第572話ワグナさんが固すぎます!

「やあ、タロウ君」

「あ、ワグナさん、どうも」


余り人の居ない時間の食堂でクロトとパリャッジュ君の対局を眺めていたら、ワグナさんがやって来た。

多分以前伝えられた通り、イナイへの挨拶に来たんだろう。

一応彼の事はイナイに話しているし、今日は部屋に居るから何も問題ない。


「イナイなら部屋に居ますんで、案内しますね」

「すまない、ありがとう」


クロト達は遊戯盤に目が釘付けなので、少しぐらい離れても大丈夫かな。

一応親父さんも傍に居るので問題ないだろうし。

あ、でもクロトに一応挨拶させておいた方が良いかな。


「クロト君、こんにちわ。少しお父さんを借りるね」

「・・・こんにちは」


なんて思っていたらワグナさんが先にクロトに挨拶をして、クロトも応えていた。

俺が悩む必要無く、大人なワグナさんは先回りをするのであった。

・・・そういえばワグナさん幾つなんだろ。


「では、タロウ君、お願いするね」

「あ、はい」


こちらに向き直ったワグナさんに応え、部屋まで案内する。

イナイとシガルはお茶をしていた所だった。

ハクは部屋の端っこに置いてある椅子の上に丸まっている。

なんか新しいクッション下に引いてるな。イナイに貰ったのかな。


「失礼いたします。拳闘士隊総隊長代理、ワグナ・ドグ・ヘッグニス、ご挨拶に参りました」


そして部屋に入るなり、膝を付いて挨拶をするワグナさん。

当然といえば当然だけど、俺やクロトにするのとは違ってちゃんとした挨拶だ。

イナイは手に持っていたカップを音を出さずに置き、にっこりと笑いながら口を開く。


「ありがとう、ワグナ。挨拶に来てくれた事、嬉しく思います」

「はっ、そのお言葉が、自身にとっては何よりの褒美です」


気のせいか、ワグナさんの挨拶に違和感が有るんだが。

今までの彼の事を想い返し、飛行船での事を思い出す。

あの中で出会った時はガチガチだったせいもあるのかもしれないけど、膝を付いてまで挨拶はしていなかったような。


「ですがワグナ、ここは公の場では有りません。そこまで畏まらずとも構いませんよ」

「はっ、申し訳ありません」


イナイにそう言われ、立ち上がるワグナさん。

そうだよな、前に挨拶した時は普通に立って挨拶してた。

それにイナイも周りの人もそれを咎めてなかったはずだ。


「・・・ワグナ、今の貴方は少し力が入り過ぎている様に見えますね」

「そ、そうでしょうか」

「ええ、おそらく他の方も同じ様に感じていると思いますよ」

「も、申し訳ありません。全ては未熟が故です」


ワグナさんはイナイの言葉を注意されたと受け取った様で、焦った様に頭を下げる。

けど多分、これは注意じゃなくて、心配してるんだと思う。

俺も似たような印象受けたもん。以前と違って何だか変に力が入ってる。


「謝る必要はありませんよ」

「はっ」


イナイは優しく声をかけるが、ワグナさんは変わらず固いままだ。

勿論彼にとってイナイが憧れの相手、と言うのも作用しているとは思うけど、それでもなぁ。

一応一度手合わせをして、そこそこ世間話をした相手としては、心配になってしまう。


「ワグナ、貴方はミルカの代理です。ですが貴方はミルカとは違います」

「はっ、理解しております。この身は未だ隊長には遠く及ばず―――」

「そうではありません」


ワグナさんが代理としては不相応だと言い出したのを塞ぐ様に、イナイは否定を口にした。

その声は先程までの優しい声音では無く、とても固い声だ。


「貴方は貴方、ミルカはミルカです。彼女と同じ事を貴方に求めはしません。貴方は貴方の出来る限りをやれば良いのです。そしてミルカは、貴方だからこそ隊を纏められると思って任せたのです。無理に肩を張る必要はありません」


けどその続く言葉は、声音こそ固いものでは有ったけど、内容は優しいものだった。

もっと高みを目指せというのではなく、今の彼だから出来ると判断されたのだと。

そして今自分が出来る限りをやれば良いのだと。


「貴方は自分の力量をよく理解している。なら私達が心配するは貴方の増長よりも、貴方が無理をしないかという事です」


最後は優しく、気遣う様に彼に言った。

そして言われた彼と言えば、目を見開いてイナイを見つめている。

手は強く握られ、体も小刻みに震え、まさしくイナイの言葉に感動している様に。


「自分なぞにそこまでの暖かいお言葉、感謝の言葉もありません」


そして本当に嬉しそうにそう言って、頭を下げた。この人本当にイナイの事好きだな。

ワグナさんの場合は尊敬する相手って意味だから、全然嫉妬と湧かないな。

一歩引いて会話してるせいも有るかな。


「ただ、貴方がそれだけ真剣にミルカと国の事を考えている事は、大変嬉しく思っています」

「自分の行動が、皆様方にとって満足いく物であれば、自身にとってもこれほどうれしい事は有りません。これからもこの身を粉にするつもりで働く所存です」

「ありがとう、ワグナ。ですが先にも伝えましたが、無理はしない様に」

「はっ! では失礼致します!」


ワグナさんは最後まで硬いまま、イナイに挨拶を終えて部屋を出ていった。

彼が宿から離れて行くのを確認してから、イナイは一つため息を吐きだす。

そして去って行く彼を窓から眺めながら口を開いた。


「前とは別の意味でガッチガチだったな、あいつ。大丈夫か」

「あ、やっぱりそう思う?」

「おう、肩に力が入り過ぎだ。ミルカの代わりって事で重いのは解るが、もう少し力抜かねーとそのうち潰れるぞ、あれは」


やっぱりイナイの目から見ても、ワグナさんは力が入り過ぎている様だ。

俺がそう思うぐらいだもんな。イナイが思わないわけ無いよな。


「飛行技工船の中で会った時はもうちょっと余裕のある人だったよね、あの人。お姉ちゃん相手に緊張はしてたけど、今日のはまた違ったよね」


隣で見ていたシガルも同じ様な感想だった。

ただまあ、俺も彼の気持ちは解らなくは無いんだよな。

俺も彼と同じで、ミルカさんの背中見ている様な物だし。


ただ俺と彼では物の見方が違う。俺は自分が出来ない範囲は出来ないと諦めてしまう。

勿論やれる限りはやるけど、今出来ない事はやろうと思っても出来ない。

そういう開き直りをするから、その分俺は気楽になれる。

先に進むのを諦めるわけでは無いけどね。いつかはミルカさんに認めて貰う気だし。


それに俺にはどれだけ無理をしたとしても、止めてくれる人が身近に居る。

辛いなら辛いって、全力で甘えさせてくれる相手が居る。

どんな関係性でも良いから、そうやって吐き出せる所が彼にあると良いけど。


「ワグナさん、身近に彼のあの固さを取ってあげる人とか居ないのかな」

「うーん、ゼノセスの奴は仲が良いみたいだが、それでもそこまで世話焼くかなぁ」


ゼノセスさんかぁ。あの人とはそこまで会話してないから、どういう人か知らないんだよな。

割ときつめの性格っぽいっていう認識しかない。後負けず嫌い。

そもそもあの二人が仲が良いっていうのも、今知ったし。


「まあ現状あいつが無茶するような案件は・・・無くは無いが、そんなに無いし大丈夫だとは思うがな。周りも気にしているみたいだしな」

「あるんだ」

「まあな」


詳しくは言わないあたり、国の機密的な話なのかね。

イナイはイナイでこうやって言えない事も多いから、ガス抜きさせてあげないとな。

シガルぐらい、甘えるときは全力で甘えても良いと思う。


「さて、クロトそのままにしてるから戻るね」

「おう」

「後であたしも行くね、タロウさん」


二人に手を振って部屋を後にして、クロトの下へ戻る。

クロト達は相変わらず盤面を凝視していた。

ていうか、クロト手加減してやれよ。何連勝してんだよ。

それでも折れないパリャッジュ君も強いな。


こうやって家族を和やかに眺めている時間が、俺の心の安寧の時間だろうな。

ワグナさん本当に大丈夫かなぁ・・・。

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