第575話ビャビャの誇りですか?
「・・・ビャビャ、本当にあれで良かったのですか?」
彼等が去った後、なお動かずにその先を見つめるビャビャに声をかけた。
既に他の者は居らず、私とビャビャだけがこの場に残っている。
ギーナ様は残るかどうか悩んで、私に彼女を頼んで行った。
恋がよく解らない私にはきっと力になれないだろうから、申し訳ないけどファルナに任せると。
「ファルナ、彼の、顔、見た?」
「え、顔?」
私は彼女が泣き崩れているのを見てしまっている。彼女の想いが届かなかったのを知っている。
だからこそ心配になって声をかけ、きっと辛いであろう声が返って来ると思っていた。
けど予想外に、彼女の声はとても明るく、不思議な返事だった。
私はその意図が読めず、首を傾げてしまう。
「私の、本当の、姿。知って、るんだ、彼」
「・・・見せたんですか」
「うん」
彼女の姿は、普遍的な人とはかけ離れたものだ。
勿論私達の中には虫や獣によく似た姿の者達や、ほぼ虫と変わらない姿の者も居る。
けどそれらの存在は皆ある程度は身近であり、存在として知っている生体をしている。
けど、彼女は違う。彼女の種族は、他種族とあまりに違う。
殆どの生き物に該当しないその体。
心臓部の様な物は勿論ある。けどその体の大半が触手であり、決まった形を持たない。
彼女が服を着ず、そして自分の動きやすい様に動けば、それはきっと忌避される事が多い。
今では彼女の存在が広く知られる様になった事で忌避感は薄れつつあるが、それでも彼女の本当の姿を初めて見た者は気圧される。
そして一度その姿を見た者は、嫌悪の感情を抱く者も少なくは無いだろう。
だからこそ彼女の体は、彼女の一族は、ああやって人の形のふりをしている。
「私が、さっき、抱きついた、時、彼は、身じろぎも、しな、かった。それ所か、優しい、顔を、向けて、くれた」
「・・・そうね、確かにそうでした」
「彼は、私の、我が儘、を、素敵、だと、言って、くれた。私を、見て、くれた。私には、それで、十分」
普段仕事以外では余り喋らない彼女にしてはとても饒舌に、彼に対する想いを語る。
その声音はとても優しく暖かだ。本当に心からの気持ちで話しているのだと伝わる程に。
本当の彼女。彼女の姿形などは一切の問題ではなく、彼女の在り方が素敵だと。
ビャビャという女性が素敵な人だったと、そう言ったという事だろうか。
それは人族としてはとても珍しいと思う。
例えタロウさんに偏見が無いとしても、普通の人族が彼女の本当の姿を見て好意的に接する事が出来る事自体が凄い。
「彼は、私に、体中、触手で、覆われても、怖がらない。怖がら、なかった」
「・・・そう、なんだ」
その辺りの事は初めて聞いた。おそらくそういう事が以前有ったのだろう。
あの日、弱弱しく情けない姿を、私に見せた日に。
「彼、体中、締め付け、られても、抵抗、どころか、抱きしめ、返して、くれたん、だ」
その時の事を語る彼女の声は、暗いものは一切ない。本当に嬉しかった事を語っている様だ。
大事な物を、宝物を人に見せている様に。
視線は相変わらず、彼らが去った方向を見つめている。
後ろに居る私にはまったく表情が見えないのに、何故か満面の笑みであるように感じる。
もちろん前から覗いたとしても、彼女の表情はよく解らないのだけど。
「彼は、素敵な、人。あの彼が、好きだから、私は、付いて、行けない」
「それが、私には解らないわ。私は・・・辛いから」
私は彼女の言う様な事は出来ない。そんな風には思えない。
自分があの人の傍に居られなくなったらと思うと、胸の中に重いものが生まれるのを感じる。
だからこそ、そうなってしまった彼女が心配になった。
好意に振り向いてもらえないだけでも辛いのに、傍に居る事すら出来ない。
ビャビャが全てを捨てて付いて行ったって私達は構わない。
彼女が居なくなる事は痛手だが、大事な友人の幸せをを望まないわけが無い。
ギーナもそれを望んだからこそ、友人として背中を押したんだ。
「私が、好きに、なったの、は、私を、好きだと、言って、くれる、彼」
「好きって、タロウさんが、そう言ったの?」
「うん」
「なら、何で」
彼が好意の言葉を言ったのなら、何故こうなっているの。
それならば、タロウさんがビャビャの事を好きだというなら、付いて行けばよかったじゃない。
何であんなに泣き崩れる様な事になってしまったの。
彼女に訴えたい幾つもの想いが胸に生まれるが、口には出来なかった。
「私は、皆を、愛してる。ギーナ様も、仲間も、子供達も。彼は、そんな私、を、見てい、た。そして、私も、そんな自分、に、誇りを、持ってる。だから、それ、で良い」
彼女の在り方を、今の彼女の在り方こそが素敵で好ましいから、彼は彼女に好意を抱いた。
その彼女が全てを捨てるという事は、彼女ではなくなるという事。
彼がそんな彼女を好いてくれるかどうかは解らないし、何よりも自分がそれを認めない。
そう、彼女が言ったから、私にはそれ以上問い詰める事が出来なかった。
「強いね、ビャビャは。私はきっと、そんな風には思えない」
彼女は本当に凄い。ただ今回の事だけの話では無く、常に未来を見続けている。
ビャビャの行動の結果が、リガラットに大きく作用しているのは間違いない。
けどそれは、最初は誰にも理解されない行動もあった。それでも彼女は結果を残し続けた。
私は彼女の強い意志を何度も見せつけられ、自分の弱さを何度も自覚させられた。
「強く、無い。強く、無いから、しがみ、つく」
「しがみ付く?」
「本当に、強かった、ら、何も、要らない。弱い、から、しがみ付く。居場所、を、欲しがる。暖かい、場所に、依存、する。私に、とって、全てを、捨てる、のは、自分を、捨てるの、と、同じ。そんな、怖い、事、出来ない」
そう言って彼女はこちらに振り向き、私の方に歩み寄って来る。
そして私に抱き着き、私の背中をポンポンと優しく叩く。
「だから、大丈夫。貴女達が、居る。貴女達が、私の、居場所。だから、そん、なに、心配、しないで。辛い顔、しないで、良いよ。私は、この国、に、居られて、幸せ、なんだ、から」
彼女は私の耳元で優しく語り、あやす様に撫でて来た。
励ますために私が居たはずなのに、なぜか私が気を遣われ、励まされている。
「・・・普段の無口と違い過ぎよ、貴女」
「それは、彼にも、似た事、言われた。これ、からは、そこは、少し、変えて行こう、かな」
「その方が良いと思うわ。貴女、ちゃんと話せば暖かい人なんだから」
「うん、ありが、とう」
お礼を言われながら、頭を撫でられて、何故か私が泣いている。
辛いのは私じゃないはずなのに、私の涙が止まらない。
彼女に強く抱きつき、優しく抱きしめられ、不思議なほどに涙が溢れる。
「うん、やっぱり、私は、幸せ、だな。ありがとう、私の、為、に、泣いて、くれて」
「・・・本当に、貴女は損な性格で、心配な人です」
「うん、だから、これからも、よろ、しく」
「こちらこそ、貴女が居てくれると心強いです」
涙声になりながら、これからもこの人と歩む事を伝え合う。
とても暖かくて、優しくて、素敵な女性だけど、自己犠牲の強すぎる心配なこの人と。
本当に泣かなきゃいけないのは貴女のはずなのに、そんな貴女を見て泣いてしまう様な私に礼を言うこの人が、余りに暖かくて心配になる。
だけどやっぱり、いつかこの人には幸せになって欲しい。
この国では誰よりも、この人こそが幸せになるべきだ。
だから今は、いつか彼よりも素敵な相手が、彼女の前に現れる事をただ祈ろう。
彼女が自己犠牲無く甘えられる相手が現れる事を、心から祈りたい。
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