第592話やっぱりこの兄妹のしわざです!

「セールーエースー!」

「なあにー、イナイちゃーんー?」


唸る様なイナイの言葉に、いつもの笑顔で返すセルエスさん。

その隣には眼が泳いでいるブルベさんが居る。

俺とシガルは少し離れた所でその様子を眺めていた。因みにクロトは俺の膝の上である。


ハクはグレットと一緒に貨物室の方に居る。

グレットの巨体では、あちらの方が過ごしやすいだろうとの事でそうなった。

事実のびのびしていたのでグレットも満足だろう。


珍しい大きさなので、船に居たの兵士さんや技工師さん達にも人気者になっていた。

あいつと飛行船につられて船に乗ってきた子供達にも大人気だ。

子供達を背に乗せて歩き回っていたりもしていた。保護者達は困ってたけどね。


あいつ結構人懐っこいから、腹減ってる時以外は良いペットだよな。

腹減ると視界が狭くなるけど、それでも最近はのんびりした性格になってると思う。

ペットは飼い主に似るっていうし、最近は一番懐いているっぽいクロトに似たのかね。


「大体ブルベも何で黙ってた」

「いやその、私は黙ってたつもりは無くて、セルエスが姉さんとタロウ君に会場は伝えてたって聞いてたから、てっきり知ってるものだと思ってて」


確かに宴会場自体はブルベさんから直接聞いたわけじゃ無い。

勿論ブルベさんが口を出して来た事もあるけど、大体はセルエスさんごしだ。

そう考えるとこれはセルエスさんの暴走になるのか。


「やっぱお前じゃねーか、セル!」

「怒っちゃやーん。でも会場を本決定したのは兄さんよー? 私じゃそんな権限ないもーん」

「そ、それじゃ私一人で決めたみたいじゃないか。セルエスだって反対しなかっただろう」

「でも私一番最初に忠告したもーん。イナイちゃんはあんまり派手なのは嫌がるよーって」

「確かに言ってたけど、セルエスに場所を伝えた時は特に何も言わなかったじゃないか」

「おまえらなぁー!」


駄目だこの兄妹。つーかブルベさん、イナイが絡むと少しポンコツになってないか。

いや、もしかすると元々あれが素の状態のあの人なのかな。

普段は王様だからって色々気を張ってるのかもしれない。


因みに余計な被害に遭わないためか、ウッブルネさんは部屋の端で待機している。

さっきから苦笑はするが、一切口は開いていない。

そこで唐突に、部屋の扉が開かれた。


「おー、やってると思ったが、やっぱやってたか」

「あはは、そりゃまあ、そうなるよね。あたしは孤児院の皆乗せてあげられたから嬉しいけど」

「イナイ、浮かれてたからね。いつもなら、予想が付いたはず」

「はっはっは。そもそもイーナに休暇を言い渡されている時点で気が付くべきなんだがな」


開いた人間はアロネスさんだった。その後ろにリンさん、ミルカさん、アルネさんが続く。

今の発言的に、皆はこの飛行船の事知ってたのか。

つーかイナイの分身体、お休み取ってたのか。知らなかった。


「イーナちゃんはイナイ様のお手伝いをさせてたからねー。ね、イナイちゃーん」

「ぐっ」


セルエスさんがにっこにこしながらイナイに言い、イナイは悔しそうな顔になる。

手伝いってどういう事だろうか。また何か開発でもしてたのかな。


「どうせイナイの事だから、タロウには言ってないでしょ」


少し呆れた様子のミルカさんの言葉に、どういう事かと気になった。

後ミルカさんのお腹も気になった。

お腹目立つ様になってるな。元の体系がスレンダーだから余計に。


「ミルカさん、どういう事?」

「イーナは仕事を見せる事で、自分の立場をもう手に入れてる。今はイナイを個人的に手伝う為に表向きは休暇中。ってなってるけど、実際はイナイが引退する為に、イーナをイナイの代わりにする為に、イナイ直々の引継ぎをしている。という認識だよ。周りがね」


引退って、イナイ技工士辞めるの?

そんな話一切聞いて無いぞ。

驚きの目をイナイに向けると、少し困った顔をしていた。


「イナイ、どういう事? 技工士辞めるつもりだったの?」

「あ~~、いや、そういうつもりじゃ、なくてだな」


俺の問いに否定はするものの、イナイは答えにくそうにしている。

一体どういう事だろうか。


「お姉ちゃん、いつでも引退して、国から出て行ける様にしようとしてたんだよね」

「ここまで言ったら、シガルには解っちまうよなぁ」

「・・・ああ、成程、そういう事。俺も解った」


つまりは、イナイは最初に名前を返上しに行った時から気持ちは大きく変わらず、いつでも俺に付いて行ける様にした準備だけはしていたんだ。

名前を返さなくても良い、国に使える技工士を辞める必要は無い。

そう言われてもずっと身の回りの整理をしていたって事だろう。


「イナイ、俺の気持ちは今日言った通りだからね」

「・・・おう、解ってる」


俺はもうここで暮らして行くと決めた。

幸いブルベさんに貰った特別な仕事もあるから、この先の生活も問題ない。

無かったとしてもこの国で仕事を見つけるつもりだ。

彼女が暮らしている、彼女達が暮らしているウムルで根を張るつもりだ。


「まあ良いじゃん。子供らが船につられて乗って来たから、ほんとは来るつもりの無かった大人達も来ざるを得なくて、楽しい宴会になりそうだしさ」


リンさんが楽し気にそう言った事で、イナイは諦めの溜め息を吐いた。

そういえば今日は王妃様姿じゃ無いな、リンさん。甲冑姿だ。


「という訳で、改めて、結婚おめでとう、イナイ姉さん」

「あ、狡いミルカ、あたしが先に言うはずだったのに」

「ちゃんと幸せになってくれよ、イナイ姉さん」

「あー、アロネスまで!」

「イナイ姉さんが幸せになれないのは嘘だからねー。おめでとう」

「セルまで裏切ったあああああああ!!」


普段「姉さん」と呼ばない皆が、イナイを姉さんと呼ぶ。

そこに込められた意味は彼女達にしか解らない。

けどきっと大事な意味が有るという事だけは俺にも解る。


「うー、皆酷い。まったくもう! コホン・・・結婚おめでとう、イナイ姉さん。今までずっと頑張って来た分、いっぱい幸せになってね。あたし達はもう大丈夫だからさ」


そして最後に、甲冑姿にもかかわらず見惚れそうな程の女性としての気品さを感じる雰囲気で、リンさんがイナイに祝福の言葉を告げる。

イナイはそんな彼女を見て、大きく目を見開いていた。


「あたし達はもう子供じゃないよ、イナイ姉さん。何が有ったって自分達で何とかするよ。もう良いんだよ、自分の為に頑張っても。本当に引退したいなら、イーナに仕事させる必要も無い」


リンさんは膝を付き、慈愛という言葉が相応しい笑顔でイナイの手を取る。

彼女を見つめるイナイの頬に、一筋涙が流れた。

それを切っ掛けにした様に、イナイの瞳から涙が溢れはじめる。


「あ、あり、ありが、ひぐっ、とう、あた、あたし、ちゃんと、頑張る、から」

「ああもう、こういうところは相変わらずだなぁイナイは」


泣きながらもなんとか答えるイナイの頭を、優しく抱きしめるリンさん。

それを見ている俺も、何だか雰囲気でちょっと泣きそうになる。

シガルの瞳も少しウルッとしていた。


「くっくっく、化粧が落ちるぞ、イナイ」

「イナイちゃんは化粧が落ちても可愛いから良いんですー」

「もう、アロにいは茶化さないと気がすまないんだから・・・」


アロネスさん、どこまで行っても相変わらずだな。

それだからこの人達はずっと仲間なのかもしれないけど。

ウッブルネさんとアルネさんの二人は、それを優しい目で見ていた。





・・・グルドさん、式に来てくれていたのかな。

イナイが誘ったらしいから居たとは思うんだけど、見当たらなかった。

あの人には、ちゃんと挨拶しておきたかったな。

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