第611話二人の不安ですか?
「寝たな・・・」
「あはは、寝ちゃったね」
あたしの前の前には熟睡に入っているタロウが転がっている。
大公妃との手合わせの後、タロウを休ませる為に屋敷のソファに横たわらせた。
それだけなら多分寝なかったんだろうが、体を解してやろうとしたのが悪かったんだろう。
久々にばて切る程動いた疲労感の中、三人がかりでやったらそりゃ寝るか。
あたしとシガルと、クロトまで一緒になってやっていた。あれじゃあたしでも寝るだろう。
実際タロウとシガルに二人がかりでやられて、何度か寝ているしな。
『寝たら何か不味いの?』
「いや、相手があの大公と大公妃だし何も不味かねぇがな。仕事の内容は事前に話してるから、顔合わせるのは形式上なもんだし」
今日の事はおそらく、息子にタロウの実力を見せたかったというのが理由か。
勿論息子自身も望んだ事なのだろうが、それとは関係なく元々見せたかったんだろう。
だからタロウが使い物にならなくなっても、今は特に問題は無い。
息子は遺跡の事を知っている様だし、知っていれば尚の事タロウには不安しか抱けない。
情報で知っていても、実際にその力を見るまで信じられないのが当然だ。
何せどう見ても小僧で、強そうには全く見えない上に、どこか気が抜けた雰囲気が有るからな。
タロウは本当に老けねぇな。あたしも人の事言えねぇが、こいつも相当だと思う。
樹海で初めて会った時から一切見た目が変わってねぇ。
シガルが居なかったら、あたしらの周囲は時間が止まっているのかと錯覚しそうだ。
「・・・お父さん、ぐっすり」
眠るタロウの頬をつつくクロト。楽しそうだな。
因みに頭はシガルの膝の上だ。シガルはクロトと一緒になってタロウで遊んでいる。
頭をわしゃわしゃ撫でられても起きないから、二人共好き放題だな。
あたしも頬を引っ張ったりしたけどな。それでも全然起きやしねぇ。
「大公達が来ねぇな。途中で来ると思ってたんだが」
タロウの体を解している時間はそこまで長くは無かったが、決して短い時間では無かった。
けど、未だに彼らは屋敷に入って来ない。
何をしているのかは把握しているが、余り息子を虐めてやらなくても良いだろうに。
いや違うか。あれは多分、普段色々言われる仕返しをしているだけだな。
あの大公はそういう男だ。
「まだお説教されているのかな、サラミドさん」
「どうかな。今頃は大公が余計な事でも言って、口論にでもなってるかもしれねぇな」
これ幸いにと言いたい放題言って、気分良くなって、余計な事を言ってる可能性も有る。
そうなっていた場合は口論になっているだろうし、それならまだ来ないのも納得だ。
大公妃はおそらく「あらあら」なんて言いながら眺めているだけだろう。
「それにしても凄かったね、大公妃様」
「あれで昔より弱くなってるらしーぞ」
「そうなんだ。全盛期はどれぐらい強かったの?」
「流石に伝聞でしか知らねーから実際どれぐらいなのかは解んねーが、あたしらと勝負できた可能性が有るな」
何せあの大公妃は、リンの強さに即座に気が付いた。
あいつが戦う気でも何でもない、ただ隣を通っただけの時に感付いた女だ。
そしてリンの事を怖いと言いながら、顔が完全に「戦いたいと」言っていたしな。
大公と出会っていなかったら、確実にあの女は今でも戦闘狂のままだろう。
「全盛期だと、お姉ちゃんでも危なそう?」
「当時に出会っていたら勝てない可能性がでかいな。どちらも全盛期っていう前提なら、勝つ自信は有るが」
あたしは未だ衰えたつもりは無い。むしろ新外装がある分、戦時より更に力が有る。
だがもし彼女が一番戦っていた時期に出会っていれば、負けた可能性の方が高かっただろう。
その頃のあたしはそこまで強くない。まだ子供だったしな。
『うーん、タロウ達だけ楽しそう。私も後で遊んでほしいな』
「あー・・・彼女なら頼めば相手してくれるんじゃねえかな」
『ほんと? ならお願いしよっと』
「ハク、一応相手は大公妃様だから、あんまりやり過ぎちゃ駄目だよ?」
『はーい』
おそらくハクとやれば、今度は大公妃がばてる番になるだろう。
こいつは体力方面では無尽蔵かと思う程だ。継続戦闘能力はハクの方がタロウより高い。
今日の大公妃はきっと心身共に満足してぐっすり眠れる事だろうな。
『じゃあちょっと言いに行ってみる』
「え、ハク、今すぐ行くの?」
『うん、いってくるー』
ハクはパタパタと羽根を動かし、窓から外に飛んで出ていった。
シガルの少し心配そうな様子を見て、クロトがタロウの頬から手を放して立ち上がる。
「・・・シガルお母さん、僕があいつ見ておくよ」
「うん、おねが・・・あ、そうだ、服。人型になるかもしれないから、ハクの服持って行ってあげてくれる?」
「・・・うん、解った」
クロトはトテトテと部屋に向かい、ハクの服を取りに行く。
その後ろ姿をにこやかに見つめながらシガルは口を開いた。
「クロト君、最近特に変わったよね。前よりハクに近づくのを嫌がらなくなった気がする」
「そうだな。とはいえ仲良くなったとはまた違う感じだが」
変わったと言えば、シガルもそうだがな。
最近はクロトにお母さんと呼ばれる事に、完全に抵抗がなくなっている。
あたしも慣れちまったし、あんだけ毎日お母さんって言われてりゃ慣れるしかねーか。
「さて、二人になった所で、少し聞きたい事が有るんだが」
「ん、なあに、お姉ちゃん」
「今日のタロウ、何か違和感無かったか?」
「んー・・・そう、かな。あたしは特になんとも。珍しい事してるなーとは思ったけど」
さっき感じた嫌な感覚をシガルも感じているかと思ったんだが、そうでもなかったらしい。
ならあれは、あたしの勘違いだったんだろうか。
未だに胸の奥でもやっとしか感覚がずっと残っているんだが・・・。
「今日のタロウさんが、どうかしたの?」
「解んねぇ。あたしにも良く解んねぇんだよ。何て言ったら良いのかも解んねぇけど、今日のタロウを見ていたら何故か不安になったんだ。何にも根拠は無いんだがな」
「そう、なんだ・・・そっか」
自分は感じていなくても、あたしの言葉を否定せずに真剣な表情で聞いてくれるシガル。
口にしておきながら自信がないので、シガルの対応は嬉しく感じる。
「さっき言った通りあたしは変に感じるところは無かったけど、お姉ちゃんがそう感じるなら何か有るのかもしれないね」
「そう、かな。正直なところ、今言った通り根拠の無い感覚だけの話で、自信がねえんだが」
「それでもあたしは信じるよ。だってお姉ちゃんの言う事だもん」
「・・・そっか、ありがとな」
座っているおかげで撫でられる高さになっている頭を撫で、シガルに礼を伝える。
シガルはその手を嬉しそうに受け入れ、にっこりと笑顔で返してくれた。
「あたしは暫くの間、少し気を付けてこいつ見ていようと思ってる。シガルも、頼む」
「了解です。普段と違うつもりで見てみるね。さっきは大公妃様に目が行ってた部分もあったから、そのせいで気が付けなかったのかもしれないし」
とりあえず当面は様子見という事で、シガルとあたしの行動は決定した。
現状明確に見えている物がない以上それ以外の選択肢が無い。
全く、早々に嫁二人に心配かけやがって。もう少し頼りになる旦那になってくれよな。
・・・何にも無いと良いんだけどな。
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