第582話結婚式の準備相談ですか?

「セル、宴会場はやっぱりあそこが良いよね。邪魔が入らないし」

「そうねー、部外者をあんまり呼んでも何だし、管理もしやすいし、その方が良いと思うわー」


執務の合間の時間をぬって、妹と一緒に我らが姉貴分の式の相談をしている。

いや、式というよりは宴会の相談か。

結婚式その物は姉さんのご両親の墓が良いだろうと思うので、故郷に戻ろうと思っていた。

ミルカの時もそうしたし、イナイ姉さんに会いたい子達も居るだろう。


「宴会に呼んだら来るかな」

「大半は来ないんじゃないかしらー。気後れすると思うわよー。全員じゃないとはいえ領主達も呼ぶんだし、他国とは扱いが違うとはいえ彼らも貴族だものー」


出来れば古くからの付き合いの人達にも姉さんを祝って欲しいのだけど、貴族も居る場の宴会は来ない可能性が高い。

子供達だけなら余り気にしないと思うのだけど、やっぱり難しいか。

これだからミルカは宴会をしなかったのかもしれないな。

勿論彼女の事なので、本当に面倒だったという思いが有ったのは間違いないが。


「私達の時に、無理なら気にしなくて良いからって伝えたら、殆ど来なかったでしょー?」

「服も部屋も用意していたんだけどね」


一応式には来て後で個人的に祝いの言葉は貰ったけど、殆どの人間は宴会の方には来なかった。

他国の貴族も沢山居たし、やっぱりあの空気が辛かったらしい。

なので後でその時出した食事類や、家具等の贈り物を個別で送らせて貰っている。

勿論来てくれた者達も居たので、彼等には最大限にもてなしをさせて貰った。


「孤児院の子達には参加して欲しいね」

「ドリエネズの仲間達はそうねー。皆大人になって、こういう事でもないと顔合わせる機会が無いものねー。リンちゃんとかミルカちゃんが珍しいだけだものー」

「他の皆は、孤児院に顔を出しに行った時に偶に会うぐらいだからね」


リファインやセルに付いて行って、良く遊びに行った子供時代の友人達。

彼女達にとってもイナイ姉さんは近所の頼りになる姉さんだった。

きっと姉さんの事を心から祝福してくれるだろう。

それも考えて、やはり結婚式自体は故郷でやった方が良いと思っている。


「じゃあ宴会は一応伝えるだけ伝えて、式は昔ながらの人間だけでにしておこうか」

「そうねー、ミルカちゃんがやったのと同じ形が良いと思うわー」

「姉さんも結婚式にステル様やるのは面倒だろうしね」

「あはは、そうねー。それに昔の知り合いが多いと、ボロが出そうだものねーイナイちゃん」


クスクスと笑いながら姉さんの失敗を想像する妹に、困った笑みで返す。

セルが本心から姉さんの失敗を望んでいるわけではないのは知っているが、この子は昔から人が失敗して慌てる様を楽しむ所がある。

それは親しい人間にも向くので少し困る。勿論わざと失敗する様に誘導したりはしないけど。


むしろ失敗誘導するのはアロネスだ。彼はわざとやる。

私は何回彼に誘導されたか数え切れない。その度にリファインが彼を追いかけまわしていた。

子供の頃のリファインには良く泣かされたけど、同じぐらい守られているな。


「兄さん、顔が昔を思い出すおじさんになってるわよー?」

「ははっ、反論は出来ないな。けど実際、お互い良い年だろう?」

「私は見た目は若いもーん。孤児院の子達にもおねーさんって呼ばれる事が多いのよー?」

「それなら私だって、まだ老け切ったつもりは無いよ」


お互い既に30を越えているので、事実おじさんおばさんだ。

私だけの話ならもう30代後半に入る。リファインも近い年なので、子供が欲しいならそろそろ頑張らないと彼女の年齢的にも体の負担が不安だ。

彼女に万が一が有るなどとは想像がつかないが、それでも多少不安はある。


それに戦士である彼女には申し訳ないが、私は早く彼女との子供が欲しい。

跡継ぎが必要だという事は理解しているが、それとは別に彼女と共に生きた証として、愛し合った証として、子が欲しい。

彼女の子供ならばきっと、男の子でも女の子でも元気な子になるだろう。


「そういえばセルは子供を作る気は無いのかい?」

「兄さん、愚弟と一緒にしないで。ちゃんと作るわよー。愛する旦那様も居るのに作らないわけ無いじゃないのー」

「別にあいつは子供が欲しくないわけではないと思うけど」

「一緒よ。あいつは王族としての責務は全て投げてるんだから。あの愚弟が」


ここが外であったなら、ペッと唾を吐きそうな程の態度でグルドの事を話すセル。

式の時はイナイ姉さんで中和されていたけど、やっぱりこの二人は仲が悪い。

子供の頃からの確執が原因なんだが、そろそろ二人共いい大人なのだから譲れないものか。

譲れないからここまで来てしまっているのか・・・。


「本当に何時まで経っても仲が悪いね、お前達は」

「兄さんとイナイちゃんが居るから私達は兄弟関係保ってられる様なものよ。でなきゃとっくの昔にあの愚弟なんか殺してるわよ。あいつだって同じじゃないかしら?」

「お願いだから仲間内以外でそういう物騒な事は言わないでくれよ。お前達の仲が悪いのは知られているが、流石に殺し合いまでする関係とは思われていないのだから」

「解ってるわよー。言ったでしょ、愚弟とは違うわよー」


確かにグルドと違って、セルは王座こそ拒否したが王族の責務は果たしている。

子供の事も、万が一私に後継ぎが生まれなかった時の事を考えているのだろう。

グルドはその辺り何も考えていないわけじゃ無いが、期待は出来ない。


「そういえばあいつは最近、女の子に振り回されてるみたいだよ」

「なにそれ、どういう事?」

「最近行き倒れていた女の子を拾ったらしくてね。面倒を見ているらしい」

「ふーん、あいつが女にねぇー。想像つかないわー」


セルの中ではグルドは成長していない愚弟だから、余計にそうなんだろう。

私としては流石に昔のグルドとは印象が全く違うのだけど、この辺りの認識改善がなされない事も二人の仲の悪さの原因かな。

ただこれはセルに限らずグルドにも言える事だ。二人共が互いに認識が変わっていない。


「出来ればその女の子にも来て欲しいね。グルドが面倒を見ている子というのは興味が有る」

「あら、詳しく聞いていないのー?」

「どうやらその子の口が固いらしくてね。何を訊ねても碌に喋ってくれないらしい。私が聞かされたのは『全然言う事聞かない小娘で、本当に腹が立つ』なんて程度だよ」

「ふぅーん、それはちょっと、楽しそうねぇー」


私の説明に、にやぁっと口角を上げるセル。その顔はとても邪悪な笑みだ。

おそらく弟が面倒事に巻き込まれて困っている様を想像して楽しんでいるのだろう。

実際私もその娘はきっと何か面倒を抱えているのだと感じている。

だからこそグルドは私に余り細かい説明をしないのだろう事もだ。


変に心配をかけない様に気を遣ってくれているのだと解っているだけに、余計に気になる。

言い方が悪くなるが『あのグルドが気を遣う様な背景の在りそうな女の子』という事がとても気になるのだ。

間違いなく面倒の匂いしかしない。そしてセルもその匂いを感じ取ったのだろう。


「イナイちゃんは聞いて無いのー?」

「確かめたけど、姉さんも余り詳しい話は聞いていないらしい。あえて言うなら初潮が最近来た程度の年齢の女の子という事だろうか」

「あら、思ったより幼いわねー。もっと大きい子かと思ったのにー。あいつ幼い子が趣味だったのかしらー」


別にそういう目的で面倒を見ているわけではないと思う。

勿論セルは解って言っているのだろうけど。

それに年齢的な物だけで言えば、娶るには特に珍しい年齢でもない。

他国ではそれこそ初潮前に嫁入りなんて国も在るのだから。


「シガルちゃんも年齢的にはそのぐらいなのだし、そこまで珍しくはないんじゃないかな」

「あの子の場合はタロウ君も若いものー。それにあの三人は見た目だけだと、今はシガルちゃんが一番年上に見えるわよー?」

「あはは、確かに。この間挨拶に来た時は、もう一番背が高くなっていたしね」


あの三人は見た目だけだと、誰が年上かさっぱり解らない。

実年齢を知らなければ、間違いなくイナイ姉さんが一番年下と思うだろう。

姉さんは何時まであの年齢不詳な美少女な姿で居るのだろうか。


あの人程いつまでも変わらない人も珍しいと思う。

少なくとも私の記憶では、20年以上見た目が変わっていない筈だ。


「昔話に花が咲いて、大分話がそれちゃったわねー」

「そうだね。時間は有限だ。手早く決めてしまおう」

「イナイちゃんは時間を与えると悩み始めちゃうから、早くやっちゃいましょー」

「ああ、幸せになる決断をしてくれたんだ。出来る限りそれを逃させない様にしないとね」


姉さんは余りに自己犠牲が過ぎる時が多いし、自分の欲望を前に出さない事が多い。

タロウ君との婚姻は数少ない完全な姉さんの心からの要望だ。

その願いを誰もが祝福する形で、出来る限り素早く整えたい。


「あと一ヶ月・・・いや、下準備そのものは半月で終わらせる」

「執務よりやる気出してるわよねー、兄さん」

「こればっかりは国民には申し訳ないが、姉さんの方が私にとっては上だよ」

「あははー、まあ私も同じだけどねー」


二人きりの空間なので、妹と一緒に王族失格の言葉を吐き合う。

国への想いも有るし、国民への想いも有る。

けどそれでも、国政が滞らない範囲で姉さんを優先させて貰う。

領主達も「ステル様の事であれば」と乗り気だし、実際余り問題はないのだけどね。


その日は仕事に戻る時間が来るまで、兄妹でニヤニヤしながら計画を練り続けた。

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