第589話納得をしたかったのですか?
「ふーむ」
僕が指した手に首を傾げ、長考を始めるヘルゾお爺ちゃん。
けど暫くして少し迷う様な手つきで駒を動かす。
僕はいつも通り、即座に次の手を打った。
「むう・・・まいりましたな」
「・・・降参?」
「いやいや、まだまだ」
僕の質問にお爺ちゃんはニヤッと笑う。
そして少しだけ考えたものの、さっきよりは短い手で駒を動かした。
予想の範疇内の動きだったので、また即座に対応する。
「・・・今回は、揺れないよ」
「ふふふ、どうですかな?」
僕の負けないという宣言にも不敵に笑い、更に駒を進めていくお爺ちゃん。
けど段々その手が少し怪しくなっていき、苦し紛れの様な一手も入り始めた。
とはいえお爺ちゃんのやる事だ。そういう風に見せている可能性も捨てきれない。
「むう、これは・・・」
お爺ちゃんが顎を擦りながら、再度長考に入ってしまった。
盤上を真剣に眺めるお爺ちゃんを見ながら、僕も次の手を考える。
ここに打って来るであろう、もしくは外してくるであろう予想を立てながら待つ。
「ここ、ですかな」
「・・・やっぱりお爺ちゃん、狡い」
「はっはっは、狡いのも技術のうちなんですぞ?」
お爺ちゃんはここまでぎりぎり追い込まれたように見せて、下準備を整えていた様だ。
手幅の広さに驚くけど、それでも完全に予想してなかったわけじゃない。
僕もここからの手は有るし、現状だけを考えればまだ僕の方が有利だ。
「・・・今日はちゃんと勝つよ」
「ふふふ、私もそうそう簡単に負けてはあげませんよ」
お爺ちゃんは不敵に笑いながら駒を進める。
僕も今日こそ勝つという意気込みを込めて駒を進めてく。
そして――――。
「・・・まけました」
負けてしまった。おかしいな、途中までは本当に僕の有利だったのに。
いくら仕込みが有ったとはいえ、本当に有利だったのに。
「ふふふ、ギリギリでしたね。いやぁ、危なかった」
「・・・でも、負けは負け」
「なんのなんの。今回は私が勝っただけで、次はどうなるかは解りませんぞ?」
「・・・むー」
悔しい。今日こそはちゃんと勝てると思ったのに。
いやまだだ、まだ時間は有るしもう一回。
「・・・もう一回」
「ええ、構いませんよ。今日はまだ時間が有りますからな」
「・・・何回ぐらい出来る?」
「そうですなぁ、先程と同じでしたら二回は出来るかと」
二回となると、終わるのはお昼ごろかな。
ちょっと残念だけど、急に来て相手をして貰ってるから贅沢は言っちゃいけない。
「事前に教えてくれれば、もう少し時間を作ったんですがな」
「・・・ごめんなさい」
「ああいや、責めているわけでは無いのですよ」
僕が頭を下げると、お爺ちゃんは慌て始めた。
そして一つコホンと咳をして、ゆっくりと語る。
「君との時間は楽しいですから、唐突な訪問も嬉しくありますよ」
「・・・ありがとう」
「いえいえ、こちらこそこんな老骨を相手して頂いて感謝の極み、と言ったところです」
老骨なんて言うけど、お爺ちゃんは背筋も伸びてしゃきっとしている。
元気なお爺ちゃんだから、その呼び方は似合わないと思う。
「それで、何か聞きたい事が有ったのではないですかな?」
「・・・解った?」
「ふふふ、年の功という奴ですな」
「・・・敵わない」
今日僕がここに来たのは、お爺ちゃんなら何か知ってるかもしれないと思ったからだ。
勿論これで遊べるなら良いなと思っていたのも本当だけど、その為だけに来たわけじゃ無い。
「・・・お母さんから、話を聞いたんだ」
「なるほど、やはり話しましたか」
お爺ちゃんは僕の言葉に一切動じず、駒を並べ始める。
その声音にも揺れた様子は無い。僕も並べながら口を開いた。
「・・・グルドさんは死んだの?」
「無事です。かなり疲弊しているようですがな」
「・・・そうなんだ」
お母さんが嘘をつくとは思いたくない。けどもしかしたら僕を気遣った可能性も考えた。
だから僕は、お母さんの言葉とは違う聞き方をした。
無事なのかではなく、死んだのか、と。それでもおじいちゃんは平然と答えて来た。
「・・・その女の子は、本当に助けたのかな。偶々そういう風に見えただけじゃないのかな」
「まるで、そうあって欲しくないと言うかの様ですな」
「・・・そんなつもりは無いけど」
「自分で確認しに行きたい、という事ですかな」
お爺ちゃんの言葉に、返す言葉が出なかった。
お父さん達に会わなくて良いと言っておきながら、本心は会ってみたくて堪らない。
本当に救われたのか、本当に兄弟なのか、それを確かめたいと。
「・・・けど、きっと、それは無理。違う?」
駒を並べ終えて目を盤上から外し、お爺ちゃんの顔を見ながら問いかける。
「・・・君は本当に賢くて、優しい子ですね」
そんな僕の頭を、お爺ちゃんは優しく撫でた。
とても愛おしそうな眼を向けながら。
「君の想像の通り、君がその地に赴くにはステル様の協力が必須。ですがステル様は動けない。動かすわけにはいかない。以前の旅行の時と違い、一直線に目的地を目指す様な動きを見せれば何か在ると言っている様な物ですから。だからこそ、陛下は報告に言葉を濁した」
「・・・うん」
そして濁した理由は他にもある。お母さんはそれでも、お父さんと僕の為に動きかねない。
迷惑をかけない様に国とは縁を切って。けど僕はそんなのは望まない。
お母さんが僕の為に頑張ってくれるのは嬉しいけど、その為に何かを捨てるなんて嫌だ。
「・・・凄いね、お爺ちゃん。全部お見通しだ」
「はっはっは、伊達に歳はくっておりませんのでな」
僕の懸念も何もかも、お爺ちゃんにはお見通しだった。
単純に僕の考えが浅いのかな。
「・・・ねえお爺ちゃん、教えて欲しいんだ。言えなかったら、それでも構わない」
「何ですかな?」
「・・・その子が本当に危険だったとして、その事を僕に教えるかな」
「教えは・・・するでしょうな。ただし―――」
お爺ちゃんはそこで目つきがきつくなった。
普段僕に向ける優しい目とは違う、きっとお仕事用の目を。
「君達を向かわせる、という判断を陛下は下さんでしょう」
「・・・そう、なんだ」
「ええ。陛下は優しき人故心を痛めるとは思いますが、少なくともあの国に我が国の兵を向かわせる事も、君達に赴けという事もないでしょう」
「・・・そっか。ありがとう、お爺ちゃん」
予想はしていた。その子が本当に危険でも、僕達にそこに向かう様にとは言わないだろうと。
お母さんの言っていた事、わざわざ言葉を濁して伝えられた事、そこには態々助けに行く必要のない国での出来事だという事が理由にある。いや、助けに行くのは良いんだと思う。
けどそれは、他国に惨状が知られるような事件が起こらないといけない。
「・・・ブルベさん、大丈夫かな」
「っ、はっは、まさかそこで陛下の心配とは。本当に君は優しい子ですね」
お爺ちゃんは僕の発言に少し驚いて、また優しい目に戻った。
そして嬉しそうに僕の頭を撫でる。
僕は純粋に思った事が口に出ただけだった。
「少なくとも今は君が心配する様な事は無いですよ。大丈夫です」
「・・・ん、解った」
「よしよし、では始めましょうか」
「・・・負けない」
懸念が全部消えたわけじゃ無いけど、少しだけ安心した。
多分本当に、向こうに居る人物がそこまで危険じゃないと解ったから。
本当に兄弟なのかどうかはまだ解らない。けどそうあってくれると嬉しい。
結局お爺ちゃんにはこの日も勝てなかった。
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