第574話帰る時間です!
「では、皆さんお世話になりました」
イナイがそう言って頭を下げるのに続き、俺達も頭を下げる。
俺達の前に並ぶのはギーナさんと、その側近の皆さん勢ぞろいだ。
宿の親父さんも来ている。
ギーナさんと親しげに話していたから、やっぱり古い知り合いだった様だ。
あまり目立たない様にと街から出ての見送りだ。
とはいえ、ここに来るまでの道中で目立っていたんですけどね。
因みにアロネスさんはまだ残るらしいです。帰りたいって言ってたけど無理らしいです。
あんまりわめくのでイナイに関節技極められていた。
「まあ、タロウ君がイナイの旦那さんになって、かつ遺跡破壊続けてる限り、遠くないうちに会うと思うけどね」
「ですね、それは俺もそうだと思います」
ギーナさんの言う通り、おそらくまた会う事になるだろう。
リガラットの土地は広い。そして調べられていない土地も在る。
首都から近かった山に在った遺跡すら見つかって無かったのが現状なんだ。
またいずれどこかで見つかる可能性は高い。そうなった時は俺にまた連絡が来るだろう。
「クロト君もまたね」
「・・・はい。ありがとうございました」
クロトはギーナさんに頭を撫でられ、そのまま頭をぺこりと下げた。
初めて会った時の様な震えはもう見られない。普通に彼女の前に立てている。
これもここに来なかったら見られなかった光景だったろうな。
「頑張ってね。応援してるからねー」
「・・・うん」
そして彼女はしゃがみ込み、ぎゅーっとクロトの事を抱きしめる。
クロトは何処か嬉しそうに、彼女の抱擁を受け入れていた。
頑張ってとは、単純にこれからの事に関してかな。この間の事も有るし。
それとも彼女には別の何かを話しているのだろうか。
「シガルちゃんもまたね。今度会う時はまた大きくなってそうだね」
「その時は追い抜いてるかもしれませんよ?」
「あはは、ありそうだね」
実際シガルの大人バージョンは背が高く、あそこまで成長した場合はギーナさんより高い。
そろそろ俺の身長も抜かれそうなんだよな。最近目線がほぼ同じだし。
シガルにとって、今が一番成長が早い時期なのかもしれないな。
「ハクちゃんもまた遊ぼうねー」
『うん、またね!』
まだリガラット内なので、相変わらず竜のままのハク。
竜の手で握手をして手を振る様は、小動物の様で本当に可愛らしい。
和むんだけど、ハクで和むのって何故か悔しい。お前が可愛いのは何だか気に食わない。
「イナイとは、また何度か話す機会が有るとは思う。その時は迷惑をかけるかもしれないけど、よろしく頼むね」
「私の出来る限りで貴方に応えましょう。今の貴女は友好の義を結んだ相手なのですから」
「んー、違うなぁ、イナイ。私の聞きたい答えはそうじゃないんだなぁ」
ギーナさんはイナイの答えに不満を漏らす。その様子に驚いたのは彼女の側近達だ。
当のイナイは特に動揺した様子も、気にした様子もなかった。
ただ、短く、彼女に応えるだけだった。
「任せろ」
「ん、任せた」
イナイは歯を見せながら、獰猛とすら感じる笑みでギーナさんに応えた。
この二人は昔からの友人という訳じゃない。むしろ敵対同士だった相手だ。
けどそのやり取りの中に、深い信頼が有る様に見えた。
ただこの普段のイナイを知らない人達は、少し驚いていた。
でも何人かは素のイナイ見てた気がするんだけどな。少しだけだけど。
「タロウ、さん」
そこで声を掛けられ、振り向くとビャビャさんが歩み寄っていた。
俺の手前で立ち止まり、相変わらず感情の読めない顔が此方を向いている。
そんな俺達の様子を皆が見ているなか、彼女は俺に抱き着いて来た。
ただそれは前の様な物では無く、普通の人が抱きつくのと同じ様な感じだ。
「また、来て、ね」
彼女はいつも通りの可愛らしく優しい声音でそう言うと、俺から離れて行く。
その動作はとても綺麗で、動き自体は可愛らしくて、彼女が「人」をやろうとしているのが凄く解って、余計に彼女の凄さを痛感する。
彼女の体は本来あんな動きをする必要のない体だ。あの時にそれを知った。
けど人の社会で生きて行く為に、彼女は人らしく動く。周りに気を遣わせないために。
そして今も、俺に気を遣わせないために、また来て欲しいと言ったんだ。
「はい、またいつか」
「う、ん」
俺の答えに、彼女は満足そうに頷いてくれた。
相変わらず表情は解らないけど、この人の事は前より少し解る。
やっぱりきっと、俺はこの人の事を好きなんだろうな。
このどこまでも優しい女性に、心から好意を持てている。だから―――。
「貴女が成した事を見る為に、生きている限り、貴女にはまた会いに来ます」
酷な事を言っているのかもしれない。酷い事を言っているのかもしれない。
振った相手がまた来るなんて、何考えていると言われるかもしれない。
けど、この人はそれを望んでいると思った。
自分が悲しい思いをしてもやりたかった事を、知って欲しいと思っていると。
「・・・ありがとう、タロウ、さん」
ただそんな俺の言葉に、彼女は嬉しそうな声で返事をしてくれた。
それで良いと、そうであって欲しいと言われた様にも感じたのは、ただの自己満足だろうか。
けど少なくとも、彼女が普段通りに対応してくれたのは確かだ。
「んじゃ、行くか」
イナイが俺に声をかけて、技工車を取り出す。そしていつも通りの位置に皆乗り込む。
ギーナさんとレイファルナさん以外は驚いていたが、イナイは特に気にせず淡々と出発準備を進める。そして、本当に出発の時間が来た。
イナイは最後に軽く手を振って、ハンドルを握る。
車が発進し、それでもまだ見送ってくれる彼女達にイナイ以外は手を振った。
皆とは今生の別れでは無いけど、暫く会うことは無いだろう。
あの中の誰かとはすぐ会うかもしれない。けどきっと、全員と会う事は無い。
数か月後か数年後か、また会える日を楽しみにしていよう。
特に彼女とは、ビャビャさんとの再会は本当に、心から。
宿の親父さんすら見えなくなったところで、俺達は前を向く。
ただシガルだけは何か思う所が有るのか、暫く後ろを見続けていた。
その表情が悲しそうな物なのがとても気になる。
どうかしたのか聞いてはみたが、彼女は答えてくれなかった。
そして暫くして普段通りの表情に戻り、これからについての話を始める。
結婚式に関しての話だ。
そうだよ、俺帰ったら結婚の為の挨拶回りが待ってんだよ。忘れてた。
ていうか、ブルベさんマジで頼むから、結婚式派手にしないでくれよ・・・。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます