第584話回収。
山の中を誰に邪魔される事もなく悠々と歩く。
今日は体の調子がやけにいい。今ならば何が来てもどうとでもなる気がする程だ。
実際はそんなわけが無い事ぐらいは解っているが、ここ最近では一番調子がいい。
「邪魔者も撒けたし、気分が良い」
最近何かと俺のやる事にケチをつける男が近くに居ない。ただそれだけで気分が軽くなる。
そもそも我慢出来る様になっただけで、人間が嫌いな事に変わりはない。
腹の底から殺意がじわじわと溜まって行くのを我慢するのは、そこそこに苦痛だ。
その上気に食わない人間を殴る事すら我慢しなければいけない始末だ。
全部あの男のせいで溜まった鬱憤であり、全ての責任はあの男にある。
「む、邪魔だ」
一人歩く俺を獲物と見定めたのであろう魔物が飛びかかって来たので、片腕を無造作に振るって肉片に変える。
意識して魔物を屠るのは久しぶりだが、思っていたより体が上手く動いた。
男と何度かやり合ったせいなのか、自分の体の動かし方が初めの頃より馴染んだように感じる。
貧弱な体なのは相変わらずだが、これならば竜にでも相対せん限りは問題無いだろう。
「さて、感じるぞ。こんなに近場に有るとは運がいい」
近くに俺の存在を感じる。そう遠くない位置に俺の欠片が在る。
余り強い力を感じないという事は、この欠片はそこまで力を有していないのだろう。
だが取り込めば少しでも力が戻る。貧弱な一欠片でも取り戻しておきたい。
感じるままに暫く歩き、道中襲い掛かってくる魔物を運動がてらに屠って行く。
生前ならば魔物は俺を恐れて襲い掛かってこなかったどころか、此方から追いかけて殺しに行っていた。この現状はそれだけ俺が弱くなったという事だろうな。
しかし邪魔だ。先を急ぎたい身にとってはうっとおしい事この上ない。
嘆いていても仕方ない。今は幸運の方だけに意識を向けておくとしよう。
また一体魔物を屠りながら、目的地に向かって歩を進める。
そうして暫く歩き、俺の存在を足元に感じる位置まで到着した。
「ここか」
「ここが目的地なのか?」
「そう―――」
俺の呟きに話しかけて来た者が居た事に驚き、振り向いて確認をする。
そこには撒いたはずの男が、俺に訝しげな顔を向けながら立っていた。
「貴様、いつの間に! 何時から居た!」
「最初からずっと。俺を撒けると思うな阿呆」
「くっ!」
男の言葉に顔を歪めて睨む。
最初からという事は、撒いたと思ったあの時からずっと付けて来ていたわけか。
俺に一切気が付かれる事無く、俺の目的を探るために。
「ここに何が有るんだ? 見た所周囲には何も無い様にみえるんだが」
「貴様には関係ない。帰れ」
「お前さぁ、いい加減にしろよ」
「ちっ」
兄弟に会う為にも、力を取り戻す所を見られるのは面倒だ。
この男が俺を殺さないのは、この男が俺を脅威だと思っていないからだ。
だが俺がここで力を取り戻せば男の認識は多少は変わる。
おそらく欠片を一つ取り戻した程度では、この男には絶対に勝てないだろう。
男に敵対されれば、そこで俺は終わりだ。
この男がどれだけ物好きであろうと、俺の本質を理解すれば敵対しないわけが無い。
今は足元にも及ばないからこそ、俺に対して余裕を持っているだけの話だ。
もし男が弱ければ、俺はとうに殺されているはずだ。
その辺りが解らん程阿呆のつもりは無い。
「ほら、いい加減話せよ。ここまで来てだんまりはねえだろ。俺を撒いてまでやりたい事が有ったんだろ。出来る事なら協力し――――嬢ちゃん!!」
「!?」
男が慌てる様子を見せ、叫びながら俺を掴もうとする。
だがその手は俺に触れる事なく空を切った。
俺の体はまるで水の中に落ちるかの様に、殆ど抵抗なく土の中を落ちてゆく。
一瞬で慌てる男の顔が見えなくなり、真っ暗な視界の中下に落ちる感覚だけを味わう。
この状況は自分で生み出したわけでは無いので俺自身も慌てている。
だがどれだけもがこうと、ただひたすらに俺は落ちていった。
「ぐっ!」
そしてバァンと音をたてて地面に叩きつけられた。
結構な距離を落ちていたせいで衝撃は強く、呻き声が口から漏れる。
体が痺れて上手く動けない。
「ここは」
痛みを堪えて頭を上げ、周囲を見渡す。すると見覚えのある空間が視界に入って来た。
自身が目を覚ました時に見つけた物と、良く似た空間。そして見覚えのある石櫃。
どうやら俺が近くに訪れると、直通で来る様な仕掛けでも有った様だ。
痛みで痺れる体を起こし、石櫃に近づいて手をかける。
すると石櫃は周囲の魔力を吸い込み、その力を石櫃の中に具現させようとしていた。
俺の欠片が消えずに回復する様に、世界から切り離した状態で守っていた存在を。
その存在は世界に具現しきると、石櫃の蓋を開けて姿を現した。
「ふむ、どうやら、もう起きる時間か」
俺の事を一瞥にせず、自身の体だけを確かめる女がそこに居る。
俺自身はこいつを殺してやりたいが、今はそれよりも欠片を戻す事を優先したい。
その為にはこいつが石櫃の傍に居ると邪魔だ。
「どけ、魔人」
「どうやら私を知っている様だが、口の利き方がなっていないな、小娘」
「俺の出来損ない相手など、本来なら口を開きたくもない。いま一度言うぞ、どけ」
「私の出来損ない? っ、この感じ、まさか」
魔人は俺の言葉に最初は高圧的に返すが、続けた言葉に驚きを見せる。
俺自身は反応などどうでもよく、とにかく邪魔な気持ちしかない。
本当なら今すぐに殺してやりたいが、力が足りないのが目に見えている。
今は自身の苛つきよりも、やるべき事が優先だ。
「解ったか? 解ったらどけ。俺は俺の力を戻しに来た」
だが魔人は動かずに、先程見せた驚きも表情から消えていた。
そしてつまらなそうに俺を見下している。何のつもりだこの女。
気に食わず睨んでいると、魔人は口を開く。
「出来損ない、か。ふん、貴様こそ出来損ないだろう。騙されんぞ」
「なに?」
「お前は大部分を持っていない。その存在と記憶は確かにあの方と同じかもしれんが、力が余りにも無さ過ぎる。貴様の様な脆弱な存在は私達にとっては不快だ」
「だったら何だというんだ。貴様らの願いは俺の復活では無かったのか」
「違うな」
「なに? がっ!?」
魔人の言葉に疑問を持つと同時に腹に衝撃を受け、吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。
痛みで体が上手く動かず、そのまま地面に倒れ伏す。
息が上手く出来ない。体が痺れて指先すら上手く動かせない。
「私が、私達が望んだのは、魔神フドゥナドル・ヴァルハウル様の復活だ。貴様の様な出来損ないでは無い。貴様の欠片は本当のあの方に差し出しておいてやる。だから此処で消えておけ」
「――――っ」
コツコツと音をたてながら魔人が近づいて来る。
それに備える為に起き上がり、体を戦闘用に意識して切り替える。
だがさっきのダメージが大きい様で、上手く動かせる気がしない。
「あの方ではないとはいえ、あの方の欠片。気に食わないとはいえ、甚振りはしないでやろう。すぐに殺してやる」
「舐めるなぁ!」
魔人が愚直な突きを放って来たのをかいくぐり、奴の動きに合わせてその顔に拳を突き入れる。
綺麗に入った拳は魔人の首にかなりの負荷を与えたらしく、バキボキと音をたてながら吹き飛んでいった。
追撃に行きたいが、今の一瞬にかなりの力を込めたせいか、動かない体を無理矢理動かしたせいか、尚の事体に上手く力が入らなくなっている。
「驚いた。なかなか力は有るんだな。油断したよ。だがやはり貧弱だ。本物であれば今の一瞬で終わっていた。やはりお前はあのお方では無い」
「ほざいていろ」
魔人の言葉に悪態で返すが、言われた通り力が足りない。
もしこの体が万全であればさっきの一瞬で追撃をかけられただろうが、まだ回復できていない。
思ったよりも最初の一撃の影響が大きい。不味いな。
「残念だ。せめて私を殺せる程度ならば良かったのに。本当に残念だ」
「勝手な事を・・・!」
俺は本来復活なぞしたくは無かった。あのまま消えていた方がきっと俺にとっては幸せだった。
今生きたいと思える事は、様々な幸運が重なったおかげだ。
兄弟が先に生まれていたおかげだ。俺があの男に出会えたおかげだ。
貴様らは俺に絶望しか与えなかった!
「殺してやるぞ! 貴様らは!」
「やってみろ。貴様に出来るのならな」
魔人は俺が吠えた事をあざ笑いながら、先の速度よりも早く接近して来た。
動かぬ体を一瞬だけでも動かそうと、全力で力と殺意を込めて魔人を睨む。
だが体はやはり上手く動かず、奴の速度には付いて行けずにまた腹に一撃貰ってしまう。
「がっ・・・はっ・・・!」
その一撃に耐えられず、膝を付いてしまう。
足に力が入らない。痛む腹を抑える余裕すらない。
体が、動かない。
「どうやら戦う気であれば、少しは頑丈の様だ。殺す気で殴ったんだがな。苦しませぬようと言ったのにすまんな。次は確実に殺す為に首を落とそう」
奴の言葉だけがいやに鮮明に耳に入る。それが死の宣告だと、嫌が応にも理解出来る。
本当にその一撃で俺の首は落とされ、死に絶えるだろう。
この体ではおそらく、それだけの負荷に耐えられない。
すまん兄弟。詰まらぬところで躓いた。・・・本当にすまない。
「では、死ね」
「てめえがな」
「な――――」
魔人の言葉に後悔と殺意、兄弟への謝罪を抱えながら死を覚悟していると、ふざけた魔力が部屋を支配した。
それこそ生前の俺相手でも負傷を与えられそうな程の、膨大な魔力。
凡そ人間一人が保有しているとは思えない、異常な程の魔力で魔術が行使された。
「悪い嬢ちゃん、来るのが遅れた。今治してやるから待ってろ。っと、あいつも封印しとかねえとな。えーと、あの石どこにしまってたっけか」
顔を上げると男が近くに居て、俺に治癒魔術を使っている。
魔人は何処にも居ない。おそらくこの男が倒したのであろう。
何をやったのか見れていないが、あの魔力量では抵抗すら許されずに消えた事だろう。
「まさか魔人倒すのが目的だったのか、嬢ちゃん」
「・・・それも、目的の一つだ。俺は奴らを絶対に許さない」
「お、やっと話したな。何か心変わりでもしたか?」
「・・・そうではない。ここに至って黙っていた所で、それは誤魔化しようが無いだろう」
「ま、確かにな」
男は軽く答えながら、俺の治癒を進める。
優しく暖かい力が体中を包む様な感覚を覚えながら、俺は男の質問に答えていた。
もう黙っている意味が無い事は確かだが、素直に話す自分にも違和感を覚える。
だがその違和感を理解する間もなく、核が俺に反応し始めた。
「がっ、ぐっ、な、何だこれ、力が抜ける・・・!」
「―――! グルドウル!」
遺跡の機能が男の命を吸い上げようとしている。
核に力を注ぎ、その力を確かな物にしようとしている。
だがおそらくこの核では具現には程遠い。間違いなく男は命を吸われるだけで終わってしまう。
おそらく形になりうる俺が居る事で遺跡が反応したんだろう。
「そこだ・・・!」
まだ治癒途中で回復しきっていない体に力を籠め、全力で遺跡の機能を破壊する。
何とか男が命を吸い切られる事は防げた様だ。
ほっと息を吐き、そんな自分に驚愕した。何故俺はこの男が助かった事に安堵しているのか。
「・・・ちっ、まあ良い。気を失っている間に核を回収するとしよう」
男に意識が無いのは好都合だ。今のうちに核を回収してしまえる。
たいした力にはならないが、ほんの少しでも底上げにはなるだろう。
後はこの男をどうやって地上に連れて行くか。自力で歩く事はままならんだろうな。
全く面倒くさい。
「が、命を助けられた借りだ。助けてやる。感謝しろ従僕」
聞こえていないだろうが、そう口にして男を背負う。
さて、暫くの間本調子では動けんだろうな、この男。どうしたものか。
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