第608話初めての盾相手です!
「宜しくお願いします」
「こちらこそ、胸をお借りします」
手合わせの前に軽く頭を下げたら、サラミドさんはもっと深々と頭を下げて来た。
案内してくれた時はイナイとしか話して無かったから解らなかったけど、誰にでも穏やかに接する人なのかな。
しかし胸をお借りします、なのか。
俺の力量が不安だからって話だったし、もっと強気に来られると思ってた。
彼は右手に片手剣、左手に円盾を装備している。
盾の大きさはさほど大きくなく、胴体を隠せる程度の大きさだ。
盾持ちの人とやるのは始めてだな。
つーかナチュラルに刃物持ってるけど、やっぱり木剣でやらないのね。
イナイに武装しろって言われた時点でそうかなって思ったけどさ。
「父上、開始と終了の合図はお任せします」
「めんどくせえ。適当に始めりゃいいじゃねぇか」
「父上・・・」
「あー、はいはい、解ったよ」
サラミドさんの言葉に面倒臭そうに答える大公様。
何と言うか、さっきも思った事なんだけど正反対の二人だなぁ。
大公妃様はそんな二人を楽しそうに眺めている。
イナイに彼女の説明を受けてから、彼女を観察していて解った事がある。
実力が明確に感じ取れたわけじゃないけど、彼女には半端な覚悟で挑むと不味い。
観察している途中、彼女がにこりと笑いかけて来た時に悪寒が走った。
俺がどういう意図で彼女を観察していたのか、彼女は確実に解っている。
「サラ、頑張って下さいね」
「母上には遠く及びませんが、自分なりに精一杯やります」
「あらあら、男の子なんですから、親より強くなるつもりで在って欲しいんですけど」
「・・・その、今はまだ、もう少し待って頂けると」
サラミドさん、お母さん相手も別の意味で苦労してそうだな。
彼はふぅと軽く溜め息を吐いて、盾を前に出して構えた。
俺はそれを見てからいつも通り青眼に構える。
「じゃ、はじめー」
全くやる気のない開始の合図と共に、サラミドさんが踏み込んで来る。
速度的には素の俺よりかなり速い。ただ彼の動きは少し硬い様に見えた。
盾を前にして剣を隠す様な体勢で突っ込んで来ているのだけど、他の動きから攻撃が解る。
彼は片手剣が届く距離まで入ると盾を引き、下段から切り上げを放って来た。
その剣の間合いを読んで軽く下がるが、彼は途中で突きに軌道を変える。
踏み込みの浅さから振り切る気がない事は気が付いていたので、残念ながら不意打ちになっていない突きを外に弾いて懐に潜る。
だが彼は盾を胸元に引き戻しており、視界が盾で埋められてしまった。
「はっ!」
掛け声とともに盾を俺の顔面にぶつけて来ようとしたので、柄尻でそれを上に弾く。
そのままの流れで剣を彼の体に沿えようとしたが、弾いた片手剣が既に引き戻されていた。
しょうがないので勝負を決めるのは諦め、剣撃を受け流して一度後ろに下がる。
力も速度も彼の方が上だけど、やはり動きが固い様に見える。
思い切り力でごり押し出来る状況にさえされなければ、素の状態でも勝てるな。
とはいえあの盾は少し面倒だ。
二刀相手ならシガルで慣れているけど、少しばかり加減が違う。
「おらおら、遊んでんじゃねえぞー」
「煩いですね! こっちはこれでも必死なんですよ!」
父親の野次に文句を言う彼の表情は、まさしく言葉通りの真剣さだ。
ただ別に彼が弱いわけではなく、俺が色んな人とやったおかげで彼の動きが甘く見えるだけ。
最近は特に無茶な戦闘も何度かやった覚えが有るし、段々と目と感覚が変わって来ている。
ミルカさんとの一戦の影響が特に大きいんだろうと思う。
それを考えると、やっぱ親父さんつえ―なぁ。あの人どこまで強くなるつもりだ。
今度会った時は二重強化を真剣に使わないと勝てない状態になってても驚かないぞ。
そもそも親父さんの場合、身体能力よりも動きのキレが増している事が脅威だわ。
「動きはゆったりしている様に見えるのに捉えられない・・・!」
彼の呟きが耳に入り、少し懐かしい気分になる。今の彼は昔の俺と同じだ。
ミルカさんとの訓練や、バルフさんと初めて手を合わせた時は俺も同じ感覚だった。
動きは見えているのに、解っているはずなのに、何故かその動きに追いつけない。
まだまだミルカさんに勝てる程強くはない。それは自覚している。
けど少しずつでも彼女の様な「技」で戦う人間になれている様だ。
さて、彼は様子を窺って踏み込んでこないし、次はこっちから行ってみるか。
盾持ちとやる初めての機会だし、俺も練習させて貰おう。
先ずは両手剣の切っ先が彼に届くギリギリまで踏み込み、彼の右側から切りつける。
「ふっ!」
左手に持っているから受け難いかなと思ってだったのだが、彼は難なく剣撃を盾で防ぐ。
それも真正面からではなく、なるべく力を外に逃がして剣を弾き上げる様に。
そしてそれと同時に一歩踏み出し、片手剣が横薙ぎに振るわれる。
成程、盾での基本的な戦い方はこういう感じなのかな。ただ防ぐ為だけの物じゃないか。
「よっと」
普通なら弾き上げられたせいで無防備になるんだろうけど、俺の剣は凄まじく軽い。
なので剣を即座に引き戻し、既に胴に近づき始めている片手剣をグリップの真ん中で受け止める。力が負けているせいで少し手が痺れた。
手と手の間に収まる刃を外に弾き、そのまま上段から斬りつける。
「なっ!?」
おそらく勝負が決まったと思ったであろうサラミドさんは驚きの顔を見せるが、慌てながらも盾でその攻撃を防いだ。
ただ焦って防いだせいか、最初に弾いた時よりも動きが甘い。
とりあえず攻撃を外に逃がす様にするだけの動きで、追撃が出来る程度の逸らされ方だ。
なので一歩踏み出して切り上げを放つと、今度こそ彼は反応出来なかった。
「―――っ!」
胴体に添えられる刃を凝視するその顔は、今何が起こったのか解らないという顔だ。
今回彼にとって想定外だった事は、俺の剣の軽さだ。
普通なら切り返しにしても防御にしても、もっと重さの有る物を扱う動きが必要だ。
けど俺の剣は重量なんてグリップ分だけだ。軽く逸らされた程度では何の意味もない。
「あんだよ、もう終わりで良いのか。どっちも五体満足で怪我もしてねえぞー?」
大公様が何か怖い事仰られている。息子さんが大怪我しても良いんですか?
「あなた、あんまりサラを虐めちゃ駄目ですよ?」
「虐めてるつもりはねぇんだが。まあ良いか。小僧の勝ちだ」
大公妃様に諫められ、頭をぼりぼりと書きながら俺の勝ちを宣言する大公様。
それを聞いてから剣を引く。勝利宣言聞くまでは彼がどう動くか解らなかったからね。
「お手合わせ感謝します」
「いえ、こちらこそありがとうございます。盾持ちの方との勝負は始めてだったので、良い機会でした」
盾の面倒さを全部感じたわけでは無いけど、それでも良い練習になった。
盾のサイズが変わって相手の技量も変れば、また違う面倒さが見えそうだな。
「じゃあ、次は私の番ですね」
ポンと頬の横で可愛く手を叩き、明るい声で当たり前の様に言う大公妃様。
あ、本当にやるんだ。凄いうきうきした感じでこちらに歩いて来る。
「サラ、交代ですよー」
「あ、はい・・・あれ、母上、武器は」
「ありますよ?」
サラミドさんの言葉に、ぐっとこぶしを握る大公妃様。彼女は無手でやるのか。
そんな彼女を見て困惑しているサラミドさんだが、大公様はニヤニヤしながら眺めている。
もしかして息子さん、彼女が戦う所を見た事が無いのかな。
「母上がそれで良いのでしたら構いませんが・・・」
「あらあら、お母様を心配してくれるのですか? 良い子ですね」
「わぷっ、は、母上、人前で抱きしめないで下さい!」
サラミドさんはバタバタと抵抗しているが、大公妃様の腕から解放される気配が無い。
力強そうだなぁ。少なくともサラミドさんを完封できる腕力って事は確定してしまった。
となると素の状態じゃ絶対勝てそうにないな・・・。
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