第570話クロト君、思考放棄ですか?

「・・・んー、やっぱり、力、増してる」


黒を走らせ、自分の状態を確認して、力が少し増しているのを感じた。

そこまで大きな変化じゃないけど、少しだけ増してる。

原因と言うか、理由は遺跡の破壊だろう。


お父さんが破壊した核の欠片、その更に欠片が僕の中に入っている。

多分だけど、お父さんが壊したのは核として存在出来る繋がりなんだと思う。

それが無くなる事によって、核は存在維持を出来なくなった。

元々単一で動ける程の機能回復をしてなかったのが、大きな原因だと思う。


そしてそのままでは維持できなくなった欠片が、僕の中に入り込んだ。

僕を乗っ取るのではなく、僕の中に埋没する様に。


「・・・多分、僕は別存在になってるけど、核その物は安定してるんだろうな」


この体は人間と近しい形になっている。機能も基本的には人間と同じ。

ただ体の奥に、人とは違何かがはっきりと在るのが、今は解る。

それに僕の体は、素の状態での動きは子供と同じだけど、同じにしては頑丈だ。

無意識に防御してるのかな。その辺りは本当に解らないな。


「・・・グレット、美味しい?」


訊ねると、ガフっと鳴いて答えるグレット。

グレットは僕が力を確かめる為に、色々やってた時に釣った魚を食べている。

生魚は処理しないと危ないってお母さんが言ってたから、一応焼いた。


そう、焼けたんだ。火を出せた。どうにかして焼けないかなと思ってたら、火が出た。

お父さん達が使ってる魔術とは違う、自分の中の何かを使っている力。

出力調整がなんだか難しくて、一匹まる焦げにしてしまった。


「・・・僕も食べる」


上手く焼けた小さい魚を手に取り、もしゃもしゃと口にする。

・・・美味しくない。それになんかじゃりじゃりする。

グレットはとても美味しそうに食べているけど、僕はあんまり美味しいと思わない。


「・・・グレット、何でそんなに美味しそうなの?」


首を傾げながら聞くと、グレットも首を傾げながらぐるぅ?っと鳴いた。

けどすぐに足元の魚を食べる事を再開する。

やっぱり美味しそうで、凄い嬉しそうに食べている。


肉もただ焼いただけで美味しそうだし、グレットは舌がやっぱり違うのかな。

お父さんは濃いめの味付けの物は、あんまりあげない様にしてたっけ。

僕はお父さんやお母さんが作る料理の方が、やっぱり美味しい。


「・・・持って帰ってお母さんかお父さんに調理してもらえば良かった」


焼き加減だけは良い感じの魚を、グレットの傍に置いておく。

そうすれば多分、今食べてる分を食べ終えた後に食べるだろう。

僕はもう良いや。味が無いし、臭みが強いし、全然美味しくない。


偶にお手伝いするけど、あんまりちゃんと料理した事無いので、そのうち習おうかな。

お父さんに教えて貰うのが良いかもしれない。その方が気がまぎれると思うから。


「・・・最近お父さん、ちょっと無理してるよね」


グレットを撫でながらぽそっと呟くと、食べ終わった様でゲフゥとゲップで返された。

美味しかった様で満足げだ。魚も中々大きかったから、お腹も大分膨れただろう。

満足げにガフッっと鳴いて、僕の顔に額をこすりつけて来る。


「・・・よしよし・・・ねえグレット、お父さんの事は好き?」


撫でながら聞くと、グレットは勿論だと言わんばかりにガフッと鳴いた

そっか、グレットもお父さん好きなんだね。

でも何で、グレットはお父さんの言葉が解らないんだろう。

お父さんが話しかけると、たいてい首を傾げて不思議そうにしている。


「・・・グレットって何でお父さんの言ってる事解らないの?」


僕の質問にグレットは首を傾げ、僕も同じ様に首を傾げる。

グレットも何故なのか解らないのかな。

でもそれでもお父さんの事が好きなら、それで別に良いか。


お父さんの事は僕も好きだ。大好きだ。

優しくて甘えさせてくれるお父さんが、とっても好き。


「・・・お父さんの事好きだから、だから、言えないよね」


遺跡を壊すたびに、多分僕は少しずつ違う物になっていっている。

勿論今の状態が安定しているし、乗っ取られる様な事もない。

けど間違いなく、ほんの少しずつだけど、変化していっている。


このまま壊し続けたら、完全に違う物になってしまうのかな。それは少し怖くて不安だ。

けど、だからと言って遺跡の破壊を止める気は無い。

それがお父さんとお母さんの望みだし、今の僕の望みでもある。


いつか、兄弟を見つける為に。そして、出会った時に絶対負けない為に。

この手で確実に兄弟を屠る為にも、遺跡の破壊を止めるわけにはいかない。


「・・・絶対に、殺されてやるわけには行かない」


兄弟を殺すと決めたと同時に、僕は絶対に負けるわけにはいかないと思っている。

僕は僕の手に持つ幸せを自覚しているし、それを手放す気は無い。

兄弟を解放してあげたい気持ちは有るけど、それとこれは別の話だ。

僕は僕である為に、僕じゃなくなっても兄弟を殺す。


「・・・お父さんに言ったら、きっともっと無理をするだろうし」


予想でしかないけど、お父さんなら核を完全に吹き飛ばす事は可能だ。

だけどそれは、今でさえ過負荷なのに、さらなる負荷をお父さんに与える。

そんな事を繰り返せば、そう遠くないうちに限界が来る。


ただでさえ、お父さんは無茶を平気な顔でする人だ。

何気ない感じで色々やってるけど、お父さんは自分の体の悲鳴を無視してる。

お父さんの特殊な強化魔術が良い例だ。

あんなの、体を酷使しているなんて軽い話じゃない。自殺一歩手前だ。


「・・・だから、お父さんにはもっと休んで貰わないと」


このままだと、お父さんは本当に死んじゃう。

明確な理由は解らないけど、お父さんを見つめているとそう感じる。

最近少し回復してきてるけど、もう少し休まないと多分駄目だと思う。


お母さんはその判断を僕に委ねてくれたから、もうちょっとお父さんには休んで貰う。

そうしないと、きっとお父さんはどんどん遺跡を壊しに行こうとするから。

本当は僕が出来るならしたいんだけど、遺跡の中に入ると身を守るだけで手いっぱいになる。

だからどうしても、破壊にはお父さんの手が要る。


「・・・ままならない」


せめて自分が力の制御を完璧に出来るなら、きっとまた違うんだろう。

ギーナさんのおかげで色々制御出来るようになったけど、まだ完全とは言い難い。

全力を出そうとすると、意識が段々おかしくなっていく。


「・・・むずかしいねー」


どうにも考えや方向性が纏まらないので、面倒臭くなってとりあえず考えるのを止める。

そしてグレットを撫でながら、言っても仕方ない言葉を口にした。

最近の僕は、お父さんの思考放棄を真似する様になった気がする。


お母さんには良く怒られてるけど、時には必要なんだと思う。

特にお父さんみたいな人にとっては、しないと駄目な行為なんだろう。


「・・・そろそろ帰ろっか」


日も落ち始めてきたし、あんまり遅くなるとお父さんが心配する。

グレットに声をかけると、ゴロゴロ鳴きながら伏せてくれた。

なので素直に背中に乗せてもらい、グレットの足で宿に戻る。


トテトテと歩いているけど、グレットは一歩が大きいので僕が歩くより早い。

日が落ち切る前には宿に戻れるなぁと思いながら、グレットの上に寝転がる。

ふかふかで気持ち良い。


「着いたら起こしてね」


そう頼んで、目を瞑る。

グレットはガオーと元気良く鳴いて、あまり揺れない様に歩いてくれる。

頭のいい子だなぁと思いながら、グレットの背中の暖かさを感じながら目を閉じた。

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