第577話振り回されるグルドさんですか?

「おい、ちょ、待てって。一人で歩くなって言ってんだろ」


買い物をしている隙に、一人で勝手に歩いて行く嬢ちゃんを捕まえる。

だが嬢ちゃんは肩を掴む俺の手を払い、静かに睨みつけた。

睨まれる覚えのない俺は同じ様に睨み返す。


「貴様が俺を待たせているからだろうが、従僕」

「うるせえ誰が従僕だ誰が」


どうせ碌でもねえ理由だと思ったら、思った通りかよ。

ほんの少し買い物するぐらいも待てねーのかこの小娘は。

大体買ってた物は、お前と俺の食糧なんだぞ。


「じゃあ今買ったこの食料は要らねーんだな?」

「ふざけるな、よこせ」

「おま、ほんと無茶苦茶だな」


何でこいつは言葉が通じないんだ。

街中で魔術使って押さえつけるわけにもいかねーし、ったく面倒くさい。

騒ぎになったら逃げ出すしかないからなぁ。いくら俺でもお尋ね者はなるべく御免だ。


・・・道中アロネス兄さんらしきお尋ね者の情報耳にしたけど、あの人相変わらずだな。

兄さんの事は尊敬してるけど、ああいう所だけはどうかと思う。


「俺はさっきからじろじろと見られて不愉快なんだ」

「あー、それでお前普段より話が通じないのか」


どうやらこいつ、街に入って周囲から視線が痛い事が気に食わなかった様だ。

だから街に入る前にちゃんと言ったのに。お前絶対目立つからフード被っておけって。

嬢ちゃんは無茶苦茶美人ってわけじゃ無いが、そこそこの容姿だ。

その上行動が大人しくないから必然目立つ。


「大体道の真ん中堂々と歩いたりしてたら目立つのは当たり前だろ。嫌でも視線に入るわ」

「知るか」

「知れ。お前は本当に常識って物がねえな」


道の真ん中を歩くのは可愛い方で、他にも色々やらかしてくれた。

この通りの性格だから道を譲るなんてせず、ぶつかった相手をぶん殴ろうとしやがった。

こいつの力で殴られたら一般人なんか死んでしまうから、慌てて障壁張る羽目になった。


おかげで相手は子供が癇癪起こした程度の認識で済ましたので、何とか助かってる。

面倒だったので、それ以降は人がこいつを無意識に避ける様に魔術を使っている。

正直魔力の無駄使いだ。今すぐ切りたい。


他にも屋台の食い物を勝手に取って食い出すわ、茶器の類を手に取って興味がなくなったら戻すんじゃなくて放り投げるわ、明らかに怪しげな路地に入って行こうとするわ、目が離せねぇ。

つーか、既にガラの悪いやつに数回絡まれて、俺が居なかったら何人か殺してる。

本当にこいつ野放しにしなくて良かった。


「お前さぁ、自分がどれだけの力持ってるか解ってねえだろ」

「あ? こんな貧弱な体の何処にそんな力が有る。貴様程度に負けるというのに」

「いや、えっと、だからな」


やべえ、頭いてえ。こいつ本気で自分は貧弱と思ってるから本当に話が通じねえ。

確かに俺とこいつじゃ力量差が有り過ぎるが、お前は魔物を単独で倒せるぐらい強いだろ。

亜竜をギリギリ倒せないぐらいの力量だぞ、多分。

そんな拳を一般人に向けたら死ぬのは当然だろうが。


「あー、もう、頼むから最低限一人になるのは止めてくれ。頼むから、本当に頼むからそれだけ守ってくれ」

「ちっ、仕方ないな。それだけは守ってやる」

「アリガトウゴザイマス」


すげームカつく。ぶん殴りたい。けどこんな街中で子供殴ったりしたら目立つから我慢だ。

大体認識阻害かけてるはずなのに、何でそれでもこいつ目立つんだよ。訳が解らん。

一部の魔術が効きにくいのが原因だろうが、あれも呪いが原因じゃないっぽいんだよな。


「とりあえず今日は此処に泊まるからな」

「野宿か」

「なんで街に来てまで野宿しないとならねえんだよ。金が有るのに」

「ならとっとと案内しろ」

「へーへー、此方ですよお嬢様」


もうまともに相手するの面倒なので、素直に泊る予定の宿まで連れて行く。

こういう時は一応大人しく従うので面倒は無いんだが、普段の会話が通じなさ過ぎる。

せめてこいつの目的ぐらい聞きださねえとな・・・。


「お前さぁ、流石にそろそろ目的ぐらい話せよ」

「断る」


これだ。今はもう俺を警戒しているとかじゃないぽいんだよな。

単純に語るのが面倒で語りたくないって感じだ。

これならせめて俺を警戒してくれてる方が助かる。警戒を解けば良いだけだからな。

そもそも最近は俺が強硬手段に余り出ないから、舐められてる気がするが。


「何か目的が有るのぐらいは流石に解ってるし、お前の様子から禄でもない目に会って来たであろう事は解ってる。けどそれにしたって、少しは信用してくれても良いんじゃねえの?」

「ふん、人間なぞ信用できるものか」

「・・・まあ、言いたい事は解らなくもないが」


これでも元々弱小国とはいえ、王族の一因だ。人間の汚い部分は良ーく知ってる。

それどころか戦争も経験してる。汚い所はさんざん見て来た。


「けど、そんな人間ばっかりじゃねえよ」


姉さんが、その代表みたいな人だ。彼女の様な人だって世界には居る。

リンねえだって自由奔放な所が目立つけど、中身はそこそこ優しい姉さんだ。

孤児院に付いて行った事が有るが、その時も良い姉さんやっていた。


ミルカだって復讐心に囚われてもおかしくない身の上なのに、必要以上に力を振るわない。

戦争でも、仇であるはずの亜人達に対して容赦のない虐殺はしなかった。

あいつが孤児になった原因は「亜人」ではなく、犯罪を犯した「人間」のやった事だと言った。

今なら兎も角、ガキの頃にあれを言いやがった。


兄貴は優し過ぎるから、いつも心を痛めてる。

王としての責務と、個人の感情との差にいつも葛藤しながら、それでも前を向いている。

あの人達を知っているからこそ、俺はこいつの言葉に頷く事は出来ない。


「貴様の様な物好きがそんなに居てたまるか」

「お、意外だな。俺の事はそうじゃないと思ってんのか」

「ちっ、口が滑った」


俺の事も信用していないのかと思ったら、案外そうでもない様だ。

何だこいつも少しは可愛い所が有るじゃないか。

今まで口を開けば悪態ばかりだったから、ちょっと気分良いぞ。

お兄さんが頭を撫でてやろう。


「そーかそーか、初めてお前をちゃんと可愛いと思ったぞ」

「撫でるな!」


気分良くて頭を撫でてやったら、思いっきり手を打ち払われた。

お前、今の本気でやっただろ。とっさに保護しなかったら腕が吹っ飛んでたぞ。

ったく、この辺の加減も後々覚えさせねぇとな。


「良いから行くぞ、従僕」

「だからその、従僕って止めろよ」

「貴様の名前なんぞ知らんぞ」

「俺は確か一応名乗った気がするんだが」

「覚えてない。大体貴様も「お前」か「嬢ちゃん」としか呼ばんだろうが」

「そういやそうだな」


名乗ったのは確かだけど、ちゃんと教えたわけじゃない。

嬢ちゃんの名前も、明らかに言葉に呪いがかかってて、呼んで良い様な名前じゃない。

名前が無いのはこの先不便だな。

この街は色々雑だから問題ないんだが、他の街はそういかないからな。


「ヴァル、ヴァウル・・・ハウル・・・よし、今日からお前の名前はヴァールだ」

「は?」

「良し、これで大分呼びやすくなるな」

「待て貴様、何を勝手に話を進めている」

「お前の元の名前はあんまり良いものじゃ無いし、女の子には似合わないしな」

「貴様、話を聞け」

「いつも話聞かねえのはお前だろ」


よし、決定。今日からこいつはヴァールだ。

大体ほかの名前が良いのだとしても、身の上を語らないこいつが悪い。


「生意気だぞ従僕が」

「ふん、その言葉そっくり返してやる」


そのうち俺の名前も覚えさせよう。覚えても呼ばねぇ気もするがな・・・。

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