第585話遠くの遺跡のお話ですか?
「そうか、解った。ああ、気を付けてな」
通話を切り、深く溜め息を吐く。
もうすぐめでたい姉さんの結婚式だというのに、この時期に面倒な報告だ。
いや、報告してきた人間を責めるわけにはいけないか。
きちんと対処と封印もしてくれた様だし、暫くは問題無いだろう。
ただ頭を抱える要素が増えた。
今まで何も起こらなかった事が幸運だったのか、何かの要素が揃ってしまったのか。
どちらにせよ皆に伝えねばならない。
「キャラグラよ、丁度居てくれて助かった。頼めるか?」
「はっ」
別件で報告に来ていたキャラグラに声をかけ、この件の対処を頼む。
これは関係者には早急に伝えねばいけない事案だ。
彼は頭を下げるとすぐに部屋を出て行った。
後は任せておけば遅くとも数日中に全員に連絡が行く事だろう。
「クロト君が居なくても起動するとは、予想していなかったわけでは無かったが実際に起こってしまうと厄介だな」
グルドの報告ではその遺跡からはクロト君の様な存在ではなく、魔人が出て来たと言っていた。
その上遺跡に入った時点で既に起き上がっていたらしい。
魔人自体は難なく倒してしまったそうだが、その後が問題だった。
皆に伝えるのは気が重いが、伝えずにいる事は更に被害を呼ぶ。
それにキャラグラに指示を出した時点で、いずれ皆の耳に入る。
少なくともイナイ姉さんには絶対に伝えておく必要が有る。
タロウ君の仕事が、今後増える可能性も考えて。
「あー、気が重いなぁ・・・タロウ君の性格考えると素直に頷くだろうし、そうすると姉さんが凄く心配そうな顔するんだよなぁ」
腕輪を操作し、皆に繋がる様にする。
今の時間は少し夜遅いが、全員反応を返してくれるだろう。
勿論、今回はミルカには繋げていない。彼女には出産に集中して貰う。
「すまない、緊急だ」
私の言葉に、顔が見えなくとも腕輪の向こうから緊迫した空気を感じる。
『どうした、何が有った』
イナイ姉さんが代表の様に私に問いかけて来た。
彼女の緊張感の有る声音に、更に気が重くなってきた。
「グルドウルが他国で遺跡を見つけた。中の魔人は問題なく打倒されたそうだが、その場で遺跡の機能が働いたそうだ」
『な、兄さん、グルドは? あいつ生きてるの!?』
「お、落ち着いて、セル。グルド自身から連絡が来ての事だから。ちゃんと生きてるよ」
『そ、そうなの・・・ごめんなさい、兄さん。ちょっと取り乱したわ』
グルドの事を伝えるとセルエスが真っ先に反応し、慌てた様子で問い詰めて来たので、本人からの連絡だという事を伝える。
返事を聞いたセルエスはすぐに落ち着きを見せた。
私は、そんなセルエスに少しだけ安心をしてしまう。
あれだけいがみ合っていてもやはり弟の事が心配なんだな。良かった
ただ腕輪の向こうから微かに「大丈夫だよセルエス。彼は強い魔術師だろう?」「ええ、そうね」という会話と、布がこすれ合う音が聞こえる。
それだけなら良いのだが、口づけらしき音が聞こえたのは気のせいだろうか。
皆と通話が通じているのが解っているはずなのに、この夫婦は何時でも同じ調子だな。
私も後でリファインに慰めて貰おう。
「今回グルドウルは一人じゃなかった。同行者がいて、その人間が遺跡に引きずり込まれるという現象も有ったそうだ」
『それって、グルドが前に言ってた拾った娘か・・・その娘が自ら潜った可能性は?』
「それは無いそうだ。本人も驚いて、慌てて伸ばしたグルドの手を取ろうとしていたらしい」
『てことは、娘はただ巻き込まれただけって事になんのか』
イナイ姉さんの疑問にも詳しく返答する。
グルドからの報告では土の中を抵抗なく沈んでいったらしい。
その上捜そうとしても魔力が上手く周囲に通らず、見つけるのも駆けつけるのも遅れたそうだ。
その辺りも含めて説明しておく。
グルドの失敗を語る様な感じにもなってしまっているが、こればかりは仕方ない。
そしてこの事で新たな事実として、遺跡に人が吸い込まれる危険という物が出て来た。
これは今までになかった現象だ。
この事に関しても説明し、行方不明者から遺跡の存在を捜せないかという事も伝える。
キャラグラには既にその旨は伝えているし、暫くすれば捜査も始まるはずだ。
「遺跡内で同行者が殺されかけていた所にグルドが到着、魔人自身は難なく撃破。同行者も負傷はしていたが、死に至る程では無かったそうだ」
『その後に遺跡がその同行者と殿下の命を吸い上げた。という事ですか』
「ああ、その通りだよ、ロウ。ただどうやら途中で止まったらしく、同行者の娘もグルドも無事だったそうだ」
グルドが気が付いた時には、娘が手足を震わせながら自分を背負って遺跡を出ようとしていた所だったそうだ。
どうやら娘の方が先に目を覚まし、グルドを助けようとしてくれたらしい。
『・・・その娘、何者だ』
だがそこで、アロネスが静かな声で問う。娘の存在に疑念を持った様だ。
当然だろう。わたしもアロネスと同じ気持ちだ。
例え遺跡の機能が停止したとして、何故グルドより先に動けている。
そして何よりも娘の目的から、明らかに何かを抱えている事が見て取れる。
「解らない。本人は殆ど身の上を語らないそうだ。数少ない解っている事は、本人に凄まじい呪いがかけられていて、魔人と人間を恨んでいる、と言いう事だ」
前回はグルドが話さなかったので問い詰めはしなかった。だが今回の事は話が別だ。
遺跡関連であり、娘に疑念を持ってしまった以上、グルドの知っている事は話させた。
だがそれでも、引き出せた情報は余りに少ない。
「娘は魔人に勝てる程は強くない。だがグルドから聞いた話では、娘の戦闘能力はウムルの騎士達でも一対一ではきついだろうな」
『・・・が、本人は何も語らず、か』
「ああ、なのでグルドには娘から絶対に離れるなと伝えてある。それだけの力が有るのであれば、下手な人間では監視すらままならない可能性もある」
『その方が良いだろうな。どうせあいつは国元に仕事がねえんだし』
アロネス、それは言わない約束だよ。
一応席残して、皆解ってて一応居る前提でやってるんだから。
『ねえ、何で本人居ないの? グルドと話している時に皆呼べばよかったんじゃないの?』
「喋っていた感じから結構辛そうでね。皆が居るとあいつ強がるし、多分話も長引くと思って、必要な情報だけ引き出して休ませたんだ。すまないね」
「あー、そうなんだ」
リファインの言葉に謝り、何故本人が繋いでいないのかを説明しておく。
無事とは言い難いものの生き残って報告して来た声は、普段のあいつからは聞く事が出来ない疲弊したものだった。
とにかく早く伝えようとしたのだろう事が感じ取れたので、手早く済ませで休むように言った。
勿論回復したらまた連絡を寄こせとは言ってある。
『呪いってのはどんなのだ。聞いてんのか?』
「ああ、自意識を失う程の殺意。とにかく人を、生き物を殺したくなるらしい」
『んだそりゃ、またえげつねぇな』
アロネスの言葉に心から同意する。
娘は力を持っている。その上でそんな呪いを受けていれば、誰も助けてはくれないだろう。
弟の様な、尋常の者では無い力を持った存在でなければ。
ただ、だからこその疑問だ。一体娘が何者で、何処の出の人間なのか。
何故魔人を、人を恨んでいるのか。
複数の想像は出来るが、本人が多くを語らない以上想像の域を出ない。
「そういわけでまた遺跡の不思議な機能が解ってしまった事で・・・姉さん、すまない」
『ああ、解ってる。犠牲者を出さねぇ為には、それが一番だ』
「彼には無理をさせて本当にすまないと思う。勿論家族である姉さんやシガルちゃん達にも。だがこれでもはや、遺跡内部に彼以外を入れる事は絶対に出来なくなってしまった」
今回の件で、遺跡が確実に危険な物と判断出来るようになってしまった。
いや、遺跡内部での戦闘は絶対にしてはいけないと、判断するしかなくなった。
これまでが幸運だったのか、グルドウルの運が無かったのかは解らないが、不確定要素が多すぎる以上もう遺跡の中での戦闘は出来ない。
彼以外は、タロウ君以外は遺跡に入る事が出来ない。
魔人は復活即座に倒す方が良いだけに、この結果は痛すぎる。
正確に言えば、おそらくリファインとギーナ、そしてミルカは行けるかもしれないが、安全とは言えないだろう。
体の負荷が有るとしても、完全な状態で戦えるのは現状彼だけだ。
気分を重くしながら姉さんにこの事実を伝えると、姉さんは明るい声で返してくれた。
『タロウがこの時代に、あたし達の前に現れた事。それが幸運だったんだよ。そう考えようぜ。それに今のあいつなら魔人ごとき敵じゃねえよ』
「すまない、姉さん。ありがとう。そう言ってくれると助かる」
現状タロウ君の身体への負荷はクロト君以外には解らない。
けど彼の言葉を信じるなら、タロウ君は遺跡破壊のたびに死に足を踏み入れている事になる。
金による報酬以外を渡せないというのに、彼にはそんな危険な事をさせている。
それが解っていても彼に頼むしか選択肢が無い。
私はそれが、とても悔しい。
『ブルベ、あんま抱えんな。しょうがねえんだよ。良かったじゃねえか、対処出来るんだから。勿論あの馬鹿は体の負荷考えねえからゆっくりになっちまうが、それでも対処出来るんだ』
「そうだね、うん、ありがとう、姉さん」
『おう!』
優しい姉さんの言葉に感謝しながら頷く。
イナイ姉さんはやっぱり変わらないな。本当は、姉さんだって心配なんだろうに。
全く、いつまで経っても私は頼りない弟分だな。
「今後の方針としては、新しい遺跡を見つけたらそちらを優先して壊す形になると思う。今まで発見した分は既に魔人は倒しているからね。けど、それでもどうしても対処しきれないと判断した時は、皆に頼む」
タロウ君が何時でも動けるとは限らない。
遺跡が都合よく彼が動ける時に発見されるとも限らない。万が一は、きっと有る。
その時は、彼らに頼むしかない。
『この身は陛下の盾であり剣。返事は決まっております』
『そーそー、まっかせなって。いざとなったらあたしが遺跡ごとぶっ壊してあげるからさ』
『リンちゃんの言葉は論外として、兄さん一人で背負う必要は無いからねー』
『まあ俺も危なくねえ程度に手を貸してやるよ。一回倒れたから危険度合いも解ってるしな』
『俺も力になれる範囲でやるとしよう。鍛冶師風情が何処までやれるかは解らんがな』
『要は遺跡から出た所で仕留めりゃ良い。対策はいくらでも有る。技工士舐めんなよ?』
私が信頼する一番の仲間達の返事で、不安が消えて行くのを感じる。
本当に力強い仲間達だ。
「すまない、皆、頼む」
見えてはいないだろうが頭を下げて、皆に感謝の気持ちも込めて頼んだ。
何が起ころうと、誰一人欠けずにあって欲しいという願いも込めて。
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