第593話従僕の様子。
「・・・量が有るのは良いが味気の無い物ばかりだな」
干し肉を口に入れながら、文句の言葉を口にする。
従僕に初めて食べさせられた物よりは良いが、味が殆ど無い肉も大概不味いな。
今はこれしか食べられん以上、腹立たしくても口にするしかない。
他の物も保存食ばかりで、碌な物が無かった。
「まったく、もう少しマシな物を用意できんのか、あいつは」
食料を置いて行った男への文句を言いながら、最後の一口を咀嚼して飲み込む。
これで全部か。足りんな。最近何故か知らないがやけに食い足りん。
いくら食っても体が寄こせと言っている様だ。
「さて」
食べ足りなくはあるが、無いものは食べられん。
指に付いた欠片をペロリと舐め、椅子から降りて扉に向かう。
扉の前で拳を握り込み、目の前の扉に向けて殺意を高める。
確たる意志を持って目の前の存在を破壊すると、この手に力を籠める。
そして全力で拳を放ち――――拳は扉の前で止まった。
「チッ、やはり無理か。忌々しい。本当に人間かあいつは」
拳は止めたわけではない。扉の手前で止められたのだ。
あの従僕が張った結界によって。
「ああ、腹立たしい! 俺をこんな部屋に閉じ込めて一体どういうつもりだ!」
ここ最近は何をするにも何処に行くにも離れない上に、逃げ出す隙が無い。
やかましく色々と尋ねて来るし、以前より口煩くなった。
そんな毎日に苛々していたところに、従僕は少しの間離れると言い出した。
やっとこいつから離れらると喜んでいたら、出て行く際に部屋に結界を張って行きやがった。
全力で殴ってもびくともしないし、腹立たしい事に一切の綻びすら起きない。
何度か破壊を試していい加減疲れたところで腹が減り、男が保存していた食料を全て平らげた。
腹が多少膨れたのでもう一度試してみたが、予想はしていたがやはり破壊は出来んな。
無論扉だけの話ではなく、部屋全体に結界が張られている。
天井と床と壁と窓も試してみたが、全てが等しく突破できない強度を持っている。
「ふん、もう良い。逆に考えればこの結界が有れば俺の無事は保証されている様なものだ。あの男の結界を抜ける存在など、そう居ないだろうからな」
男が見せた二度の魔術。余りに暴力的な、異常と言える程の魔力を保有した魔術。
一度目は俺をあのくそ忌々しい『モノ』から解放した時。
まだ解放され切ってはいないが、それでも俺は大分安定している。
だがそれ以降は従僕があれ程の力を使うことは無かった。
だからあれは何かの代償か、触媒でも使っているのかと最近は思っていたのだが・・・。
あの遺跡で奴が使った魔術の威力は、あの時と同等の物だった。
一切の抵抗など許さない、世に在るほぼ全ての物が成す術なく粉砕される程の魔力量。
生前の俺ですら、おそらく損害を受けるだけの魔力量だった。
つまりあれは、その気になればいつでも出来るという事だ。
そんな奴の作った結界を抜けれる存在がそう簡単に居てたまるものか。
「・・・足りなくはあるが、それでも腹に物が溜まって眠くなったな」
どうせやつは俺をここから出す気は無いだろう。
ならば居ないうちに思い切り休んで、居る間はこき使ってくれる。
そう決めて扉に背を向け、ベッドに向かう。覚悟しろよ従僕。戻ってきたら――――。
「大人しくしてたみたいだな。少し予想外だ」
そこで従僕が戻って来た。だが奴が言い放った言葉に、一瞬で頭が怒りに染まる。
大人しくしていただと? 貴様が大人しくせざるを得ない状況を作ったのではないか!
そう思い、効かぬと解っていながら拳を叩き込もうと振り向いて――――固まってしまった。
「どうした貴様、何だその顔は」
「あー・・・やっぱ顔洗ったぐらいじゃ無駄だったか」
従僕の眼は赤く、腫れていた。原因は見れば解る。
奴の目から涙が流れている。それでは顔を洗ったところで意味がない。
魔術で治したとしても、今もなお泣き続けている以上完全に無意味だろう。
従僕の余りに珍しい様子を目にして怒りが薄まってしまった。
「・・・大人しくしていたも何も、貴様が閉じ込めたんだろうが」
殴る気だった気持ちが霧散してしまったものの、怒り自体は残っている。
なのでその不満を男にぶつけた。
「あー、そっちはそうなんだけど、家具や道具の一つや二つぶっ壊れてると思ってたからな」
そういう事か。確かに俺は結界を壊そうと暴れはしたが、道具には攻撃していない。
だたそれは別に大人しくしていたわけではなく、単純に意味の無い事をしなかっただけだ。
そんな事に力を割くぐらいなら結界を壊す為に全力を尽くす。
「閉じ込めたのは、悪かった。ちょっと集中したくて。すまん」
「・・・ふん」
不満は胸の内に大量にある。なのに今の従僕の弱弱しい顔を見ていると口から言葉が出ない。
それどころか何故か奴の顔を見ているのが辛い。何だこれは。
胸の内が気持ち悪い。吐き気がするような感覚だ。
「でも、悪いけど、もう少し大人しくしててくれねぇかな。頼む」
「ふん、抵抗したところで無意味だろう。貴様には敵わないのだからな」
従僕の言葉に悪態で返すと、奴は苦笑だけを返して何も言わずにベッドに向かう。
そして顔をクッションに埋める様にしてうつ伏せに転がった。
奴の口から微かに呻く様な声が漏れているのが耳に届いて来る。
それが原因で尚の事、自分の中に在る理解不能な感情が膨らむのを感じていた。
今の奴は隙だらけだ。あれだけ普段勝てる気がしない男が今なら殺せそうだ。
おそらく今なら逃げられる。そう思える程に今の従僕は力なく見えた。
「~~~~ちっ」
俺は一体何をしているのか。このまま逃げ出せばきっと自由な時間が有る。
例えその内こいつが追って来るとしても、暫く自由な時間が出来る。
だというのに、俺は従僕の傍に腰を下ろしていた。
「何があったか知らんが、貴様程の男が情けない。普段通り悪態を吐け」
そう言いながら、何故か俺は従僕の頭を撫でていた。
何故こんな事をしているのかは自分でも解らない。
ただ今の情けない従僕の姿を見ているのが辛くて、気が付いたら手が出ていた。
この体の元になった者達の記憶からの行動かもしれないが確かめる術はない。
「ふっ、ぐぅうぅぅ・・・」
「・・・なぜ更に泣く」
「嬢ちゃんが泣かしてんだろうが・・・無意識かよ・・・」
酷い言いがかりだ。だというのに何故か腹が立たん。
本当に今日の俺は訳が解らない。本格的に何かが壊れたか?
自身の状態に疑問を持っていると、従僕の頭に乗せていた手が握られた事に気が付く。
「悪い。少しだけ、少しだけしたら普段に戻るから。今だけ見なかった事にしてくれ」
「ふん、元々俺は貴様なんぞ碌に見ていない。好きにしろ」
「はは、そうだな・・・ありがとな」
従僕はその言葉を最後に、黙って静かに泣きはじめる。
そして暫くすると余りに静かになったので様子を見ると、従僕は寝息を立てていた。
「・・・何なんだ、今日の貴様は」
俺の手を握りながら、心地よさそうに寝息を立てている。
その寝顔を見ていると、先程まで胸にあった気持ち悪さが少しだけ消えていくのを感じた。
「はぁ・・・これでは動けん。俺も横で寝るからな、従僕」
返事が無いのは解っているが、宣言して横に転がる。
握った手の暖かさと従僕の体温を感じ、そして静かな寝息を聞きながら眠りについた。
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