあえず飲んでみよう。
「頂きます・・・げっほ、げほっ、げほっ! な、何、これ・・・げほっ・・・」
喉が焼けるかと思った。何だこれ。すげーキツイ。
吐き出しはしなかったけど、口に含んだアルコールの加減が強すぎる。
酒って言うか、ただのアルコールじゃないのか、これ。
うえー、気持ち悪い。
「あっはっは、小僧は戦闘はつえ―が、酒には弱いみてーだな!」
「父上は二日酔いになるので強いわけではありませんけどね」
「あんだよ、まだ拗ねてんのかよ。可愛くねぇなぁ」
「男ですから。可愛く在る気はありませんよ」
楽しそうな大公様と、少し不機嫌そうな様子のサラミドさん。
けど俺は二人の様子よりも、今の一口で既に気持ち悪くなっている事の方が重要だった。
めっちゃ喉痛い。あとアルコール分強くて吐きそう。
うっわ、嘘だろ、あれを平然と一気飲みしてるぞこの大公様。
「またそんな飲み方をして・・・解毒の魔術をかけられるのを嫌がるのに、何故そういう事をするんですか」
「あー? あんな無粋なもん要らねぇよ。酔いが覚めちまうだろうが」
「酔った状態で賊にでも襲われたらどうするつもりですか?」
「ああん? んなもんストレリアが撃退するに決まってんだろうが。あいつに勝てる奴なんかそうそう居るかよ。むしろあいつが俺を守れなかったら、俺がどう足掻いたって死ぬっつの」
ストレリア、って確か大公妃様の名前だっけか。
大公様ってばあんなに良い体格してるのに、嫁さんの方が強いのね。なんか親近感だわ。
イナイには実力的に、シガルには精神的に勝てる気がしないからね!
まあ、大公妃様、ガチで強かったもんなぁ。
単純に身体能力だけが高いわけじゃなく、技術も高かった。
仙術有りだから勝てたけど、無しだったら一勝も出来ないどころか負けていた可能性すらある。
彼女は俺との手合わせの間、俺に仙術を打たせない前提の立ち回りをしていた。
防御させる為以外の接触をしない様に徹底していたので、それが無ければもっと戦い難かっただろう。
相性的な物ではあるけど、彼女が無手で挑んでくれた事と、こちらも無手でやった事がかみ合ったおかげだ。多分剣を使っていたら逆に苦戦しただろう。
彼女に触れる事が出来たのは防御や組み技に行こうとする為の接触だけで、打撃の類は掠ってもいない。つまりそれは、剣で挑んでも同じ事になった可能性が高い。
二乗強化を使えば追いつけたと思うが、それは結局仙術を使わないと実行不可能だ。
浸透仙術覚えてなかったら、余裕もって勝つのは不可能だったろうな・・・。
「全く、ああ言えばこう言う・・・タロウさん、これをどうぞ。口直しなると思います」
大公様は持っていた酒瓶が空になったので、新しい酒瓶を開けてグラスに注ぎ始める。
それを呆れた様子で見ながら、サラミドさんがカップに何かを注いで渡してくれた。
良い匂いがする。見た目や匂い的には紅茶っぽい。
「あ、ありが、けふっ、ありがとうございます・・・あ、美味しい」
「口にあえば何よりです」
お礼を言って口に含むと、優しい味のお茶だった。
癖の余りない飲みやすい味で、少なくとも先程の酒の口直しにはとても良いものだ。
あー、美味い。なんかほっとする味だ。
「しっかし小僧、城で暴れた時より更に強くなったみたいだな。ストレリアは勝てると踏んでいたんだが、今日手合わせして認識を上方修正した様だ」
「あー・・・やっぱりお二人はあれ見てた人なんですね。先の手合わせは純粋に強いかどうかよりも、相性の問題だと思いますよ。仙術防げる人って少ないですから」
因みに大公妃様には、本来あんなに動けるはずが無い威力で打ち込んでいたりする。
気絶したり後に酷い影響が出ない威力で打ち込んだけど、すぐに激しく動ける程軽いものじゃない威力で打ち込んだ。なのにそれを我慢するどころか、楽しそうに続行していたんだよなぁ。
彼女は俺との手合わせの間、体中が悲鳴を上げていたはずだ。
だというのに動きは衰えず、そして俺は彼女に追いつけない。
そんな彼女からはリンさん達の様な得体が知れない怖さを少し感じていた。
それを考えると、彼女が俺に勝てる目算だったのはけして間違いじゃないと思う。
「成程な・・・小僧、試しに俺に仙術打ってみろ」
「え、あ、その、結構きついですよ?」
「おう、構わねぇよ」
「あー、えっと、じゃあ、ちょっと緩めに・・・」
あんまり緩すぎても意味がないと思い、そこそこの威力で大公様に仙術を打つ。
「がっ・・・かっ!? な、んだ、これ・・・ぎっ、つ・・・!」
大公様は苦痛で顔を歪めながら痛みを堪えている。
ちょっと威力強かったかな。でも暫く休めば大丈夫な程度の威力はずだ。
サラミドさんは大公様の様子に目を見開いて驚いていた。
「そ、そこまでですか?」
「・・・い、ま・・・話す、よ、ゆう・・・ねぇ・・・!」
サラミドさんの問いかけに、睨みながら返す大公様。
顔めっちゃ怖い。サラミドさんは迫力に気圧され、俺もちょっと怖くて仰け反る。
なので大公様の痛みが引くまで少し待ち、その間俺達は静かにお茶を飲んでいた。
「あー・・・いってぇ・・・これは洒落になってねぇわ。痛みもそうだが、死がはい寄って来るような感覚に襲われんのがこえーな。ストレリアがあれだけ警戒して立ち回るわけだ」
「そこまでですか。ですが近寄られなければ良いのでしょう?」
「馬鹿かお前は。何であいつが打撃を徹底的に受けなかったと思ってんだ。仙術は触れずに当てる方法もあるんだよ。打撃の直線状に一度でも立ってたか?」
「・・・そういえば母上は何度か不可解な動きもしていましたね」
確かに彼女は俺の攻撃の直線状に身を置く事は一度も無かった。
それで大公妃様に余計な動きが増えていたのも、何とか彼女と戦えた要因だ。
「あー・・・いってぇ・・・酔いがどっかとんでった。マジいてえ。つーか恐怖が一番影響デカいな。打たれるのが怖くて堪らなくなる。ストレリアの奴、こんなのとよくやるわ」
「母上の本気を初めて見ましたが、あれはあれで化け物と言われてもおかしくない怖さがあったと思うんですけどね」
確かに大公妃様強過ぎるからね。
リンさん達程じゃないにしても、ちょっとおかしい強さだった。あれは怖い。
ん、何だろう、真剣な様子でサラミドさんがこっち見てる。
「タロウさん、今更な話ですが、貴方の実力を疑った事を謝罪させて下さい」
「あ、いえ、自分も見た目が貧弱そうな自覚は有るので、気にしないで下さい」
今回の俺は遺跡の問題解決の為に呼ばれている。
それなのにこんな小僧がくれば、そりゃ不安にもなる。彼の反応は当然だ。
だからそこに関しては特に気にしてはいない。穏やかな態度で接してくれたしね。
「ありがとうございます・・・タロウさん、貴方の実力を知って、一つお願いがあります」
「お願いですか?」
何だろう。仙術を教えてくれとかかな。
「はい。私を遺跡の探索に同行させて頂けませんか」
だが彼の願いは俺の予想外の物であり、大公様も驚いた様子を見せていた。
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