第586話現地の魔法使いの仕事ですか?

「人使い荒いぜ・・・まだ大分体重いんだけどな、俺。休めって言いながら休めねーじゃんか」


通話を切って、思わず呟いてしまった。

溜め息を吐きながら重い体に鞭打って立ち上がり、嬢ちゃんの様子を確認しに行く。

嬢ちゃんはぐっすりと眠っており、起きる様子は無い。

暗い山の中だってのに全くの無防備だ。獣に食われちまうぞ。


「気楽なもんだな、こっちは今回の事で気を張らなきゃいけなくなったってのに」


今回の事で兄貴に嬢ちゃんの事を全て話し、兄貴からは嬢ちゃんの監視の指示を受けた。

もしかしたら嬢ちゃんが魔人の可能性もある事も伝えたが、快楽や上位者としての矜持の為に殺すのではなく、確かな恨みの想いをもって殺す時点で魔人とは違う可能性が高いと言っていた。


俺も最初に出会った時の余りに憎しみに染まった瞳に、何かが有ったのだろうと判断して娘を保護したのだし、その判断はおかしくは無いと思う。

実際嬢ちゃんからは何かおかしな力を感じていた。だからこそ呪いに気が付けた。

そもそも魔人連中は、嬢ちゃんと違う意味で話がまるで通じない。

聞きたい事は殆ど答えねえくせに、聞いてもいない事をべらべらと喋りやがるからな。


だがそれもあくまで可能性。魔人である可能性も捨てずに構える必要がある。

少なくともこの嬢ちゃんが魔人と何かしらの関わりがある事は確定しているし、他の遺跡の場所を知っている可能性も高い。

その辺りも後日聞き出す必要が有るな。言うかどうか解んねぇけど。


もしかすると嬢ちゃんはクロトと同じ存在かもしれない。

それならば嬢ちゃんの異常性もある程度説明が付く。あの呪いに関しては結局解んねぇけど。


だが確定では無いし、そう決めつけて動くわけにはいかない。

俺達が知らなかっただけで、他の理由で遺跡が機能した可能性だって有る。

下手な決めつけは危険だし、起こった事実への対処が先だ。


今回の遺跡は念入りに埋めた上に、呪いに近い物を周囲に張って人避けをしている。

何時までも保つ物じゃないが、暫くは誰も近づけない。少なくとも年単位で維持出来るはずだ。


それにクロトの時の様に、何かが生まれようとしていた可能性もある。

実際はどうかは解らないが、解らない事だらけな以上全てに対処する様にしておいた方が良い。

考えうる限り、全ての対処を。

ここ以外の遺跡には兄貴が出来る限り手を回すと言っていたし、それを信じておこう。


「一応アロネス兄さんをこっそり来させるつもりみたいだけど、どうやるつもりやら」


多分国境とか全部無視して来るつもりだろうな。大っぴらにウムルから人間を寄こすわけにはいかないとはいえ、ばれたら本当に問題有るのに良くやるよ。でも今回ばかりは助かる。

兄さんの精霊なら、嬢ちゃんが魔人なのかクロトと同じなのか人間なのかの判別もつくだろう。


せめて嬢ちゃんがクロトの様に珍しい瞳でもしてりゃ別だが、何処にでもある普通の目だ。

戦闘も特殊な物を使うでもなく肉弾戦な上、うちの騎士共より強い程度だ。

中途半端なせいで余計に判断に困るんだよなぁ。


「下手に国外に連れて行くのも怖いし、どうしたもんか」


目的の一つを聞きだしはしたが、それだけとは限らない。

今回だって俺を撒こうとしやがったし、実際は見失った時間が有ったんだよな。

万が一国元で嬢ちゃんを見失って何かが有れば、たまったもんじゃねえ。


俺を出し抜くとか、この時点で異常は異常なんだよな、この嬢ちゃん。

本当は監禁でもしておくのが一番だとは思うんだが・・・。






『グルドウル!』






意識を失う前に聞こえたあの叫び。悲痛な、余りにも悲し気な叫び。あれが記憶に残っている。

俺の名を呼ぶ、嬢ちゃんの声が。

そして目を覚ました時に見た物は、脂汗を流しながら震える体で俺を背負う姿。

消耗しきった小さな体で俺を助けようとしていた。


あれを聞いてしまい、見てしまった以上、俺は嬢ちゃんに悪い感情を持てない。

甘ちゃんだと我ながら思う。思うが、こいつを見捨てようとは完全に思えなくなってしまった。

複雑な気分を抱えながら、気持ち良さそうに寝ている嬢ちゃんをに目を向ける


「くっそ、気楽に寝やがって。こっちの心労も考えやがれ」


寝ている嬢ちゃんの頬を引っ張ると、嫌そうな顔で手を上げて振り払おうとする。

だが寝ている時の嬢ちゃんは力が入っておらず、俺の腕を振り払えないでいた。


「くくっ、こんな事されてるの知ったら、絶対怒るだろうな」


嬢ちゃんは一度眠りに入ると、一定時間はそうそう簡単には起きない。

さっき寝入ったばかりなのでこの程度では何の問題もない。

でもま、このぐらいで勘弁してやるか。


手を放すと嬢ちゃんはしかめっ面のま腕を下ろし、苛立った顔で寝息を立てる。

その様子が少しおかしくて笑ってしまった。


「くっくっく・・・本当に面倒な嬢ちゃんだ」


遺跡にやられたせいか体が余りに重く、普段と勝手が違いすぎる。

呼吸すら辛いのが現状で、この状態では嬢ちゃんを監視するのもひと苦労だ。

けど、しょうがない。最後まで付き合ってやるよ。


「泣きそうな顔しやがって。素直じゃ無いな、お前」


あの時見てしまった。こいつの顔を。倒れる俺に縋る様な、今にも泣きだしそうなあの顔を。

さんざん悪態ついてたくせに、あんな顔見せるなよ。あんな辛そうな顔。

おかげで本格的に見捨てられねーじゃねえか。


「お前が何者でも付き合ってやるし、守ってやるよ。だから泣くな」


あんな泣き顔は、いつも不遜なこいつには相応しくない。

いつも通り偉そうにしておけ。俺が助けてやるから。

何を抱えているのか知らないが、俺が手を貸してやる。

お前が頼った相手は、お前が出会った相手は『本物の魔法使い』になる男だぞ。


「魔法使い舐めんなよ」


重い体を誤魔化す様に、虚勢を口に出して自分に活を入れる。

呪いにかけられた娘を救う魔法使いなんて、それこそ英雄の仕事じゃねえか。

さんざん時間かけて鍛えただろう。痛みが何だ。眩暈が何だ。吐き気が何だ。


―――子供一人ぐらい救って見せろ、グルドウル。

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