第590話結婚式直前です!
グルドさんの事。クロトの事。遺跡の事。これからの俺の事。
考える事は他にも有るし、やらなきゃいけない事も有る。
けどそんな事はお構いなしに、月日はあっという間に過ぎていった。
そしてとうとう、結婚式の日が来た。
俺は普段と違い、きっちりとしたスーツの様な服を着ている。
鏡を見ると何とも似合っていない。
自分で言うのも何だけど、無理してスーツ着た学生にしか見えない。
頭も普段とは違って少しセットしている。
元々そこまでくせ毛では無いが、今日は特別なのでしっかりやれと言われた。
因みに言って来たのはブルベさんとセルエスさんである。すげー威圧感だった。
あの兄妹、イナイの事好きすぎないか。
「・・・この姿で出なきゃいけないのか」
何度見ても似合ってない。でも仕方ない。
イナイ達の準備はまだ済んでいないけど、何時までもうじうじしてられない。
諦めて彼女達の下へ向かおう。そう思って俺用にあてがわれた控室を出る。
今俺が居るのは準備用にと貸し出された邸で、セルエスさんの持ち物だそうだ。
端的に言えば別荘だ。本人としては家族の物という話だが、一応正式には彼女物らしい。
通路に出ると使用人さんらしき人達が見えるが、大半は今日の為だけに来ている人達だ。
普段は本当に数人の管理人だけが居るらしい。
気合い入れ過ぎだと思う。それだけイナイが好きなんだろうけどさ。
「まあ、そのおかげで色々助かってるんだけど」
式のいろんな準備とか、宴会の準備とか、お金とか、全部彼女持ちだ。
申し訳ないと思う反面、やりたい事やってるだけだからまあ良いかなと思っている。
却下したはずの俺用のドレスが用意されていた事には焦ったけど、ブルベさんが流石に止めてくれたので助かった。
色々と思い出しながら、イナイ達の居る控室にノックをする。
暫くすると中に居た使用人さんが扉を開き、俺を確認して部屋の中に通してくれた。
「準備が出来たんですね。申し訳ありませんが、こちらはもう少しかかりそうです」
「タロウさんかっこ良いね! そういう格好も似合ってるよ!」
部屋に入り、既にドレスに身を包んだ二人が俺を見てそれぞれ声をかけてくれる。
けど俺は二人に見入って言葉を失っていた。
普段のサイドテールでは無く、髪を下ろして緩く巻いている髪型のイナイ。
逆に普段ストレートの髪を後ろで纏めているシガル。
何より二人の雰囲気を変える化粧とドレス姿に見惚れてしまっていた。
イナイは元の世界の結婚式を思い出すような真っ白なドレス。
シガルは黒を基調にして、白い布でフリルと幾つもの花があしらわれている。
「ぼーっとしてますよ、タロウ。戻って来なさい」
「あはは、見惚れちゃった?」
二人に再度声を掛けられて正気に戻り、しっかりと二人を見る。
「うん、見惚れてた。二人とも綺麗だ」
そして俺は素直に思った事を口にする。
もっといろいろ賛美の言葉は有るのだと思う。でもとにかく素直な言葉を吐き出したかった。
「・・・ありがとうございます」
「えへへ、ありがとう、タロウさん」
二人はテレながらも嬉しそうに礼を返して来た。
正直な気持ち、礼を言いたいのはこっちの気分だ。
この二人と結婚するのだという事に、俺の傍に居てくれる事に。
「失礼します。タロウ様、バーラガランド様が御用が有るとの事です」
そこで使用人さんの一人が俺に声をかけて来た。
バーラガランドって誰だ。そんな名前始めて聞いたんだが。
「お父さん、式の前にまでタロウさんに絡むつもりなの・・・」
「単に挨拶をしに来ただけかもしれませんよ、シガル」
ん、まて、今の会話から察するに、もしかして親父さん?
親父さんそんな厳つい名前だったのか。
しかし親父さんの呼び出しか。それは・・・行くしかないよな。
「会いに行きます」
「では、別室でお待ち頂いておりますので、ご案内いたします」
「お願いします」
使用人さんにお願いして、親父さんの所まで案内してもらう。
部屋を出ていく際に「タロウさん、今日ばっかりは甘い顔しなくて良いからね!」とシガルに言われてしまった。
やっぱりシガルの目からは俺の対応は甘いのか・・・。
俺は曖昧にシガルに返事をし、親父さんの下へ行く。
使用人さんに促されて部屋に入ると、親父さんは一人で待ち構えていた。
てっきりシエリナさんも一緒だと思ってたのに。
「来たか、小僧」
「はい、何の御用でしょうか」
「ふん、ご挨拶だな。息子に挨拶に来てはいかんのか」
たったその一言だけなのに、その意味にぐっと来た。
あー、この親子狡いわ。俺の心の掴み方を無意識にやるから困る。
つーか親父さんは本当に不意打ちが多くて困る。
「小僧、約束は覚えているか」
「勿論です」
「ならば良い。小僧・・・娘を泣かせたら絶対に殺すからな」
「き、気を付けます」
眼がマジだ。あれは本気の目だ。この人本当に娘を愛してるよなぁ。
シエリナさんも別方面で俺に威圧をかけて来るけど、親父さんは至極ストレートだ。
「・・・貴様が死んでも娘は泣く。孫も泣く。その事は理解しておけ」
けど親父さんはそんな過激な様子を消し、真面目な声でそう言って来た。
「もしかしてとは思ってましたけど、遺跡の事知ってるんですか?」
「全部ではないがな。私はあちらには余り関わっていない。だがある程度は聞いている。どこぞの小僧が死にかけながら仕事をしている事もな」
どこぞの小僧って、間違いなく俺の事だよな。
「私は娘の相手は平凡な男の方が良かった。その方が娘が泣く心配もしなくて良いからな」
「平凡・・・ではないですね、流石に」
「ふん、貴様が平凡などと言ってしまったら、世界中の人間の殆どが平凡以下だ」
親父さん、それは暗に俺の事を認めてるって事でよろしいのでしょうか。
それもと単純に厄介な人間で困るって話でしょうか。
判断が難しいのですが。
「小僧、私はやはり貴様が嫌いだ」
「そうですか、それは少し残念です」
正面切って嫌いと言われても、俺はこの人を嫌いになれない。
むしろ俺としては好意的な気持ちが有るだけに、少し残念だ。
親父さんはそんな俺を忌々しそうに見つめる。
「せめて貴様が私を嫌えば、すっぱり貴様を敵視出来るというのに」
「あはは、それはちょっと出来ないですね」
「ふん、解っておるわ。それが解らんほど愚鈍では無い」
「ええ、多分そうだと思います」
あの親父さんを知っている身としては、俺の考え方に気が付かないはずが無いと思える。
だからこそ親父さんは、俺をシガルの相手として許してくれたのかなと思うし。
「はぁ・・・小僧、しょっちゅう来いとは言わん。だが偶には顔を見せに来い。良いな」
親父さんは溜息を吐きながら俺にそう言って来た。
それは勿論だ。クロトも親父さん好きみたいだし、なるべく顔は会わせてあげたい。
「はい、ちゃんとシガルとクロトは顔を見せる様に」
俺がそう答えると、親父さんは物凄く気に食わなそうな顔をした。
その顔に俺が少し怯んでいると、親父さんは忌々しげな様子で言葉を絞り出した。
「そうではない、貴様が来いと言っているのだ。貴様の様子を見せに来いと言っている」
「俺、ですか?」
「全く・・・みなまで言わせるな。息子と娘達と孫、みなで来いと言っている。貴様もちゃんと顔を出しに来い。貴様が私の息子だと思うのならな」
―――――、あ、だめだこれ。
「お、おい、どうした、いきなり」
親父さんが俺の様子に驚く。
驚かせて困らせてしまうのは解っていたけど、我慢できなかった。
涙が抑えられない。感情が高ぶるのが我慢できない。
「すみません・・・ありがとうございます。ちゃんと、俺も行きます・・・お父さん」
泣きながら、言葉を詰まらせながら感謝を伝える。俺の父になってくれる人に。
最近この人に泣かされてばっかりだなぁ。
「・・・ふん」
泣きながら頭を下げる俺の頭にポンと手を置き、不服そうに鼻を鳴らす。
だが親父さんは俺が泣き止むまで、静かにそうして待ってくれた。
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