第606話息子さんの印象ですか?

「父上、失礼します」


父の私室の扉を叩き、返事を聞かずに中に入る。

私が部屋に入って来た事を目だけで確認し、ぐったりした様子のまま動かない。

父の部屋に侍従は居ない。不用心だとは思うが父が置きたがらないのだ。

勿論周囲に護衛はいるが、よほどの事が無い限り私室に入れる事は無い。


「父上、お加減はまだすぐれませんか」


動かない父に問うが、言葉とは裏腹に特に心配はしていない。

何故なら父がこの状態な事は、良くある事だからだ。

いちいち気にしていた所ではじまらないし、気にするのも馬鹿らしい。


「あー、もう酒なんか飲まない・・・」

「それを言うのはもう何百回目でしょうね」


物心ついた頃から何度も聞いている言葉に溜め息が出る。

この人が伏せっている理由はただの二日酔いだ。

父は酒に強くないのに、それでも酒を飲むのを止めない大馬鹿者だ。


良くこうやって倒れて使い物にならなくなっている。心配などただの徒労だ。

子供の頃はよく解らず、倒れるたびに心配はしていた。

事実を知って以降は、余りの馬鹿馬鹿しさに呆れを通り越して諦めの気持ちになった。


「父上、お聞きしたいのですが」

「知らん知らん。何の事かさっぱりだ」


何か都合の悪い事を聞かれると察知し、内容を聞く前に答える父。だがそうは行くか。

彼女が言葉を濁してくれたおかげで問題無かったが、多くの兵の前で恥をかく所だったのだ。


勿論父のこれは昔からの事なので、今更隠したところで仕方はないかもしれない。

だがあの場での言葉が「大公が二日酔いで来れないのか」という問い詰めであれば、私は余りの恥ずかしさに後日枕を涙で濡らす事だっただろう。

それをしなかった彼女の優しさに感謝しつつ、原因に怒りを向けたい。


「ステル様に「お父上の体調は如何ですか?」と聞かれたので、私は一瞬焦ってしまったのですが、まさかウムルの貴族の前でもこの様な醜態を晒したわけではないでしょうね」

「・・・だって、ほら、大国の王が振舞った酒を飲まないとか、出来ないだろ」


やはり。父はウムルに訪問した際も同じ様な醜態を晒している様だ。

しかもステル様の言葉から察するに、一度や二度では無いだろう。

彼女が態々父が居ない理由ではなく、父の体調を聞いて来たという事はそういう事だ。

彼女も父のこの姿を知っている。その事実に頭を抱えてしまう。


「それ自体は否定しませんが、抑えるという考えが貴方には無いんですか。毎回毎回倒れるまで飲んで、翌日にはこうやって使い物にならなくなって・・・大公の姿じゃないですよ」

「はんっ、なりたくてなった大公じゃねえし、世間の大公なんて知るかよ」

「そのなりたくないものを何年やっていると思っているんですか」


私の父は、生まれながらの貴族ではない。

とある国の王族に貴族位を貰って貴族になった、ただの平民生まれだ。

いや、ただの、というのは語弊がある。この人は元々山賊をやっていた。

勿論私が生まれる前の話なので聞いた話でしかないが、周囲の者達の言葉からそれが真実だと信じるしかない。昔からの父の知り合いは、誰もそれを否定しないのだから。


父が若い頃に色々な出来事があり、建国・・・というか独立して公国となる際に、丁度良い神輿が父だったという所だ。

この人はお調子者なところが有るので、乗せられた部分は大いにあるのだろう。

だが未だにその頃の人物達が付いてくれている事実が、ただ神輿になっただけではないという証明にはなっていると思いたい。というか、そうでなければ国が回っていない。


「あなた、お水を・・・あら、サラじゃないですか。帰っていたんですね」


父の様子に溜め息を吐いていると、母が部屋に入って来た。

その手には水が入ったグラスがある。おそらく父の為に持って来たのだろう。


「はい。ですが母上、ステル様が居られる間は、サラと呼ぶのは止めて下さいね」

「何故ですか? 可愛いじゃないですか」

「可愛いから止めて欲しいんですが」


私の訴えに、母は首を傾げる。駄目だ、通じてない。

そもそも父と似た名前という時点で思う所が幾つか在るのに、女性の様な名で呼ばれる事はいい加減に止めて欲しい。


「お父様も昔はサラと呼ばれていたのですよ?」

「おい、呼んでたのはお前だけだろうが」

「あら、そうでしたっけ?」


母の言葉に父が反応し、母はそれにもとぼけた様子で首を傾げる。

普段はこの調子の母だが、一応仕事の時はしっかりしているから人間解らない。

一番解らないのはこの母と父が結婚した事だが。


母は血筋的には王族の姫で、父は山賊上がり。どうやったらこの二人が結婚するのか。

この事実も父が神輿になった理由なのだろうが、二人にとってそこはどうでも良いらしい。


「あ、そうそう、あなた、お水ですよ」

「ああ、ありがとう」


母は起き上がった父の足の上に乗り、父の体にもたれかかる。

父は全く気にした様子は無く、母の頭を撫でながら母が口元に持ってくるグラスに口をつけた。


「美味しいですか?」

「お前が持って来てくれたからな」

「あら、お上手ですね」


息子の前で二人の空間を作るのは止めてもらえないだろうか。

この二人は常にこんな感じで、子供相手に惚気てくる夫婦だ。

場所を選ばずにこの調子なので、本当に止めて欲しい。


因みに二人のなれそめや独立までの話は街で劇になっているが、父や周囲の人間曰く「全員美化され過ぎてて腹が痛い」との事だ。

私も史実としての記録には目を通しているが、実際はもっと色んな事があったらしい。

ただその事実を全部記録に残すと色々と面倒だ、という事で残されていない事も多いのだが。


「で、ステルの嬢ちゃんは今どこなんだ?」

「用意した屋敷にご案内しました」

「そうか、じゃあ今日は流石に酒は我慢して、明日会いに行くか」

「今日だけじゃなく暫く我慢して下さい。それと明日は嬢ちゃん呼ばわりは絶対にしないで下さいよ」

「あーんだよ、別に初対面じゃねえし大丈夫だって」


察した。この人既にステル様にこの態度で接している。

相手が寛容なウムルだから良いが、帝国の様な国だったらどうなっている事か。

流石にそこまで阿呆な父とは思いたくないが、本当に勘弁して欲しい。


「ところで・・・例の小僧はちゃんと来てるよな?」

「・・・ステル様の伴侶の方なら、共に来られています」

「そうかい。なあ息子よ、お前の目から見てあの小僧はどう見える?」

「・・・正直に言ってしまうと、そこまで何かが出来る人間には見えないですね。勿論書類仕事や技術職としての仕事は見てみないと解りませんが」


今回の彼女達の訪問は、表向きにはステル様の提供してくれた技術の浸透具合の確認と、更なる技術提供を兼ねた親睦。

内実は以前から聞いていた遺跡がとうとう国内で見つかった事による対処の協力だ。

だがそれを実行する人員はあの少年だと聞いている。

体つきや立ち振る舞いから鍛えている事は解るが、どうしてもそこまで強いとは思えない。


「あっはっは、やっぱそうだよな! あの小僧全然強そうに見えねーよな!」

「そうですね。母上の方がよほど強いと感じました」

「あらあら、サラってば。褒めても何も出ませんよ」


母は細身で華奢な様に見えるが、あの細い腕はほぼ詰まった筋肉だ。

過去は戦姫などとも呼ばれていたらしい。未だに山賊の様な体格の父を軽々投げ飛ばす様を何度も見ているし、騎士達相手に稽古をつける様はその名にふさわしいだろう。

それで本人は「ずいぶん衰えた」と言うのだから恐ろしい。全盛期はどれ程だったのか。


そんな母でも、ウムルの英雄達には若い頃でも敵わないと言っている。

少なくとも、リファイン・ドリエネズ様には絶対に勝てないと。

対峙するまでも無く、傍に立つだけで勝てないと解る程彼女は強過ぎる。と言った時の母は珍しく真面目な表情だった。いや、あれは真面目というよりも獰猛と言った方が正しいか。


「まあ、あの小僧はその力を見なきゃ理解出来ねぇよ。正直見てもわけ解んねーけどな」

「ええ、よく解らない子でしたね、あの子。全然強く感じないのに強いから不思議でした」


二人から彼の事は多少は聞いている。

まるで強く見えないのに、ウムルの強者達に肩を並べられるほど強い人間。

私はウムル王の結婚式には向かわなかったので、彼の戦闘をこの目で見ていない。

だから余計に信じられない。どう見ても彼からは強者の気配が感じられない。


「本当に彼に任せて大丈夫なのでしょうか。私は不安しか感じないのですが」

「その気持ちは解るが、一応ウムルの国王陛下が推す人間だぜ?」

「それは確かにそうですが・・・」

「ねえ、サラ。そんなに心配なら、一度お手合わせをお願いしてみたらどうですか?」


私の不安な様子に、母がそんな提案をして来た。

確かに私も剣を扱えはするが、そこまで強い自信はない。

私が手合わせをした程度ではどの程度か解らないだろう。


「それに私も、久々に思い切り動きたいですし。あの子ならそれが叶うでしょうから」


・・・どうやら私の事を気遣ってではなく、本人が暴れたいだけの様だ。

まあ良いか。ステル様が許可するかどうかは解らないが、一度お願いしてみるとしよう。

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