第601話是非の確認。
「従僕、一体俺を何処に連れて行く気だ。こんな山奥まで歩かせて・・・」
今日は従僕が俺に頭を下げて、頼み事をして来た。
何処かに用が有るらしく、それに付き合って欲しいと。
最近の従僕の態度を考えると、断ったところで俺を自由にはさせんだろう。
なので大人しく言う事を聞く様になったと思わせる為と、貸しを作る為に素直に頷いてやった。
いい加減自由に動く時間を作る為にも、一人にして問題無いと思わせる必要がある。
最近は人里に出ても、従僕が文句を言った覚えの有る事はやっていない。俺としては目的が果たせるならどちらでも良い事も多いので、俺を侮辱する行為以外は我慢してやっている。
「あー・・・もう少し我慢してくれ。帰ったらお前の食いたい物なんでも食わしてやるから」
「その言葉、忘れるなよ」
何の用かは知らんが、山奥まで俺を歩かせる以上報酬は当然だ。
従僕が先行しているから良いが、自身の背より高い草木が多くて歩きにくい。
面倒をかけているという自覚が従僕にある以上容赦する気は無い。
「へいへい・・・お前最近本当に良く食べるよな。その小さい体のどこに入るんだ」
「知らん」
疑問を投げられた所で、俺だって解るわけがない。
最近は体が食事を求めて仕方がない。それと同時に眠気が来る感覚も短くなっている。
自分でも不可解な現象だとは思っているが、気にした所で始まらん。
今生きていられるならば、今の体がそうなのだと受け入れるだけだ。
「んー、ここらへんで良いかな。嬢ちゃん、ちょっとそこで待っててくれ」
従僕は少し先に進んで足を止め、周囲を見渡す。
そして魔術を用いて周囲の草木を刈り取り、風で刈り取った草を吹き飛ばした。
後には従僕を中心に、円状に平地が出来上がっている。
「これで腰を下ろしやすいだろ」
「ふん、道中もそれで道を作れば楽だろうに」
「それじゃ人気のない所に来た意味が無いだろ」
知らん。そもそも俺はお前の目的を知らんし、そんな事は関係ない。
大体人気のない所にやってきて、一体何をするつもりなのか。
「さて、アロネス兄さん、聞こえる? こっちの準備は整ったけど、ここまで来れそう?」
「おう、もう来てるぞ」
「え、うわっ! ちょ、いつから居たのさ!」
従僕がいつもしている腕輪に向かって話しかけると、いつから居たのか白衣を着た男が俺達の背後から現れた。
白衣の男が声を発するまで、一切存在に気が付けなかった。何者だ、こいつ。
少なくとも従僕の背後をとれる手練れだという事は間違いないが・・・。
「お前が余りに小さな女の子を人気のない所に連れ込もうとするところからかな。いやー、残念だ。弟分がそういう性癖だと知って、ショックを隠し切れねーわ。後でイナイに言っとこ」
「ほぼ最初からじゃんか! しかもなんて事をイナイ姉さんに言おうとするかな!」
「その上食い物で釣るとか酷くね?」
「酷いのはそっちだよね!? 解ってて言ってるんだから!」
現れた白衣の男と従僕は知った顔の様で、俺を放置して口論を始めた。
加わりたいわけではないので構わんが、従僕の敵なのかどうなのかの判断がつかん。
従僕が攻撃されたらいつでも割り込むつもりで、体を戦闘用に用意しておく。
「くっくっく、式に来なかったから心配してたが、元気そうだな。イナイの言う通り俺の心配し過ぎか」
「ははっ、そりゃね。俺だっていつまでも兄さん達に叩き伏せられたガキのままじゃないよ。それに今の俺がウムルに戻るわけにはいかないでしょ」
だが先程まで口論していたはずの二人は、楽しそうに笑い合い始める。
俺は二人の変化に付いて行けず、困惑しながらそれを眺めていた。
何なんだこいつら。訳が解らん。
「で、その嬢ちゃんが例の娘か。見た所普通の子供だな」
「あ? なんだ貴様」
白衣の男が不躾に俺をじろじろ見て来たので、うっとしいと睨み返す。
だが男は全く気にせず、へらっと笑い出した。
「おーこわ。グルドー、この子俺を睨んで来るんだけどー」
「貴様、俺を馬鹿にするつもりか」
「あーもう、兄さんこいつ冗談通じないから止めて。嬢ちゃんも簡単に挑発に乗るなって」
「あっはっは、悪い悪い」
「ふんっ!」
何だこの不快な男は。どうやら従僕の敵ではない様だが、気に食わん人間だ。
従僕が男に気を遣ってる様子なのも気に食わん。何故こんな男に気を遣っている。
物凄くイライラして来たぞ。
「で、兄さん、さっそくだけど頼むよ」
「おう・・・どいつにしようかな。ケレファ呼び出すと正直めんどくせーし、クロトと波長の合ったらしいセッスタンダかパッポにするか。あいつらも解ったみたいだし」
「よく解らないけど、他の精霊でも大丈夫なの?」
「おう、聞いてみたらクロトには全員同じ感覚を持ったらしい」
何をする気か知らんが、男は気になる言葉を言った。
精霊。世界の生きる力が形になった存在。こいつはそれを呼び出せる力を持っているのか。
呼び出すだけならば出来るだろうが、戦闘に使えるならば面倒だな。
精霊を戦闘させられるという事は、それだけ膨大な魔力の持ち主という事だ。
「来い、セッスタンダ」
男の様子を警戒しながら観察していると、男は懐から取り出した石を上空に放り投げた。
それと同時に石から魔力が溢れたと思ったら、一ヶ所に収束していく。
その後に、精霊と思わしき存在が現れた。
「何だ今の石は・・・」
この男、精霊を呼び出すのに魔力を殆ど使っていない。
今放り投げた石から放たれた魔力だけで呼び出した。何だあれは。
「・・・ふむ、この娘、精霊石の事は知らないのか」
「兄さん、精霊召喚の時、クロトは驚いたの?」
「いや、あいつは全然反応なかったな。基本的に反応薄いからなぁ・・・今度会ったら知ってたのかどうか聞いてみるか」
先程からこいつらが口にする「クロト」とは何の事だ。
何かを確かめる為に精霊を呼び出したらしいが、一体何をするつもりだ。
『ねえ、アロネス、何で呼んだの? 何すれば良いの?』
「ああ、わりいセッスタンダ。この娘を見てどう感じるか教えて欲しいんだ」
『この子?』
「ああ、素直な感想を教えてくれると助かる」
精霊に俺を調べさせるだと?
まさか俺を排除すべきか否かの判断をする為に、この男はやって来たのか?
・・・従僕に騙されたというのか?
俺は思わず、呆然とした顔を従僕に向けてしまう。
自分でも何故なのか全く解らないが、胸が痛くて苦しい。
従僕はそんな俺の様子に気が付き、驚いた顔で見つめていた。
『んー、アロネス、この子、どうかしたの? この子普通の人間だよ』
「え、マジで? 何かおかしい所とか無いのか?」
『んんー・・・何だか精霊に近い力を持ってるけど、凄く弱弱しい上に、その力が体に負荷をかけてる。呪われている感じに近い』
「て事は本当に違うのか・・・いやでも精霊に近い力持ってんだよな? それはクロトと似た様な力じゃねえのか?」
『クロトとは全然違う。クロトは存在そのものがあり得ない力の塊みたいなもの。この子の場合は人間の体に力が宿ってる。それも本人の体に合わない形で、無理矢理埋め込まれたみたいに』
「て事は本当にクロトとは違うのか・・・結構気を張って来てたんだけどな。拍子抜けだわ」
精霊と男の会話が耳に入って来ない。何か言っているのは解っているが殆ど頭に入らない。
こいつらの会話などよりも、従僕の裏切りの方が俺の頭を占めていた。
胸が苦しい。呼吸が上手く出来ない。眼が熱い。思考が全く働かない。
「え、ちょ、この嬢ちゃん、何で泣き出してんの?」
『わ、わあ、私何か悪い事した?』
「ヴァール、どうした急に―――」
「煩い!」
自分でも処理できない感情のまま、何も考えずに反射的に叫ぶ。
そして気が付くと、全力で地を蹴ってその場から逃げ出していた。
叫んでしまった理由も、逃げ出した理由もよく解らない。
けど従僕の顔をこれ以上見ていたくなかった。
力の限りまっすぐに、ただただ走り続けた。自分の胸にある辛さから逃げる様に全力で。
どれぐらいそうしていたのか解らないが、暫くして限界が唐突に訪れた。
急に力が上手く使えなくなって、草木に足をとられて盛大に地面を転がってしまう。
平地だったので何とか途中で止まる事が出来たが、あちこちぶつけて傷だらけだ。
力を使っていない状態だと、本当にこの体は弱弱しい。
「はぁ・・・はぁ・・・くそっ」
立つ事が出来なくなった体を地面に横たわらせ、空を見ながら悪態を吐く。
からだ中ぶつけて痛い事も、疲れ切った体も、今はどうでも良い。
従僕に騙された事が、自分の中で余りに処理できない感情になって膨れ上がっていた。
「ふぐっ・・・ううぐ・・・」
涙が溢れる。何故従僕相手にここまで感情を揺さぶらればならんのだ。
兄弟ならばともかく、俺の邪魔ばかりするあいつを。
ああ、良い機会だ。これできっとあいつは俺への興味が無くなるに違いない。
殆ど頭に入っていなかったが、どうやら俺はあいつらの求める物とは違う様なのだから。
「ぐすっ、はっ・・・結局、そんなものか」
俺があいつにとって使えるかもしれないと思われていただけだ。
求める何かかもしれないと、そう思われていただけ。ならば用済みだろうさ。
いつになっても、どこまでいっても、変りはしない。俺は不必要な存在だ。
「何がそんなものなのかは知らないが、その、すまん。泣き出す程不快な思いさせたみたいで」
「っ、なっ、貴様、何の用だ!」
「いや、何の用って、保護者として追いかけて来るのは当然だろ」
「煩い! もうそれも要らんだろうが! 俺は貴様が欲しかったものとは違うのだろう!」
感情のままに殴りたいのに、逃げ出したいのに力が入らない。
ただ叫ぶしか、今の俺には出来る事が無い。
「何だ、もしかして俺がお前放り出すと思ったのか? 今更するわけねーだろそんな事」
従僕は動けない俺を担ぎ上げ、頭を撫でながら治癒魔術をかけ始めた。
優しい力が俺を包み、痛みがゆっくりと消えてゆく。
「どうせ俺には時間があるからな。嬢ちゃん一人ぐらいきっちり面倒見てやるよ。不安にさせたなら悪かった。謝るよ。だからあんまり泣くなよ」
ポンポンと俺の背中を叩きながら、普段しない様な優しい声音で謝る従僕。
その言葉に、先程までとは違う感情で涙が溢れて来た。
「ご、ごめんって。本当に今回の事は悪かった。そんなに気にすると思ってなかったんだよ」
「ふぐぅ・・・煩い・・・絶対、許さん・・・ぐすっ」
謝る従僕の言葉を拒否しながら、俺は従僕の服を掴んでいた。
絶対に放したくないとでも思っているかのように、入る限りの力で。
「あー・・・こりゃ暫くご機嫌取りが大変そうだ」
従僕は困った様に呟き、その言葉に何故か安心を覚える。
俺はその感情の意味を理解する暇もなく、力を使い切った疲労のせいか、最近間隔が短くなっている睡魔に襲われて意識を落としてしまった。
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