第591話次元の裂け目に落ちた転移の先での誓いです!

親父さんに泣かされた後、シエリナさんも後で来たので挨拶をした。

彼女は相変わらずの笑顔だったけど、やっぱりどこか怖く感じるんだよなぁ。

最初のイメージがこびりついてるからかもれない。後セルエスさんの笑顔も。

ただ―――。


「これからよろしくお願いします・・・その・・・お母さん」


そう言って俺が頭を下げた時の彼女は、少しだけ照れくさそうにしていた。

普段とは違う柔らかい笑みだったのが印象に残っている。

この反応でも少し泣きそうになっている俺がいるが、ここはぐっと堪えた。


そして二人を連れてイナイ達の下へ行くと、二人の準備はもう終わっていた。

ドレス姿のシガルを見た親父さんは「ジガルゥゥゥ」と泣き出してしまったが、シガルはこれを無視。お袋さんの方を向き「私はタナカだからね」と言い「そうね、シガル」とシエリナさんは返した。

シガルはいつもの挑戦的な笑みで、シエリナさんの笑顔は元に戻っていた。


・・・なんの戦いが始まっているのだろうか。相変わらず不思議な関係の親子だ。


「お父様、お母様、スタッドラーズの家名を名乗る事のない身ですが、改めて、どうか娘として宜しくお願い致します」


というイナイの挨拶に親父さんは返事をしたのだが、シガルへの感情を引きずったまま返事をして言葉になっていなかった。言葉に全部濁点が付いている。

シエリナさんは勿論いつもの笑顔だ。崩れないなぁ。


ともあれ準備が出来たので、俺達は式場に向かう事にした。

彼女達の準備が終わった頃に式場に人が集まる様に調整されている。

何か問題が起こっていない限り、既に準備は終わっているはずだ。


「さて、行こうか、イナイ、シガル」

「ええ、行きましょう、タロウ」

「はーい!」


二人の手を取り、彼女達に挟まれながら式場に向かう。


「オオオオ! ジガルゥゥゥ! ギレイダアアアア!」


親父さんの泣き声をBGMにして・・・。

シガルが親父さんに何か言おうとする気配があったけど、手を引いて止めた。

今日ぐらいは自由に泣かせてあげてよ。

シガルは俺の意図を汲み取ってくれた様で、渋々そのまま式場に向かう。


式場である墓地に着くと、既に沢山の人が並んでいた。

挨拶した覚えの有る人も居ない人も居るが、その皆がイナイとシガルを祝福してくれているのが解る。その光景を見て、イナイに一つ言いたい事が出来た。


「ねえ、イナイ」

「ん、どうした?」


墓に向けて歩を進めながらイナイを呼び、彼女も静かに返事をする。

今は周囲の祝福の言葉が沢山有るので、シガルとイナイにしか俺の言葉は聞こえない。


「皆イナイを祝ってる。イナイが幸せになる事を祈ってる。それは俺も同じなんだ。俺は二人に幸せにして貰ってる様なものだから、もっと我が儘言ってくれて良いよ。この国で一緒に生きて欲しいって、そう言ってくれて良いんだ。今更な事で申し訳ないけどね」


ここに集まった人達は、シガルの親族も居る。

けどイナイの為に集まった人も沢山居る。彼女を祝う為に集まっている。

イナイはこの全てを俺の為に捨てようとした事が有った。

彼女の覚悟を理解してなかったとはいえ、それだけの事を彼女にさせていたんだ。


「・・・そうか、そうだな。ありがとうタロウ。でもな、それでもあたしはお前の傍に居るって決めたんだよ。だからそれこそがあたしの我が儘だ。もう離れたくなっても放さねぇからな?」

「あはは、そっか。それなら良いかな。君が幸せならそれで良いよ」


どこまでも俺にとって嬉しいイナイの返事に、苦笑しながら返す。

彼女がそういうなら仕方ない。これ以上は言わないさ。


「タロウさん、あたしも居るんだけど?」

「勿論シガルもね。言いたい事は言おう。やりたい事はやろう。ちゃんと、話して行こう」


拗ねる様に腕を引くシガルに応え、彼女にもちゃんと考えを伝える。

家族としてやって行く為にも、今まで以上に理解をしていこうと。


「ジガルゥゥゥゥゥゥ! グアオォォォォ!」


親父さん、周りより一際声が大き過ぎる。

・・・あの人の為にも、シガルをちゃんと幸せにして、自分も幸せにならなければ。

お父さんに、面と向かって息子としていられる自分でなければいけない。


んー、まだ慣れないな。お父さんと言おうとすると、ちょっと泣きそうになる。

でもいつか、自然にそう言える様になりたい。


「俺は二人に沢山の物を貰ってるから、返せないほど沢山の物を貰ってるから、頑張って返していくよ。一生かけて。ありがとう、二人とも」


イナイには暖かい居場所を貰った。誰かの傍に居る暖かさを思い出させて貰った。

シガルには真っすぐ立つ支えを貰った。暖かい親まで貰ってしまった。

二人には感謝してもしきれない程の物を沢山貰った。俺は貰ってばっかりだ。


「ばーか。お互い様だ。お前が居るからあたしらは幸せな気持ちに今なれてるんだよ」

「そうそう、自分だけの話じゃないよ、タロウさん。一緒にいっぱい与え合っていこう」


俺の言葉にそう返してくれる二人に一層の感謝をしながら、墓の前に立って手を放す。

そこで祝福の言葉は止み、親父さんの泣き声以外の音が無くなる。


墓傍には既に、ブルベさんとセルエスさんが待っていた。そのすぐ傍にクロトとハクも居る。

その後ろにグレットもお座りをしている。あいつも家族だからね。

彼等に見守られながら、俺達は誓いを口にする。


「我らの命を紡ぎ、育んだ方々にお伝え致します。私、イナイ・ステルはタロウを夫とし、今後はタナカ・イナイを名乗り、彼に添い遂げ、シガルと共に家族となる事を誓います」

「同じくお伝え致します。シガル・スタッドラーズは、タナカ・シガルを名乗り、夫、タロウに添い遂げ、イナイと共に家族となる事をここに誓います」


二人は粛々と墓前に誓いを宣言する。タロウという男を愛し、家族となり、添い遂げると。

今まで馴染んだ家名を名乗るのを止め、愛した男の家名を名乗ると宣言した。

俺はその後に、彼女達と同じ様に墓前に向って口を開く。


「お伝え致します。田中太郎は・・・」


そこで、俺は言葉を止めてしまう。そうじゃないと、思ってしまったから。

言葉にしたら同じ事だけど、それでも違う。だから俺はもう一度言い直す事にする。


「タナカ・タロウは、シガルとイナイの二人を妻として愛し、添い遂げる事を誓います」


言葉にすれば同じ事。だけどこれは俺なりの決別だ。

この世界に、二人の居る世界に骨を埋めるという決意だ。

俺の居場所は、生きる世界は、ここだと。


次元の裂け目に落ち、転移した先の世界で生涯を終える覚悟だと、ここに宣言する。


爺ちゃんには悪いけど、もう本当に元の世界への未練は無い。

ごめん爺ちゃん、良い孫じゃなくて。でも俺、こっちで生きてくよ。こっちで爺さんになるよ。

本当にごめんなさい。ばいばい、爺ちゃん。


「汝等が誓いは確かにフォロブルベ・ファウムフ・ウムルが見届けた」


見届け人であるブルベさんがそう宣言し、満足そうに頷くセルエスさん。

二人がそれぞれイナイとシガルの手を取り、俺と手を取らせる。

そこでワッと歓声が沸き、みなが再度祝福の言葉を口々に投げかけて来た。




その光景に、やはり胸に来るものが有る。

何も出来ない小僧だった。何も持ってない小僧だった。何も返せない小僧だった。

そんな俺が、こんな祝福されるような場に立っている。全部、二人のおかげだ。


「ありがとう、二人とも」

「お互い様つったろうが。本当にお前には感謝してんだぜ?」

「そうだよ。こっちこそありがとうだよ」


お互いに感謝の言葉を述べながら祝福してくれる皆にも感謝をし、式は滞りなく過ぎていった。







式はね! 式は滞りなかったよ!

けど最後にブルベさんとセルエスさんがかましてくれたよ!

宴会場、嘘ついてやがった!


「じゃあみんなー、乗る人は言ってねー」


飛行船を上空に転移させ、宴会に行く人間を転移させるセルエスさんを死んだ目で眺める俺達。

宴会場は大人しめの所にしてるって言ったじゃん・・・。


「ウオオオオオオオオオ! ジガルウウウウウウウ!!」


親父さん、涙と声枯れないのかな。後で水の差し入れに行こう。

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