第602話お嬢ちゃんの今後の扱いですか?

「お、戻って来たか」

『おかえりー』


俺達が戻って来た事に兄さんと木精霊が気が付き、迎えの言葉をくれた。

それに小さく手を振って応え、傍に腰を下ろす。


「お嬢ちゃんのご機嫌はちゃんと直ったみたいだな」

「あー、いや、多分数日は機嫌悪いんじゃないかなぁ」

「その割にはべったりくっついて・・・ああ、寝てるのか」

「最近よく寝るんだ、こいつ」


遺跡から帰って来たあたりから、嬢ちゃんの睡眠の頻度は増えている。

睡眠時間自体も長くなっているし、昼寝をしないと駄目な日も多い。

成長期の子供にはそういう時もあるらしいし、余り気にして無かったんだけど・・・。


「なあ、セッスタンダ、ちょっと聞きたい事があるんだけど、いいかな」

『ん、何?』

「さっきこの子の体に負荷がかかってるって言ってたよな。最近倒れる様に寝たり、寝る頻度や時間が増えたり、物凄い食ってたりするんだけど、それが原因だったりするのかな」

『多分回復しようと、無意識に体の方が頑張ってるんだと思うよ』


やっぱりそうなのか。俺の見てない間の遺跡での戦闘が響いてるのか、それともこいつの力とやらに体が耐えられなくなりつつあるのか・・・後者だと怖いな。

今はまだ良いが、もし段々負荷が増えて行ってるなら何か対処を考えねえと。

いや、その前に今の状態が不味いのかどうかは解らないんだろうか。


「なあ、その力が膨れてる様な感じとかないかな。死にそうになってるとか」

『んー、力自体は一定で安定してるし、その子が使おうと思って動かさない限り普段は大丈夫。たださっきみたいに全力で使うと倒れると思う』

「この力が嬢ちゃんの体を壊す可能性は?」

『回復力が強いみたいだし、壊れ切る前にそうやって回復に入る。大きくなればもう少し長い時間動けるんじゃないかな。回復無視して力を使おうとすれば解らないけど』


その言葉を聞いて、思わず嬢ちゃんを力強く抱きしめてしまった。

つまり今のは、回復に入る事を無視して力を使えば死ぬ可能性が高いって事だろう。

嬢ちゃんの力は死と隣り合わせの力って事か。


「その、嬢ちゃんから精霊に近い力とかを、取り除く事って出来るのかな」

『多分、死んじゃうよ、その子』

「え・・・」

『無理矢理植え付けられた感じで負荷がかかってるけど、それのおかげで生きてる部分もある。だから取り除いちゃうと多分死んじゃうよ』

「・・・どっちみち、折り合い付けて生きてかないと駄目、って事か」


嬢ちゃんの持つ力が嬢ちゃんの体に負担を強いている。

だがその力が無ければ嬢ちゃんは生きていられない。

なんて面倒な話だ。なんて酷い話だ。結局どこまで言っても苦しむ事には変わりがない。

幸いな事は、今の所は本人の体への影響が睡眠欲と食欲だけで済んでいる事か。


「まあ、そんなに気にしすぎるなよ、グルド。一刻を争う訳じゃないみたいだしよ」

「兄さん、そんな気楽に・・・」

「下手したらその娘を殺して封じなきゃいけなかったんだぜ。それに比べたら良いじゃねえか。食って寝たら回復するんだろ?」

「・・・それは、そうかもしれないけどさ」


でも俺は、嬢ちゃんが魔人であっても殺せなかっただろう。

もし兄さんが容赦なく殺しに来たとしたら、俺はきっと全力で嬢ちゃんを守った。

それぐらいには情が湧いているし、殺さなきゃいけないほど危険とは思えない。

勿論初めて会った時のままだったら、危険な事この上ないとは思うけど。


「それにまだ解決してねえ事が幾つかある。嬢ちゃんが魔人じゃない事は確定したが、魔人に関わりある事も確定してる。遺跡の存在も知ってるんだろう。その辺りの事は何か話したのか?」

「全然教えて貰えてないね。殆どだんまりのまま。前に伝えた、魔人を殺す為に遺跡を捜してるって事ぐらいかな」

「その嬢ちゃん、自力で遺跡を見つけたんだよな」

「うん、あれは多分、地下に遺跡がある事を知っていたんだとは思う」


遺跡に落ちた時の態度はかなり驚いてはいたけど、聞いた目的と直前の行動から遺跡の存在自体は解っていたんだとは思う。

もしかすると嬢ちゃんの中に在る力が、遺跡を探知出来る様になっているのかもしれない。

兄さんも風精霊の探索で遺跡を見つける事が出来るわけだし、可能性は高い。

そうなると現状解っている嬢ちゃんの目的は、まだ未発見の魔人が討伐されていない遺跡を探す旅、という事になるんだろう。


「・・・面倒くせえなぁ。いっそ魔人かクロトと同じな方が話が解り易くて簡単だったのに」

「兄さん、それ本人には言わないでくれよ。また泣くかもしれないから」

「あー、わりい。お前から聞いてたイメージだとそんな事で泣くと思って無かったんだよ。繊細なお嬢ちゃんだな、まったく」


嬢ちゃんには悪いが、俺もそれには少し同意だ。

基本的に尊大な態度の癖に、時々弱弱しい態度を見せるから扱いに困る。

今回は思い切り泣かれたから、どうしたものか本当に困った。

起きたらきっと物凄く不機嫌なんだろうなぁ・・・。


「で、お前はこれからどうするつもりだ。その嬢ちゃんに付き合うのか?」

「俺はそのつもりだけど」

「その嬢ちゃんの意思に沿ってか?」

「・・・話してくれるなら、助けてはやりたいんだけどね」


相変わらず碌に自分の話はしてくれない。今回の事でもっとしてくれなくなった可能性が有る。

それでも今日の事で、一つだけ、解った事が有る。


「多分・・・ちゃんと聞いて無いから多分なんだけどさ、こいつ誰かに見捨てられたんだと思うんだよ。その原因が魔人なのかどうかは解らないけど、きっとそうなんだと思う」


普段の人間を拒否し、信じない態度。そして今日のあの言葉。

きっとこいつはずっと拒絶されて生きて来たんじゃないだろうか。

だから今日、過敏に反応したんだろう。俺がこいつを必要無いと思うと。


「こいつがただ力無い子供なら良さげな孤児院でも探したけど、そう言う訳にもいかないしさ。それにこいつはきっと一人でも遺跡を捜しに行くと思う。放置は出来ないでしょ」

「・・・そうか。まあ、即座の危険が無いと解った以上任せるが、次は遺跡に行く為の対策をしておけよ。そのお嬢ちゃんがきっかけで遺跡が動いた疑いはまだ有るんだからな」

「うん、あれはキツイ・・・ただあの仕掛けで嬢ちゃんが死ぬ可能性が無い事だけは安心かな。どうやら嬢ちゃんには影響が薄いみたいだし」

「その影響が今の食欲と睡眠欲の可能性も有んぞ」


そうか、自覚出来てない疲労回復の為の可能性も有るのか。

嬢ちゃんを生かしている力だけが消費されたのかもしれない。

今は生きる力を取り戻す為の大量の補給と、その消費による回復の最中といったところか。


「嬢ちゃんにも、何かしらの対策が必要って事か・・・」

「タロウに仙術でも習うか?」

「無理無理、使いこなす前に死んじゃう」


涼しい顔して使うミルカとタロウの頭がおかしいんだ。あんな力を普通の人間は使えない。

少なくとも俺にはあれを使いこなせるイメージが湧かない。


「まあ、何とかするよ」

「何か策が有るのか?」

「俺は魔法使いだよ? 不可能を可能にするのが魔法使いの力さ」

「はいはい、頑張れ魔法使い未満」

「兄さん、その適当な態度は少し傷つく」


これでも本当に、真に迫れる様にはなって来てるのに。

確かに完全な魔法使いになれたとは、まだ言い難いけどさ・・・。


「グルド。真面目な話、今回の事でそのお嬢ちゃんへの疑いが全部晴れたわけじゃ無い。今後も警戒はしておけ。その嬢ちゃんはまだ解らない事だらけなんだからな」

「うん、それは解ってる」

「そうか、なら良い。ったく・・・死ぬなよ、グルド」

「ありがとうアロネス兄さん。次はへましないように気を付けるよ」


兄さんは結構心配性だから、本当に頑張らないとな。

お師匠さんが亡くなってからその傾向が更に強くなったと思う。

そして自分の周りに余り親しい人間を増やさない様にもし始めた。

俺としては兄さんの事も心配なんだけどな。


「じゃあ俺はそろそろ帰るわ」

「うん、じゃあね、兄さん・・・そういえば兄さんはここまで正規の手順で来たの?」

「ああ? んなわけねえだろ。だったらもっと時間かかってるよ」

「相変わらずだなぁ・・・そのうち本当に兄貴でも庇いきれなくなるよ?」

「今回はその兄貴からの指示だから知ったこっちゃねーな。ま、一人ぐらい俺みたいなのが居た方が良いんだよ、何か有った時の為にな」


兄さんは人の事を心配するが、自分の事には無頓着だ。

いや、まるで望んで人に責められる立場になろうとしている気配もある。

俺には兄さんも、イナイ姉さんと同じで幸せになるべき人だと思うのに。


「まあ俺はお前がその嬢ちゃんを自分好みに育てて嫁にでもするのを楽しみにしてるよ、じゃーなー、はっはっは!」

「な、ちょ、兄さん!」


反論をしたかったけど、する暇なく兄さんは転移で消えていった。

別れ際に何て事を言うのかなあの人は。まさかイナイ姉さんに言わないだろうな。

・・・気を遣って茶化してくれたんだとは思うけどさ。


「嫁、ねぇ・・・むしろ娘かなぁ」


眠りながら俺の服を放さないヴァールを見て、保護欲が沸いて来るのを自覚している。

この小さい娘相手に、恋人になって欲しいなんて感情は浮かばない。


「ま、こうなった以上見捨てるのは無理だしな。育ててやるさ」


何するか解らない怖さもあるし、色々教えないと本当に自滅しかねない。

大体こいつ、食事の為の調理も碌に出来ねーし。

一人で生きて行ける様になるまでか、共に生きる誰かを見つけるその時まで面倒見てやるさ。

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