第604話あっというまの長距離移動です!
「準備出来たな」
「出来たけど、この格好落ち着かないデス」
「あはは、やっぱり落ち着かないよね、この手の格好。あたしもまだ苦手」
遺跡へ向かう当日、家を出る前の最終確認をするイナイに応える俺とシガル。
今日の俺達の服装は端的に言うと『正装』の類だ。
いつもの様な村人服ではなく、貴族の人が着ていそうな服を着ている。
「シガルは美人で似合ってるけどさぁ・・・」
最近傍に立たれると見上げる必要が出ているシガルを見て、しみじみと呟く。
身長高くなったよなぁ。初めて会った時はイナイより小さかったのに。
あの頃は可愛い子だったけど、最近は大分「美人」の顔立ちになっている。
でもこの子、まだもう少し伸びるんだよな。
大人化した時はもう少し大きかった気がするし、顔つきももう少し大人っぽかった気がする。
今日はイナイも普段と違い、少しばかり豪華なドレス姿だ。
ただ、髪飾りが猫なのがすっげー気になる。
いや、似合ってるし可愛いんだけど、正装として良いのかなって。
まあイナイがしてるなら、特に問題は無いか。
「・・・お父さん、格好良いよ」
「ん、ありがとう、クロト」
服の裾を軽く引きながら褒めてくれたクロトに、頭を撫でて応える。
まあ、今後はこういう格好する事増えるんだし、やっぱ慣れるしかないよな。
因みに今日のクロト君は男の子の格好です。
シガルがドレス着せようとしたけど、イナイが国内じゃないから止めようなって止めました。
国内でも止めてあげません? いや、クロトの場合嫌がって無いからなぁ・・・。
尚、目的地が他国なのに、既に正装である事には理由が有る。
今回向かう国と、次に向かう国はウムルに隣接した国ではないのだが、直接転移で目的地に向かう事になっているからだ。
本来国境越えての転移は殆どの国で違法であり、密入国となる。
その為直接通り抜ける許可を求める手続きで、そこそこの時間がかかっていたらしい。
一国、二国程度ならすぐだったらしいが、結構な国に色々な手続きをし、今回の予定変更で更に手続きが増え……というのが、指示が来るのが遅れた真相だ。
ただし今回のこの手続き、正確には転移で通り抜けるのが目的じゃない。
だって転移だと、肝心のクロトを連れて行く事が出来ない。
「んじゃ、行くぞー」
イナイが玄関の扉を開け、俺達もぞろぞろと付いて行く。
外では既に、成竜状態でスタンバイしているハクが待っていた。
つまり転移の代わりにハクに乗って移動するが、結局国境を無視する事に変わりはない。
その為に国境を通り抜ける手続きをしたという事だ。
物理的な移動をする事にはなるけどハクなら一日かからないので、転移で移動したのと殆ど扱い的には変わらず行けるとの判断らしい。
勿論その事実を知っているのは向かう国だけで、通過する国は知らないのだけど。
因みに許可されているのは通過だけで、入国したらそれは違法となる。ややこしい話だ。
そしてウムルには国内から出れない結界があるが、ハクだけ自由に通り抜けられる様にイナイがアクセサリーをプレゼントしていた。
耳飾り型の技工具で、それがあれば結界を通り抜けられるらしい。
個人的にはそんな物ハクに渡して大丈夫なのかと、少し不安だ。
『お、出発? こっちはいつでもいけるよー』
「ああ、悪いが頼むぜ、ハク」
「お願いね」
『任されたー』
イナイとシガルの言葉に嬉しそうに応え、手を指し伸ばしてくるハク。
俺達はその手のひらに乗り、グレットはひょいとつままれて強制的に乗せられた。
震えながらシガルの胸に頭を埋めるグレット。やっぱりまだ成竜状態は怖いのか。
『じゃあ行くよー。どこに向かえばいいのか解らないから誘導は頼むぞー』
「おう、解った。日が暮れる前に到着すればどうとでもなるから、全速力でなくても良いからな」
『任せろ!』
ハクさん、今の返事ちょっとおかしくない?
少し不安を感じるが、ハクは俺達をちゃんと保護しながら空に飛び立つ。
あっという間に家が豆粒に見える高さになった。
「ハク、もう少し高度を上げてくれ。この高さじゃ街を通った時に目立つ」
『解ったー』
イナイの指示に従い、ドンドン高度を上げて行くハク。
魔術で保護してくれているおかげで影響は少ないが、保護なしでこの高さまで飛ばれたら呼吸も辛そうだ。
「クロト、大丈夫か?」
「・・・ん、これぐらいなら、僕は平気」
風避け自体はハクの手を覆う様にしているが、個人にかける保護はクロトには効かない。
なので少し心配になって声をかけたけど、何も問題なさそうだ。
『イナイ、これぐらいで良い?』
「ああ、これなら大丈夫だろう。じゃあむこうに向かって飛んでくれ」
『解った。じゃあいくぞー!』
イナイが目的地の方向を指さすと、ハクがいきなり速度を上げて水平移動を始める。
相変わらずいきなりトップスピードになる飛び方で、乗ってる方は少し怖い。
クロトが少しよろけていたので支え、クロトの椅子になる様に腰を下ろす。
「クロト、座ってると良いよ」
「・・・ん、ありがとう、お父さん」
クロトの体を抱える様に手を回すと、その手をキュッと握りながら礼を言うクロト。
そのまま素直に座り、暫く空の高速移動を眺める時間が続く。
途中昼食にする為に場所を選び、人気の少ない国境地に降りて休憩をとった。
一応国境地なら国外扱いで、入国した事にはならないらしい。
今回も移動式キッチンが良い仕事をしたのは言うまでもないだろうか。
グレットは移動が終わったと思っていた様で、もう一度ハクの手に乗る時「何で騙したの?」という表情で俺を見つめていた。
拗ねた様子を見せるグレットは、尚の事シガルにべったりくっついて離れなくなった。
可哀そうだとは思うけど、何で俺が悪いみたいになっているんだろうか。
という訳で再度ハクに飛んでもらい、移動を再開。
ハクは久々に大空を飛ぶのが気持ちいのか、一度大きく咆哮を上げてしまった。
イナイが目を瞑って少し悩んだ様子を見せていたが、特に何も言わずに移動指示を続ける。
大丈夫なのかな、あれ。
そんなこんなで少しトラブルっぽいものもあったけど、無事目的地に到着。
ナラガ・ディド公国。それが、今回やってきた国の名前だ。
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