第597話英雄のお披露目です!
「おお、懐かしい・・・」
「あのお姿が、初めて見た」
「ああ、本当にあの方は変わらんな。昔のままの凛々しさだ」
「そうだ、私達はあの方に、あの方に救われたんだ」
「あの子、二十年前と見た目が殆ど変わって無いよね。本当狡いわ」
「うっわ、なっつかし、あの格好。そうそう昔はあの作業服だったな」
「イナイお姉ちゃん、さっきのふわふわの方が可愛かったのにー」
「あの服きたなーい」
「えー、でもあの格好で頑張ったんだろ?」
会場に戻ったイナイの姿を見た皆の反応は様々だ。
領主さん達は、歳のいってる人達は心に残る昔を懐かしむように、若い人は始めて見るイナイに感動する様子を見せている。
元々のイナイの知り合いの人達は、単純に懐かしいといった感じの事を口にし、子供達は何故着替えたのかという言葉を発していた。勿論肯定的な子も居たけど。
そして私には殆ど無反応でした。
いや、イナイとシガルの知り合い親族の方々から可愛いとお褒めの言葉を頂いたし、領主さん方にも似合っていると言われた。けどそんだけ。大した反応は無かった。
好意的な言葉が多かったので本当にこの格好問題無いんだって事は解ったのだけど、やっぱ嬉しくねぇ。別に俺がしたかったわけじゃ無いもん・・・。
もう色々諦めたけどね。だってイナイの方がよっぽど見世物になってるし、我が儘は言えない。
でもガラバウは相変わらず引いてるので後で殴ろう。あいつとアロネスさんはムカつく。
アロネスさんは逃げられるので、別の形でどこかで仕返しをする。絶対する。決定。
セルエスさんは・・・あの人本気で可愛い格好させたかっただけみたいだからなぁ・・・。
リンさんも感心するように褒めてたし、あの二人にはもう別に良いや。
トレドナは見慣れたらその恰好の兄貴も良いですねとか言い出し、妹さんはそもそもシガルにしか興味がなさそうだった。クエルは俺の趣味かどうかとか一切関係なく全肯定。
ビャビャさんはそもそも自身の生体的な理由で、俺の格好が似合っていて可愛いという事しか思わなかったらしい。あの人が服を着る行為は擬態の様なものだからと。
ただ親父さんがあれ以降何も言わないのだけが怖いんだよなぁ・・・。
いつものように絡んでこないのが凄く不安。
あの後は凄く困惑した顔でクロト連れて会場に戻ったから何も話せてない。
なお、シエリナさんはとても良い笑顔で褒めて来た。少し驚くぐらい優しい笑顔だった。
「アロネス、セルエス殿下、タロウ、お願いします」
「おう」
「はーいー」
「了解」
そして今はホールの中心にイナイが立ち、俺達が周囲を囲むように立っている。
イナイは俺達が返事をしたのを確認すると、腕輪を操作してあるものを取り出した。
「おおおお、懐かしい!」
「あれが、魔導技工外装!」
「わー、あれが完成品だったんだ」
「ふあー、厳ついなー」
「かっこいいー!」
「可愛くない―」
イナイが腕輪を操作し、取り出した物は魔導技工外装。それも一部ではなく全身だ。
となると魔力の漏れ出方が異常な事になるので、俺達が周囲を囲んで周りを怖がらせない様に魔力の流れを遮断している。
誰の物か解っているならともかく、解ってないかったら魔力量が異常すぎて怖いからね。
ホール外に漏れたら騒ぎになる可能性がある。
一応兵士さんや技工士さん達には事情を伝えているらしいので大丈夫だとは思うけど、変に心配かけさせないためにこうやって俺達で魔力の流れを操作する事になった。
しかし久々に見たけど、相変わらずふざけた魔力量だ。あの量を垂れ流して問題ないあの外装もイナイもどっちもおかしいと思う。解っていても少し怖い。
「見えるか、皆よ。あれが我らが英雄の戦場での姿だ」
そこでブルベさんがそんな事を口にした。彼に眼を向けると映像通話の道具が傍に置いてある。
映像通話から映し出されている映像は、多くの人達の歓声で沸いている王都の映像だった。
え、待って、ちょっと待って、まさかこの会場の光景王都に流れてんの?
俺のこの姿王都に映ってんの!? ていうか記録装置もばっちりついてるし!
「はぁ・・・ったく、あいつ・・・まぁしょうがねえか」
外装越しに、イナイのそんな溜め息交じりの声が聞こえて来た。イナイも聞いてなかったのか。
イナイは外装から上半身だけを出して姿を見せ、映像通話の方を向いて笑顔で手を振った。
当然映像から流れて来る歓声はひときわ大きくなり、熱狂というのが相応しい様子になる。
ファンサービスだな、完全に。
外装を腕輪に仕舞った後も、あの外装を作るまでの試作品を披露したり技工剣を見せたり等々、皆が望むように振舞っていた。
そんなイナイの様子を見ていると、自分の格好程度で楽しませられるなら別に良いかと、そんな風にも思える様になっていた。だって、イナイさん結構気を遣ってるもん。
あれ見て俺が女装程度でごねるわけにはいかないでしょ。
馬鹿にされたならともかく、この国の人達は俺の姿に肯定的な言葉だった。シガルはむしろ見せびらかしたい様子だったし、嫌がらせの意図があるのはアロネスさんだけだろう。
そのアロネスさんも「しっかし本当に似合うな。これ普通に求婚する奴が出て来るぞ」等と言いだした辺り、この国の認識が俺の常識と違うのが解る。
イナイの言う通り、国自体が色々と寛容というか、こういった事に肯定的なのだろう。
変な風に納得するのではなく、人それぞれ好きな生き方があり、慣れ親しんだ文化が在ると認める国風なんだと。
考えてみれば多夫多妻制なんて不思議な事やる国なのだから、それもおかしな事ではないか。
俺が気が付かなかっただけで、今までも女装していた男性が居たのかもしれない。
勿論国での決まりごとや、思想志向があっても許容できない出来事もあるだろう。
大分前の破滅思想の集団の時とかがそうだったし。
ただあれ、今思うと、クロト達の事なんじゃないかなって思うんだよな。
あの時は変な新興宗教程度の認識だったけど、クロトが家族としている今の俺には、少しばかり胸にざわつきを感じる存在だ。
遺跡という存在を知って、あの危険性を知っている今は尚の事嫌な感じがする。
「タロウさん、ぼーっとしてどうしたの?」
「ん、あ、いや、イナイが大変そうだなって思って」
思考に耽っていたせいで、シガルへの返事が少し遅れてしまった。
今考えていた事は祝いの席で言う様な事でもないし、言うとしても後の方が良いだろう。
楽しそうな皆を邪魔したくはない。
「ねー、お姉ちゃんのおかげであたし達あんまり目立たないですんでるし、後でいっぱい労ってあげようね」
「シガル、労う顔じゃないよ。ていうかここでその顔は止めよう。親父さん達も居るんだし」
シガルの笑顔は明らかに「イナイを労う」顔じゃなく「イナイを可愛がる」顔だ。
今日は流石に疲れてると思うから、素直に寝かせてあげようよ。
「あはは、冗談だよ。本当に疲れてるだろうし、二人がかりでマッサージでもしてあげよ?」
「ん、そうだね」
本当に冗談かなぁ、という疑問を持ちつつシガルに同意する。
そうなるとクロトも一緒に参加してきそうだ。
「それにしてもタロウさん、本当に美少女になったよね。すっごく可愛い」
「悪いけど、褒められても嬉しくない」
「本当に可愛いのに。今後も偶にそういう格好しない?」
「しない」
「えー、勿体ないー。本当に、本当にすっごく可愛いんだよー?」
シガルさん、どうやら俺のこの格好を物凄く気に入った模様。
ですがしません。これはこの場限りの事です。俺にそういう趣味はありません。
「ね、お願い、タロウさん。偶にで良いから、ね?」
「うっ、ぐ」
最近俺より上になった頭を俺より下に降ろし、覗き込む様な上目遣いでお願いして来るシガル。
狡くない? ねえそれ狡くない?
「そ、外に出ないなら・・・」
「えー、可愛いタロウさんを皆に見せたいのにー・・・でもしょうがないか。約束だよ!」
「・・・ハイ、ワカリマシタ」
もう良いよ。君らが喜ぶならもう何でも良いよ。
色々と諦めの気持ちを抱えながら、大きなため息を吐く。
「何度か着させて慣れさせたら・・・外に出るのも抵抗なくなるかな・・・」
シガルさん!? 聞き捨てならない呟きが漏れてますよ!?
けどその呟きに突っ込むと藪蛇になる予感がしたので、あえてスルーしておいた。
絶対に外には出ないからな! 絶対しないからな!
そんなこんなで色々あったけど、宴会は良い感じに過ぎていき、問題なく終わった。
最後に記念撮影をこの格好でされたのだけが悲しい。
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