第587話ほうれんそうです!

「タロウ、ちょっと真面目な話がある。クロトもこっち来い」


ある日イナイが真面目な、緊張感のある面持ちで俺とクロトを呼んだ。

因みにまだシガルの実家である。親父さんがクロト離してくれない。


いや、まあ、シガルとクロトが去る話をすると泣いて縋る親父さんを見て、思わず躊躇してしまった俺が悪いんだけどさ・・・。

シエリナさんとシガルに「甘やかさないで欲しい」って言われた。

私甘いのかしら。でも親父さんに強くは出られないんだよなぁ。


「お姉ちゃん、あたし達居ない方が良い?」

『んー? 邪魔ならどこかに行くぞ?』

「いや良い。お前らなら聞かれて困る話じゃない」


名指しで呼ばれた事で席を外そうとする二人だったが、イナイはそれを引き留める。

なので二人はそのまま傍でイナイの話を聞く体勢になった。

ハクは竜の姿で寝っ転がってるけど。こいつ本来の姿だと基本丸まってるな。


「遺跡の話なんだが・・・ポヘタやリガラットと同じ現象が起きた遺跡が発見された」

「っ! それ、犠牲者とかは?」


イナイの言葉に驚きつつも、一番気になる事を聞く。

もしそんな事が有ったなら、誰かが死んだ可能性が有る。

そして何よりも怖いのは、その後何かが出てきた可能性が大きい。


「被害に遭ったのはグルドで、あいつ自身が連絡持って来たから無事だ」

「あ、グルドさんだったんだ」


流石だな、あの人防御手段持ってるのか。

という事は、もしかしたらグルドさんって仙術効かないのかな。

あの人魔術の技量がセルエスさん並みなのに、仙術も効かないとなると何も通用しないのでは。


「グルドは命を吸い上げられて倒れたが、途中で遺跡は停止。何とか生き残ったらしい」

「え、ちょ、大丈夫なのそれ」

「ブルベが焦ってない以上、そこまで切羽詰まってる様な状態じゃないだろう。大丈夫だ」

「そ、そっか・・・」


それでも心配だな。アロネスさんは一応翌日から動けはしたけど、暫く休んでいた。

防御方法が無かったのであれば結構なダメージのはずだ。本当に大丈夫かな。


「その遺跡はちっとばかり離れた国にあってな。あんまり国交は無い。ウムルから人を送れる様な所じゃないから、応急処置としてグルドが人避けの結界を張ってる」

「あ、俺がその遺跡壊しに行くとかじゃないのね」

「お前への話は、その事で遺跡に対する危険認識が増した報告だ。今後遺跡の破壊、および新発見した遺跡の対処は全面的にお前に任せる事になった」

「それって・・・魔人も俺が倒せ、って事、だよね」

「そうなるな」


そっか、そういう結論になったのか。

魔人とは俺自身は一度も相対した事が無い。その見た目は人に近い姿らしい。

けど彼らは人間に害意を持っている。殺さなきゃ、殺される相手。

人の形をした相手を、本気の殺意でもって殺さないといけない相手だ。


「タロウ、お前には酷な事かもしれないが――――」

「やるよ。そうしないとイナイとシガルが守れないなら、俺はやる」


イナイは俺の心情を察し、優しい言葉をかけようとしてくれた。

俺はそれを止める為に自分の意思を告げる。

遺跡の事は理解している。あれは俺達にとって要らないものだ。

俺の家族にとって、イナイにとって、何よりもクロトにとって在っちゃいけない物だ。


既に俺は遺跡を数個破壊している。あの時点で人殺しはしているも同じ事だ。

そこから目を逸らす気は無いし、家族の為に躊躇わないと決めた。

クロトを殺されるぐらいなら、俺の手を下す覚悟は出来ている。


「・・・そっか。ありがとう、タロウ。ごめんな」


イナイは複雑な表情で俺に礼と謝罪の両方を述べた。

謝る必要は無いんだけどな。俺がそうしたいだけだし、その分甘えさせて貰うと思うしね。

それに俺は二人に甘えられるから頑張れるだけだ。俺一人だったら逃げてる可能性も有る。


「んで、次はクロトだ」

「・・・なに、お母さん」


イナイは厳しい顔に戻り、クロトの方を向く。

クロトは相変わらずのぽやっとした顔で、首を傾げて返事を返した。


「今回グルドには同行者がいた。ブルベは口にはしなかったが・・・もしかしたらそいつが原因の可能性が有る。言ってる意味、解るよな」

「・・・僕と同じ存在の可能性、だよね」

「ああそうだ。もしそうなら・・・お前はどうしたい、クロト」


グルドさんに同行者?

しかもクロトと同じ存在って、どういう事だろうか。

そう判断出来る内容が何か有ったのかな。情報が少なすぎて良く解らない。

まあ後で教えてくれるだろうし、今は黙って聞いておこう。


「・・・そいつが僕と同じ・・・いや・・・でも・・・」

「どうしたクロト、何か気になる事が有るなら言ってみな」

「・・・もしそうなら、きっとグルドさんは死んでると思う。僕は一度だけ僕と同じ者の存在を感じ取ったけど、あいつには殺意と恨みしかない。人間をその状況で生かすと思えない」

「そうなのか・・・クロトがそう言うって事は、本当に偶然なのか?」


クロトの返事に考え込む様子を見せるイナイ。

ちょっと前にクロトから聞いた話だと、確かにクロトはそんな事を言っていた。

何もかもを恨んでいる存在。全てを殺したいとしか思えない存在。

もしそんな物が傍に居たのなら、弱ったグルドさんを放置するとは思えない。


だがイナイは暫くして、何かを思いついた様子で口を開いた。


「なあ、クロト。もしその娘が、その殺意から解放されていたなら、可能性は無いか?」

「・・・殺意から、解放?」

「ああ、そいつには呪いがかけられていたと言っていた。お前の知るそいつも、そういう感じだった可能性は? もし解放されたなら、人を助ける事も有るんじゃないか?」

「・・・それは、無理、だと思う。確かにあれは呪いの様な物だけど、世界の摂理を捻じ曲げられるぐらいの力が無いと、解放はむ―――」


クロトは何か思い出した様に言葉を止める。

そして目を見開きながら、続きを口にし始めた。


「・・・魔法、使い。まさか、本当に本物の? それで解放された?」

「クロト、どうした、何に気が付いた?」


最近減って来た、本人も理解していない様な唐突な語りの様子を見せ、それに慌てるイナイ。

俺とシガルも少し心配で傍によるが、ハクだけは欠伸をしてどうでも良さそうだった。


「・・・解らない。解らないけど、もしそいつが僕と同じなら、僕は・・・会いたいけど、会わなくて良いと思う」

「それは、何でだ?」

「・・・呪いから解放されて、誰かを助けたなら、きっとそれは本当の意味で僕と一緒だから」

「一緒?」

「・・・うん、僕と同じで、きっと救われた。沢山の救いを貰った筈」


クロトは遠い何処かを見つめる様に、イナイの問いかけに応える。

その表情は何処か安堵している様に感じた。


「んー、つまり、もしそいつがクロトと同じ存在でも、問題は無いって事だな?」

「・・・少なくとも、焦って殺さなきゃいけない相手じゃない。ただその子が僕と同じかどうかは判らないけど」

「成程な。解った。ありがとな、クロト」

「・・・うん」


クロトの言葉から、イナイは当面は問題なしと結論付けた確認をする。

それに頷き、礼を言って撫でるイナイの手に目を細めるクロト。


「・・・殺さなきゃって、助けてあげなきゃって思ったけど、そういう可能性も有るんだ。あの人なら、お父さんなら、そうやって助けられるかもしれないんだ・・・でも、それでも」


嬉しそうな笑顔のままクロトは呟く。だがその呟きは後半になると静かな重さを孕んでいた。


「・・・いざとなったら、僕が、殺す」


自分に言い聞かせる様に、俺達に聞かせる様に、クロトは静かに強くそう言った。

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