第571話クロトの作った夕食です!

「・・・お父さん、これで良い?」

「うん、そうそう、上手上手」


捌いた魚を見せて、これで良いかと確認してくるクロト。

普段は簡単な手伝いぐらいなのだけど、珍しくやりたいと言って来たので教えている。

小さな手で包丁を持ち、慣れない手つきで捌くさまはハラハラした。


でも捌いた魚自体はとても綺麗で、上手く出来ている。

クロトの大きさに合わせて小さめの物にしたのも良かったかな。

因みに俺は俺で別の魚をさばいて、更に小骨を取っている。こういうの刺さると痛いんだよ。


「じゃあそれは全部あっちにまとめて、潰してくれるかな」

「・・・うん」


俺の捌いた方はそのまま煮物にするつもりだが、クロトの作った分は団子状にする事にした。

これはもしクロトが上手く出来なくて、身をボロボロにしても使える様にと思ったからだ。

団子なら砕けてても関係ないからね。


「潰し終わったら、そっちの卵と粉も混ぜてね」

「・・・これ?」

「そうそう。卵は・・・割れるね」

「・・・うん、出来るよ」


繋ぎに穀物の粉末と、卵を一緒に混ぜておくように指示。味付けはどうしようかな。

出汁を混ぜ込んで焼くか、それとも煮込んで味付けるか。

こっち煮物にする予定だし、団子は焼くか。いや、団子じゃなくてハンバーグ状にするかな。


腕輪に入れてる調味料入れの鞄を取り出し、その中から出汁と香草を取り出す。

ついでに煮物用の調味料も並べておこう。ハンバーグの出汁は昆布出汁的な物にするかな。

イナイはあんまり馴染みのない味付け方だと思うから、楽しんで貰えるだろう。


「クロト、焼くのもやりたい?」

「・・・うん、やりたい」

「それじゃちょっと台を持ってこようか。この宿の調理台ちょっと高いし」


今は仕込みをしてる段階なので全然問題ないけど、この宿は基本的に全部大きい。

流石にコンロはその巨大規格では無いけど、置いている場所が高い。

因みに俺とイナイも台が無いと無理です。


一応台は持って来ては居るけど、クロトは俺達より更に小さい。

もっと大きい物を持ってこないと、コンロまで手が届かない。


「・・・大丈夫、こうする」


俺が台を取りに行こうと立ち上がると、クロトは黒でコンロまでの階段を作った。

クロトのその黒って本当に便利だな。


「ん、じゃあ、コンロの使い方は解る?」

「・・・大丈夫。お母さんに教えて貰った」

「そっか。じゃあこれを混ぜてから焼こうか」

「・・・うん」


出汁をちゃんと混ぜ込んだのを確認してから、小さめのハンバーグ状に形を作っていく。

クロトの作る物は少し形が歪ではあったけど、これはこれで良いだろう。

俺は俺で既に煮ている根野菜の様子を確かめてから、小骨を取った魚をぶち込む。

こっちは既に味付けを済ませているので、このまま煮込みつつ灰汁を取っていく。


「タロウ君は魚料理が好きなのかい? 魚料理ばかりだけど」

「あー、その、最近ちょっと量が余ってて・・・」


俺達を観察していた親父さんの疑問に、半分仕方なしにやっていると答える。

別に魚料理自体は好きな方だけど、魚尽くしにする程好きというわけじゃない。

普通に哺乳類の肉も好きです。


俺一人なら何の問題も無いのだが、一緒に釣りに来た人間が大量に釣る事で余っている。

ギーナさんはこんなに有っても邪魔だからって押し付けて来たし。

とにかくその分を処理しようと思って、使えるだけ使っている。


因みにこれ以外にも、昆布締めっぽい物を作っている。

こっちは既に先日から仕込んでいる物なので、あとは切るだけで終わる。

魚尽くしだけど、全部調理法が違うから問題ないだろう。


「イナイちゃんも料理上手だけど、タロウ君も上手なのね」

「俺はイナイ程じゃないですけどね。彼女は年季が違いますから」

「・・・お母さんの料理、美味しい」


女将さんが感心した様に言って来るのに答えると、更にクロトが胸を張って答えた。

因みに今は夕食時なので忙しいのだが、親父さんの調理速度を速める為なのかコンロが数台設置されているので、その一部を使わせて貰っている。


こっちはこっちで親父さんの調理を見ていたのだが、何であの大きな手と道具で、あんなに小さな調理ができるのか。

親父さんの体の大きさ考えると、ミニチュア作ってる様な物だ。完全に職人芸だな。

しかもそれを苦も無くやっているあたり、もう慣れた物だとよく解る。


「タロウさん、ご家族戻られましたよー」

「あ、帰って来たんだ。教えてくれてありがとう」


息子さんのパリャッジュくんの声に反応して食堂の方を覗くと、イナイ達が席についていた。

多分俺達が夕食を作っていると説明を受けて案内されたのだろう。

イナイとシガル達はどっかで一緒になってたのかな。

探知はもう途中で自分の周囲だけにしたから、その辺りは解らない。


「じゃあ、それ焼いて持っていこうか。煮物はもうちょっと煮込むから」

「・・・うん」


クロトは黒の台に上がって、フライパンを熱して油をひいて行く。

良い感じに熱されたところで、形を整えた魚ハンバーグを乗せて行く。

油がぱちぱちと飛ぶが、クロトは一切気にせずフライパンをじっと見つめる。


俺は俺で煮物を人数分皿に盛って、締めていた魚も取りだして切り分ける。

自分の作業が終わった所でクロトを見ると、そろそろいい感じだったのでクロトにひっくり返す様に伝える。

クロトはそれに頷いて、慣れない手つきで一つずつひっくり返していく。


「クロト、こっち先にテーブルにもって行くから、ちょっと離れるね」

「・・・うん」


クロトは返事をしたが、視線がフライパンから動かない。

俺は女将さんに頭を下げて、少しの間だけクロトの事をお願いする。

そして先程取り分けた物をイナイ達の居るテーブルまで運ぶ。


「お、出来たのか?」

「クロト君が頑張ってるって聞いたんだけど、どれなの、タロウさん」

『あいつが作ったものが食えるのか?』


三人ともどうやらクロトの作った物が楽しみだった様だ。

残念ながらまだクロトは台所で格闘中だ。その事を伝えてすぐにクロトの下へ戻る。

クロトは変わらず視線が動いていない。

横から覗いて焼き加減見ると、そろそろいい感じだった。


「クロト、そろそろ良いと思うよ」

「・・・うん」


クロトに声をかけると、ちゃんと乗せた順番、ひっくり返した順番に皿にのせて行く。

はしから並べる様に置いていたので、多分意識してやってるんだろうな。

あの辺りは別に上手く行かなくても、行かなかったという事実が大事だと思っている。

まあクロトは上手にやっちゃったけど。


「じゃあ、持って行こうか・・・自分で持って行く?」

「・・・うん、持って行きたい」


クロトは自分で持って行きたい様なので、自主性に任せた。

少し動きが危なかっしくて心配になったけど、テーブルまで無事持って行く。

ただテーブルが高かったので、俺がクロトを抱えて皿を置かせてあげた。


そして俺達も席について、みんなそろって食事を始める。

意外だったのはハクも大人しく待っていた事だ。いや、最近は割とおとなしいか?


「へえ、これクロトが作ったのか。うん、美味い美味い」

「上手に出来たね、クロト君」

『ふん、不味くは無いな』

「・・・文句が有るなら食うな」

『文句なんかいって無いだろ!』


その日の夕食は「クロトが作った」という特別感のせいか、普段より美味しい様な気がした。

クロトも満足げだったし、俺も皆が帰ってくるまで寂しくなかったので満足です。

うん、煮物も上手く出来た。

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