第598話大変な誤解です!

「あー・・・酷い目に合った・・・」

「んっ、お疲れさん」


やっと普段の服に着替えられ、寝室にとあてがわれた部屋でぼそりと呟くと、イナイが笑いながら労いの言葉をかけてくれた。

なお、そのイナイさんは既にベッドに寝転がっており、上にシガルが乗って宣言通りマッサージをしている。


「イナイもお疲れ様」

「んっ、ま、式の方はきっちりやらせてくれたしな。ふうっ、んつ、色々な面倒を引き受けてくれてた分、多少はな・・・くふっ」


イナイはシガルのマッサージが気持ちいいらしく、言葉の合間合間に艶っぽい声が混じる。

でも解る。シガル上手いんだよ。こう、筋肉の隙間に綺麗に指が入り込む感じで。


「あたしだけ何もしてないから、ちょっと申し訳ないかな」

「な、あっ、に・・・言ってんだ。お前っ、だって・・・気を張ってただろ、あんま、んっ、気を遣わなくても良いんだぞ」


シガルが申し訳なさそうに言うけど、イナイはそれを否定する。

あの場に立ってた以上は皆同じ、そう思っているのかもしれない。

実際周囲に貴族が沢山いて、王様もいた宴会だ。シガルだって気疲れはしているだろう。

俺は別の意味で疲れたけど。


「俺はあんな格好を人前でするのは今回限りにしたいな」

「あはは。でもタロウさん、約束忘れないでね?」

「・・・ワカッテルヨ」


シガルとした約束はイナイも既に聞いている。

話を聞いた時は苦笑していたが、シガルの気持ちは解らなくは無いと言われて複雑な気分だ。

記念撮影をあの服のままされた時は死んだ目を向けてしまったが、一応後でちゃんと取り直してくれて良かった。


あれ、そいやハクの奴はどこ行ったんだろ。宴会終わってから見てない。

クロトは親父さんの所に居るって聞いてるけど・・・。


「シガル、ハクがどこ行ったか知ってる?」

「今日はグレットと寝るって言ってたよ」


うーん、それはグレットが安心して寝れないんじゃないだろうか。

まあ万が一を考えてグレットの傍に誰か居るのも悪くはない話か。

そうそうないとは思うけど、あいつが暴れたら大変な事になるし。


そこにノックの音が響いた。

動こうとした二人を手で制し、手の空いている俺が対応に向かう。


ノックの音がしたのに、その向こうに探知が効かない。

正確には探知魔術は正常に作動しているはずなのに、そこに居る存在が感じ取れない。

つまりそこに居るのは、きっとクロトだ。そう思い扉を開けると、やはりクロトだった。


「どうしたのクロト、親父さんと一緒に寝るんじゃなかったの?」

「・・・お爺ちゃんにお父さん呼んできて欲しいって、お願いされたの」

「親父さんが?」


態々クロトに呼び出しを頼んでまで、一体何の用なんだろうか。

自分では来れない用事なのかな?


「急ぎな感じだった?」

「・・・ううん。でも何だか悩んでた」


親父さんが悩んでいて俺を呼んでいる?

びっくりするぐらい珍しい話だな。そういう事であれば行かないわけがない。

クロトにもう少し詳しく話を聞くと、親父さんは部屋ではなく飛行船の休憩所に方に居るらしく、二人で話がしたいとの事だった。


なのでちょっと親父さんと話してくると二人に告げて、部屋をすぐに出た。

クロトはお婆ちゃんの所に戻っておきなさいと言われたそうなので、クロトが好きな方で良いよと伝え、部屋に残るか戻るかは任せた。






急いで休憩所の方に向かうと、親父さんは休憩所の端の方で難しい顔をして座っていた。

真剣で重苦しい雰囲気を感じる。

周囲に人が居ないせいで、余計にそう思うのかもしれない。


「すみません、お待たせしました」

「・・・いや、構わん。私も考えを纏めていた所だ」


親父さんは静かな声音で、難しそうな表情のまま俺に応えた。

普段の親父さんとは違う雰囲気に、俺は気を引き締め直して正面に座る。


「一応クロト君を使いに出させた事は謝っておく」

「あ、いえ、別に良いんですけど、何でわざわざクロトを?」

「イナイ様の部屋に下手な人間を向かわせるわけにはいかんだろう。ましてや貴様と個人的な話をこんな時間にしたいなどと。私が行っても出て来られるような状況でないとも限らん」


親父さんは既に暗くなっている窓の外に目を向けながら、クロトを使いに出した理由を語る。

そっか、イナイに気を遣ってか。確かにクロトなら何の問題もないか。


「それで、話とは、何でしょうか」

「・・・小僧、私はこれでもそれなりに立場が有る。その立場の者として絶対に言ってはいけない事、という事は理解しているつもりだ」


これはもしかして、何かお説教を受ける感じかな。

本当は言っちゃいけないけど、どうしてもお前には言っておきたい、って感じの。


「・・・だが・・・その・・・だな」


けど親父さんはそこで、とても言い難そうな様子になった。

口は動いているのだけど、それが言葉になっていない。

俺は親父さんの邪魔をせずに静かに言葉を待つ。

そして暫くして、親父さんは意を決した様に語り出した。


「私は娘を持つ身として、娘の幸せを願う身として、娘が子を成せない事は心苦しく感じるのだ。きっと娘は認めた上でなのだろうが、それでもどうか娘に子供だけは作ってやって欲しい」

「・・・はい?」


唐突に何の話?

子供ってシガルとの子供って事よね。それは勿論彼女が望むなら俺も歓迎ですが。

最早この関係になってその辺りから目を背ける気は無い。


「いや、解っている。貴様の生き方に、夫婦で決めた生き方に口を出されるのは不愉快だろうという事も、本来は私が言ってはいけない事だという事も解っている。勿論クロト君が孫として不満だという訳ではない。あの子は良い子だ。可愛い孫だ。だがそれとは別に――――」

「ちょ、ちょっと待って下さい」


俺は親父さんが少し焦りを見せる様子で語るのを、申し訳ないが止めさせてもらう。

何か親父さんが言ってる事おかしくない?

親父さんの中で何がどうなったのかは知らないけど、俺がシガルとの子供を作らないという前提で話されてる気がする。


「何か意思疎通に行き違いがあると思うんです。俺は彼女との子を嫌がった事は無いですよ」

「そうなのか? だが、今日のあの格好は・・・」

「――――えっと、ちょっと待って下さいね」


親父さんの言葉で、原因が何となく解った。

俺のあの姿を見て何か盛大な勘違いをしている。だからあの後静かだったのかこの人。

とりあえず誤解の内容を問うよりも、あの格好の理由を先に言った方が良いな。


「俺の今日のあの格好はセルエスさん達にさせられた格好で、自分で望んだ物では無いです」

「・・・そう、なのか。なんだ、そうか・・・はぁ~~~、びっくりさせるな、小僧」

「俺の方がびっくりですよ・・・」


親父さんは完全に脱力した様子で息を吐き、俺も溜め息を吐いてしまった。

とりあえず大きな誤解は解けたようで良かった。


「女として生きて行こう、という訳では無いのだな?」

「無いです無いです。絶対無いです」

「そうか・・・はぁ~、まったく、はぁ~・・・」


親父さんはよっぽど気を張っていたのか、溜め息がかなり多い。

ただその様子は安堵が感じられたので、悪い意味での溜め息では無いだろう。

つーか、そんな事考えてたのか。そりゃ口を出したくなるわ。


「まったく、要らぬ恥をさらし、国への不敬を口にしてしまった・・・」

「いや、俺も嫌がったんですよ。でもセルエスさんに無理矢理着せられたので」

「無理矢理というには余りに似合っていたぞ、貴様」

「・・・嬉しくないです」


親父さんの今までの言葉の中で、一番嬉しくない言葉だ。

例えこの人の言葉でも全然嬉しくねぇ。


「イナイには余り気にしなくて大丈夫だと言われたんですけど、そうじゃなかったんですね。すみませんでした」

「フン、早とちりをしたのは私な上、本来は咎めてはならん事だ。貴様が謝る必要は無い」

「それでも、心配させてしまった様なので」

「・・・全く、貴様は」


俺が謝ると、親父さんは手を額に当てながら眉間に皺を寄せてしまう。

いやでも、実際勘違いさせちゃったしねぇ。


「もし私に申し訳ないと思うのであれば、絶対に娘を幸せにしろ。私が望むのはそれだけだ」


かっけえ。いや、冗談じゃなくかっこいい。

親父さんのこういう所が好きだわー。こういう親父になりたい。


「はい、ありがとうございます」

「まったく、明日からはいつも通りだからな、小僧」


親父さんは最後にもう一度大きなため息を吐いて、席から立ちあがってそう言った。

そして去って行こうとして、途中で戻って来た。


「さっきの孫の話だが、クロト君を認めないという事では無いからな! あの子は本当に可愛い孫だと思っているからな! 絶対にあの子に変な事を言うんじゃないぞ!」

「は、はい、解りました」

「ならばいい。では今度こそ私は戻る!」


親父さんは今度こそその場から去って行った。

その後ろ姿が見えなくなるまで見送り、普段の親父さんに戻っているのを感じて息を吐いた。


「あれ、でもさっきの内容って、シガルとの事を全面的に認めるって言ってる様なものだよな」


親父さんの様子とかその内容に焦って頭回って無かったけど、今のってそういう事よね。

いや、勿論式の前に挨拶に来てくれたし解ってはいるけど、それでも改めて言われた事に思わず嬉しくなる。

要はあの人に「早く孫の顔を見せろ」と言われたんだ。それがとても嬉しい。


「嫌な目に合ったけど・・・結果的にちょっとプラスかな」


思いがけない所で嬉しい事を聞けてしまった。

内容を噛みしめると、思わず胸の奥に熱い物が込み上げて来る。

本当にあの親子は俺を泣かせるの好きだなー。


「さて、あんまり遅くなるとシガルが親父さんに怒鳴りに行きそうだし、早く戻るか」


少しウルッと来たけど、気持ちを普段通りに戻して部屋に戻る。

今回の事はセルエスさんとリンさんには感謝、という事にしておこう。

アロネスさんは絶対に許さねぇ。

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