第610話久々の状況です!

「ああ、楽しかった。こんなに全力で動いたのはいつ以来でしょうか。ありがとうございます」


とても満足そうな笑みを見せて礼を言ってくる大公妃様。

最初の一撃以外は仙術無しで続行したのだが、そうすると彼女には一撃も入れられなかった。

当たらないどころか掠りもしない。

こっちは何度か掠ってるし、防御しないと不味かった時もあったのにだ。


彼女の動きはすさまじく、バルフさんとやってる時を思い出す程の良い動きだ。

だからと言って4重強化をずっと使い続ける事は出来ない。

仙術は勿論だが、疑似魔法の方は魔力消費が大き過ぎて常時発動は不可能だ。

要所要所で使って戦うしかないのだが、そうすると彼女が満足する頃には・・・。


「ぜぇ・・・ぜぇ・・・そ、りゃ・・・どう、たし、まして・・・」


体力を使い果たし、魔力は切れかけの状態で地面に横たわっている俺が出来上がっていた。

流石に仙術は体に影響が出るまでは使っていないけど、これ以上使う余裕は無い。

これ以上仙術を使ったら、間違いなく明日は寝込む事だろう。


「タロウさんは強いですが、長期戦には向きませんね」


いや、まってまって。間合い取ったりの休憩はほぼ無しの全力戦闘をずっとやってたのよ?

それも自分より身体能力の高い相手とやってたのに、体力持つわけないじゃないですか。

二重強化じゃ全力で動いても追いつけないし、本気できつかった。


「母上、あれほど長時間接近戦を休憩なしでやれば、大抵の人間はそうなると思いますよ。むしろ彼はもった方・・・というよりもここまでやれた事は驚かれる程です」

「あら、そうですか?」


サラミドさんが大公妃様に少し咎める様な感じで言うが、彼女は気にする様子を見せない。

そんな母親に対し、サラミドさんは大きな溜め息を吐いていた。


「大体初手を不意打ちで始めて、その上で負けているじゃないですか」

「ええ、そうですね。そもそも彼が本気でしたら、既に20回は負けているでしょうね」

「・・・流石に多くないですか?」

「いいえ、これでも少なめに見積もっています」


大公妃様の言葉に目を見開いで驚くサラミドさん。

そして信じられない様子で俺を見てから、母親に目線を戻す。


20回かぁ。うーんどうだろ。

確かに仙術打ち込む機会は何度かあったけど、後半は身体強化に回すのも段々きつくなってたからなぁ。

最後の方はほぼ仙術無しでやってたし、勝てたかと聞かれると怪しいと答えるしかない。

完全にばてきる直前は、最早打ち込む余裕なんてなかった。

今の俺のこの状況は、打撃をどうにか躱した際に倒れてしまったせいなのだから。


「い、いや、そうではなくてですね、卑怯な事をした上で負けているんですから・・・」

「・・・私は何か卑怯な事をしましたっけ?」

「な、何言ってるんですか、最初に不意打ちをしたでしょう」

「手加減をしようとする相手に先制を取る事の何が卑怯なのですか。もっとも、手加減をされても仕方ないと思い知らされましたが。あれでは剣を使わないと言われても仕方ありませんね」


あー、サラミドさん、あれ卑怯だと思ってたのか。

いやまあ、命狙っての奇襲とかならムカつくけど、彼女の場合そうじゃないしなぁ。

それに彼女は自分の負けを明確に把握し、その上での続行の許可を求めた人だ。

勝負がどういう物か解っている人だったから、別に全然構わない。

おそらくだけど、彼女をあのまま殴り飛ばしていても一切の文句を言わなかっただろう。


「息子よ、そんな甘ったれた事言ってたら、戦場で役に立たねぇぞ」

「・・・父上も母上と同じ意見なのですか」

「あたりめぇだろう。大体勝負を受けた時点でいつ始めても良いじゃねえか。むしろ問答無用で殴り掛からずに「勝負をしよう」と言った時点で大人しいだろうが」

「父上・・・山賊じゃないんですから・・・」

「阿呆、暗殺者が今から暗殺に行きますなんて言うと思ってんのか。心構えが甘いんだよ」

「そ、それはそうかもしれませんが・・・」


サラミドさんは納得以外かない様だが、大公様に分がありそうだ。

俺としては不意打ちどうこうに関しては、やる側がやられる覚悟が有るなら別に構わない。

相手を攻撃する意思がありながら、自分が傷つく事を想定していない馬鹿じゃなければ良い。


不意打ち自体に関しても、修業時代によくやられたので一応慣れている。

勿論完全に反応しきれない時もあるとは思うけど、全く反応出来ないで終わらせる気は無い。

とはいっても、リンさんクラスの人に攻撃されたらまだ無理だけどね。


あの人の本気の攻撃には、構えていても対応出来る自信は未だにない。

記憶に強く残っている彼女の一撃。あれに対処出来るのはいつになるやら。

つーか、リンさん以外にも同じ事出来る人が居るんだもんなぁ。

ギーナさんはリンさんに勝つぐらいだし、ブルベさんの一閃は完全に対応不可能だった。


この世界は本当に化物ばかり過ぎる。

大公妃様は仙術で対処出来たが、無かったら二乗強化を使わないと勝てない可能性が高い。

ほんと仙術って、かなりの猛毒だな。相手の実力完全無視だもん。


ま、それもリンさんとギーナさんには効かないらしいんだけど・・・。

あの二人は本当に人間なんだろうか。冗談じゃなく強すぎるよ。


「タロウ、大丈夫か?」

「タロウさん、お疲れ様」


イナイが倒れている俺を起こして、シガルが俺の顔の汗を拭いてくれた。

その上でイナイが水を差しだして来たので、ありがたく受け取ってゆっくりと口に含む。

返事するのがまだ辛いので、頷くだけで礼を返した。


「大分頑張ったな。後半ヘロヘロだったのに倒れるまでやるとはな」

「足もつれさせて倒れたタロウさんなんて珍しくて、少し驚いちゃった」

『体力切れするタロウは、確かに珍しいね』

「・・・お父さん、普段は間合い取って休憩したり、短期決戦が多いから」


あー、確かに言われてみると、ここまでばてるのは久々かも。

息切れする状態はあっても、一戦で足もつれさせる程の疲労感があるのは本当に久々だ。

まあ戦闘を続行し続けたせいなので、正確には一戦ではないのだけども。


「大公様。申し訳ありませんが、タロウを休ませる為に離れさせて頂きます」

「ん、ああ、解った。こっちはその間に甘ったれの息子に少しばかり説教しておくとすらぁ」


イナイとシガルが俺に肩を貸して立ち上がり、屋敷の方へ向かって歩き出す。

サラミドさんの事は少し気になるが、本気でばてているので素直に運ばれる事にした。

あー・・・腕も足も重い。つっかれたぁ・・・。

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