第581話ステル様のご挨拶回りです!

「うへぇ・・・つっかれた・・・」


傾き始める日の明かりを眺めながら、ウムル城の中庭で椅子に身を預けて疲れ切った声を出す。

周囲には人気は少ない所の中庭を選んだので、その様子を気にする者は居ない。

今日はイナイに言われた通り挨拶回りをしに来たのだが、基本俺は名前を名乗って頭を下げるだけのお仕事であった。ただ問題はその量だ。


先ず早朝に何時もの村人服では無くきちんとした服に着替えさせられ、挨拶の際の諸注意を少しされた後に城に向かった。なお、今日のクロトはお留守番である。

転移が使えないと面倒らしかったので、本当に申し訳ないけどつれて来れなかった。


先ず最初に時間を空けてくれていたらしいブルベさんに挨拶に行き、祝福の言葉を貰った。

ただその際に、すこーしだけ怖い事を言われた。


「姉さんに結婚まで決心させたんだ。後悔させたらウムル全土が敵になると思いなよ?」


普段割と穏やかで笑顔のブルベさんだが、この時は目が全く笑っていなかった。

怖くて堪らない。その脅し洒落になってない。リアルにそうなりそうなのが余計に怖い。

いや勿論イナイの傍を離れる気なんて無いけどさ。

・・・ぶっちゃけそういう考えは持たれるかなって、少しは思ってたし。


次は城の重鎮の人達への挨拶に回り、その中にはヘルゾさんも居た。

挨拶の際には役職も言われたのだが、量が多すぎて覚えてるのは元々顔見知りの人だけだ。

キャラグラって人には「君のせいで色々と仕事を増やされて困ったけど、これからは多少は楽になるね」などと言われたな。


ただ彼の言葉に、イナイとシガルが堪え切れないといった様子で笑い出した。

理由を聞くと彼は『仕事が趣味なんじゃないのかって言われる程仕事してる人』と言われていると知った。

本人的には休む時間が有れば休むし、むしろ休みたい人間だとは言っていたけど、何処まで本当かは俺には解らない。


ていうか、お二人とも彼を笑う程の顔見知りなんですね。

イナイはともかく、シガルは相変わらず知らない所で人脈作ってるな。


重鎮の方々に挨拶を済ませたら今度は城内の複数の部署に回って、イナイの技術が使われている道具に何かしら関わっている人達とは皆顔を合わせる事になった。

こっちは人数が多すぎて、半分以上顔も名前も頭に残っていない。


だって余裕で100人超えてたんだよ。

一日でそんな人数の名前と顔一致させられないよ、俺には。

流石のシガルも頭に全部入っていない様だったので、今回ばかりは俺が悪いわけじゃ無い。

と信じたい。


その辺りで一度食事にしようと、遅めの昼を城内でとった。

シガルもその辺りで結構疲れていたみたいだが、それでもシャキッとした態度の彼女を見て俺がだれるわけには行かない。

とは思うものの、これで終わりじゃないのだと思うと内心辛かったけど。


昼食が終わって今度は城内の何処に行くのかと聞いたら、国内の領主達への挨拶に向かうと言われ、転移装置で各地に転移をする事になった。

これが一番の理由でクロトを連れて来なかったらしい。

イナイが直接関わっている領主は勿論、間接的に関わっている者達にも挨拶に向った。


「そうか、君がそうか」

「君ならステル様の支えになれるだろう」

「命を懸けてステル様をお守りしてくれ」

「ステル様の認めた人間だと、良く知っている。祝福しよう」


領主の方々には大体こんな感じのお言葉を貰いました。

何となく皆の反応が俺を知っている様な感じだったので不思議に思ってイナイに聞くと、彼らは俺を映像で見ているのだそうだ。

以前のバルフさんとの一戦や、ゼノセスさんとの勝負も一部記録として残っているらしい。


「挨拶時に色々面倒が無い様に、国に帰る前にブルベが手を回してくれてたんだよ。他にも理由も情報も有るが、大半はそっちの認識だ」


イナイはそう締めくくった。

あの戦闘記録に残ってるのか。ゼノセスさんの時のは全部じゃないみたいだけど。

バルフさんの時は場所空けて貰ってたりしてたから、あの時に準備していたのかもしれない。


そんな感じで転移を繰り返して挨拶に回るのだけど、これがまた大変だった。

だって転移って言っても、俺達が普段使う様な自由移動とは違う。

転移した後は徒歩で移動して、挨拶を済ませたらまた転移装置まで行って転移。

そしてまた移動は徒歩。


正直な所、挨拶の時間よりも移動時間と領主さん達に合う為の待ち時間の方が長かった。

肉体的な疲労としては間違いなく普段の訓練の方が上なんだけど、何というか、終わりのない持久走をしている気分になって疲れた。

そしてそれも日が傾き始めた所で終了し、城に戻って疲れ切っているのが今の俺の状況だ。


「一応今日で一通り義務果たさなきゃいけない相手の所は回ったな。お疲れさん、二人とも」

「つかれたぁー。解ってたけど、お姉ちゃんの顔って広すぎる」

「これでも貴族で商売人ですから、人脈という物の大事さは理解しているのですよ?」

「どっちかって言うと、向こうがイナイを必要としている様にも感じるけどなぁ」


イナイの今まで築いて来た実績が有って、その実力を知っている。

だからこそイナイを守れという意味合いの事や、イナイに認められた事を認めてやろう的な事を言われたわけだと思うし。

実際イナイの作った道具って、本当に便利だしな。


「確かにあたしの道具は便利かもしれねぇが、あいつ等の協力が無けりゃ何の意味もねえよ。あたしはただ作っただけだ。作るだけだ。土地も人も管理しちゃいねえ。使う側の人間への仲介も要るし、実際に必要な物の情報だって要る。何事も持ちつ持たれつだ」


イナイの言葉は何処か教え子に語る様な感じで、技工士としての在り方の話なのかなと思う。

技術職として生きて行くのならば、ただ作るだけの力が高いだけでは何の意味も無いと。

世に出せる場が有り、使う人間が居て、初めて意味が有る。


確かにそれはその通りだとは思うのだけど、それでもイナイの技術は頼られてると思うな。

リガラットでもイナイの開発した道具が有る時点でそう思う。

元敵国にまで広まっている道具を当たり前に作る技術者を、外に出したがるわけが無い。


勿論イナイの英雄としての功績も有るだろうけど、それだけじゃない筈だ。

人間善意だけじゃ回らない。特にイナイ達の様に命を背負う立場の人間は。


「さって、これで一旦挨拶回りは終わりだ」

「あ、これで全部終わりなの?」

「一旦な。後は細々とした挨拶しなきゃならない時が有るのと、個人的に世話になってる所に顔出しに行く。そん時はまた付いて来い」

「へーい」


て事は後はイナイの身内の挨拶かな。

今更だけど、イナイの個人的な知り合いはリンさん達だけしか知らないな。


「さって、帰るか」

「お姉ちゃん、樹海に帰るの?」

「まだお前の方の挨拶がすんでねーだろ」

「・・・やっぱりやらないと駄目?」

「諦めろ」

「はぁーい・・・」


シガルは心底嫌そうな様子でイナイに応えている。やっぱり嫌なんだな。

最近ちょっと撫でにくくなりつつあるシガルの頭を撫でて慰めると、彼女は項垂れるように抱き着いて来た。

そのまま頭を撫でるのを続行すると、イナイさんが少し不満そうにこちらを見つめている。


「イナイもおいでー。お疲れ様」

「ふんっ、疲れてんのはお前だろうが」


イナイは俺の言葉に文句を言いながらも、周囲を気にしながらゆっくりと傍に寄って来る。

シガルより小さくなってしまったその頭を抱える様に撫で、二人の頭を暫く撫で続けた。

多分、今一番癒されてるの俺だろうな。まあいいや、イナイが離れるまでこのままでいよっと。


・・・シガルの身内の挨拶は俺が親父さんに相談するか。

彼女の反応を見るに、凄くやりたくなさそうだし。

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