第588話親の心配です!
「・・・お父さん、今日は出かけて来ても良い?」
遠くの遺跡事件の報告をされた翌日の朝、クロトが寝起きの俺にそう聞いて来た。
別にクロトが出かける事を禁止した覚えは無いのだけど・・・。
ああそうか、クロトが出かけると、浸透仙術の訓練が出来ないと思ってるんだな。
「いいよ。どっか行きたい所が有るの?」
「・・・お城」
「城に?」
城に何の用なんだろうか。あ、もしかしてヘルゾさんに会いに行こうとしてるのかな。
確かクロトが気に入った盤上遊戯の遊び仲間だっけ。
クロトが懐いてる人でも有るし、挨拶に行きたいのかもしれないな。
「クロト、城に行くならあたしが一緒に行こうか?」
「・・・ううん、一人で行きたい」
イナイの提案に首を振るクロト。珍しいな。クロトは一人でいる事をあまり好まない口だ。
目的地が同じなら、それこそ一緒に居るのがイナイなら普段は嬉しそうに頷く。
まあこの子も何か思う所があるのかな。
「そうか、解った。気を付けて行ってきな」
「・・・うん、ごめんなさい、お母さん」
「謝るこたぁねえよ。何かやりたい事が有るんだろ。気にすんな」
「・・・ありがとう」
優しく頭を撫でるイナイに緩ーい笑顔を向けるクロト。
そういえば聞かれたのは俺だった様な気がするのですが、いつの間にか放置されてる様な。
・・・まあ、いいか、いつもの事だし。
「ああ、そうだタロウ。昨日言い忘れてたんだが、アルネが暇が有れば来いって言ってたぞ」
「アルネさんが? 何だろう」
「前と同じだよ。出先の間にどうせ鍛冶やって無いだろって。偶にはやりに来いってな」
「あ、はい、了解。近いうちに行きます」
むしろ好都合だ。最近そろそろ何か作る様な事したいなと思ってた所だし。
樹海に帰っていれば今頃イナイに色々教えて貰っていたんだけど、俺が親父さんに弱いせいでまだシガルの実家に滞在中だからな・・・。
「あたしは今日は一日やる事無いが・・・どうすっかなぁ」
「お姉ちゃん、今日は暇なの?」
「おう、やらなきゃいけねぇ事はあらかた済ませたからな」
「じゃあ今日は三人でゆっくり出来るね!」
シガルさん、ハクさんの事忘れてませんか。あいつシガルに忘れられたりしたら絶対拗ねるよ。
今は寝ているので耳に届いていないけどさ。
「今日はお母さんも出かけるし、あたしが居るから家にはあたし達だけだよ」
「・・・シガル、その顔はゆっくりする気ねえだろ」
シガルがニヤッとした、とてもいやらしい顔を見せる。
イナイは彼女の意図を見抜き注意をするが、シガルは特に気にした風もない。
俺も最近は慣れた物で、いつもの光景だなぁなんて思っている。
いかんな、完全にシガルのペースに慣れてしまっているな、これ。
「俺は一応鍛錬自体はしておきたいんだけど」
「おー、それじゃグレットの散歩ついでにいくかぁ」
「そうだね、行こっか」
「シガル、お前は留守番だろうが。お前が居るから両親は家を完全に空けてんだろ」
「あ」
珍しく間の抜けた事をやってしまったシガルは、悔しそうに「ハクー、お姉ちゃんが狡いー」と寝ているハクに覆いかぶさって驚かせていた。
シガルに少しやり返せたイナイは楽しそうに笑っている。クロトも若干笑顔だ。
その後はイナイの言葉通りグレットを連れて街の外に行き、いつも通りの鍛錬を通す。
最近は弱い攻撃魔術なら無詠唱でも出来る様になって来たな。相変わらず強めのは無理だけど。
精霊石が有るから良いかな、って感覚が良くないのかもしれない。
仙術は完全に調子が戻って何の問題も無いし、むしろ最近は体が良く動く。
鍛錬を終わらせて柔軟をしていると、グレットをブラッシングしていたイナイが口を開いた。
「なあタロウ、クロトの様子をどう思う?」
「昨日の話? それとも今日の話?」
「どっちも、かな。本当はアイツ、会いに行きてぇんじゃねえかなって思ってよ」
「・・・多分、会いに行きたいのは会いに行きたいんだと、俺も思うかな」
クロトは自分と同じ存在に会いたいと俺に言っていた。
あの時のクロトは普段とまるで違う雰囲気で、固い決意を心に持っているのが目に見えた。
もしその相手が脅威ではなくなったのだとしても、自分が手をかける必要がなくなったのだとしても、クロトがそれだけの意思を見せた相手だ。
「結局クロトの気持ちはクロトにしか解からないけどさ」
「そうだな・・・」
会わなくて良いなら会わない方が良い。クロトはそう結論付けた。
勿論それが嘘では無いのだろうけど、全てでは無いだろう。
それは昨日クロトが言った言葉からも察する事が出来る。
「いざとなったら僕が殺す、って言ってたけどさ、クロトの気持ちを蔑ろにする気は無いけど、本当はやらせたくないんだよな、俺」
クロトが覚悟をもって、強い想いを持っているのは解っている。
何となくだけど、あれは苦しんでいる肉親を救いたいとか、そんな感じなんじゃないだろうか。
そう感じてしまうからこそ、やらせてやりたいと思うし、やらせたくないとも思ってしまう。
「だから正直な気持ち、今回の事が本当であってくれると俺は嬉しい。本当にその子がクロトと同じなら妹みたいな物でしょ。兄妹で殺し合いなんてしてほしくはないからさ」
「・・・そうだな、あたしもそう思うよ」
イナイは俺の言葉に優しく頷いてくれた。
それが嬉しくてイナイの傍まで寄って彼女を抱きしめる。
今回の事は実際はどうなのかはわからない。なにせ本人が何も語らないせいで解らないそうだ。
けど俺は、彼女がクロトの妹である事を望んでいる。
クロトの決意が空振りしてしまう事にはなるけど、きっとその方が良い。
「クロトにも整理できない物が有るだろう。あたしらには解んねぇ気持ちを抱えているはずだ。幸いにも今回は急く様な必要ねえし、あいつの判断をゆっくり待ってやるしかねえんだよな」
「そうだね。うん、決めるのはクロトだもんな」
心配だけど、気になるけど、それでも最後に決めるのはクロトだ。
現状急いで向かわなければいけないという状況でない以上、クロトがやりたいと言わないのであれば、俺達から何かを投げかけるべきでは無いと思う。
あの子は賢い子だもん。きっと俺達がこう事考えてるんだろうなってのも解ってる気がする。
「こういう時シガルはつえーよな」
「あー、あの子は真っすぐだからねぇ」
シガルもクロトの心配は勿論している。けどシガルは本人が強く決めた事はやらせる人間だ。
だから本人がやりたいと言った事とは別の形で手を貸そうとするだろう。
俺達もそのつもりは有るけど、シガルはその判断のブレが凄まじく小さい。
本人がまっすぐ全速力で生きる人間性なのが、その理由にもなっているんだと思う。
「案外ハクの奴が一番心配してたりしてな」
「ハクが? どうかなぁ。昨日だって欠伸して聞いてたし」
「あいつがクロトの事で素直に感情見せるかよ」
「あー、それは確かに」
言われてみると、クロトが変わるきっかけになった事って、ハクが絡んでた事が有るな。
逃げたクロトを助けに行ったのも、結局ハクだし。
「ま、あたしらは出来る限り保護者やってやるしかねーか」
「頼りにしてますお母さん」
「頼りになんねーぞお父さん」
お互いの発言に「くっ」と笑う。もうあの呼び方が完全に慣れている自分達がとても楽しい。
初めてお父さんって呼ばれて、何度も否定してた頃が懐かしいな。
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