第568話総隊長就任だそうです!
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
バッタみたいな見た目の人が出してくれたお茶を、お礼を言って受け取る。
黄色いお茶だけど、玄米茶とかそっち系なのかなぁ。
疑問は措いて取りあえず口に含むと、何とも表現し難い独特の苦みが口に広がった。
いや、ごめん、誤魔化せない。めっちゃ雑草の味だ。草すり潰して飲んでるみたいだ。
「あはは、彼らには申し訳ないけども、自分も同じ顔になったよ」
思いきり顔に出ていた様で、ワグナさんに笑われてしまった。
後ろに控えているワグナさんの部下の人達にも笑われてしまっている。
でもまあ、別に飲めない事は無いので、グイッと一気に飲み干した。
器をテーブルに置いて息を吐くと、鼻の奥から雑草の匂いが素敵に広がる。
匂いが苦い。訳解らない感想だと思うけど、本当にそれが素直な感想だ。
二杯目は欲しくないです。
「さて、おちついた所で聞きたいんだが、君は何で家の中の様子を探っていたんだい?」
俺が落ち着くのを待ってから、ワグナさんは穏やかに訊ねてきた。
本来ならもっと怖い感じで聞かれるのだと思うけど、知り合いという事で優しいのだろう。
態々中の様子を探る為にやったわけでは無かったのだけど、結果としてはそうなってしまった。
ワグナさん相手なら、その辺り正直に言ってしまって大丈夫だろう。多分。
「いえその、イナイ達を捜してたら貴方が居たので、挨拶出来るなら挨拶しようかなーと」
「という事はもしかすると、かなり遠くから探していたという事になるのかな?」
「はい、学校の方から歩いて来たので、そこそこ距離はありますね」
「成程、ね」
俺の言葉に納得する様子を見せたワグナさんだが、後ろの人達はあまり納得していない模様。
そこそこ距離遠いから、そこから探知で捜せるはずが無い的な感じかな。
魔術苦手な人だと難しいだろうから、無手メインの人達だと納得出来ないのかもしれない。
後ろの彼らは以前飛行船に居た人達だ。全員じゃないけど何人かは覚えている。
「それならしょうがないとは思うが、あそこまでの精度での探知を隠匿して家を探っていたら、不審に思われてしまうよ。気を付けて」
「あ、はい、すみません」
てことは、ワグナさんは俺の探知に気が付いたって事だろうな。
まだまだ未熟な自覚はあるけど、こんなに簡単にばれると思って無かった。
ワグナさんは魔術師じゃないからって甘く見てたな。ちょっと反省。
そして気にされない様に慎重にやった結果が、逆に不審に思わせてしまったか。
という事は、レイファルナさんとかも気になってたのかな。
今度ちょっと聞いてみよ。もしそうだったら謝ろう。
「ああそうだ。一応後日ステル様にはご挨拶に向かわせて頂くつもりだったので、帰ったらいずれご挨拶に向かうと伝えて欲しいんだが、お願い出来るかな」
「あ、はい、解りました。必ず伝えておきます」
他の事で頭にいっぱいになると伝え忘れる事が有るから、これはちゃんと覚えておかないと。
ワグナさんは特にイナイに心酔してるらしい人だし、伝え損ねたら可哀そうだ。
それにしても何で彼は此処に居るのだろうか。
「あのー、聞いて良いのかどうか解らないですけど、ワグナさんは何でこの国に?」
彼がこちらに来るなんて話はイナイからは聞いていないし、そもそも彼が来るならアロネスさんの護衛同行は彼で良かったのでは。
何て思っていると彼は少し困った顔をして、後ろの部下の方々は噴き出す様に笑い始めた。
よく解らない彼らの態度にきょとんとしていると、ワグナさんが気分重そうに口を開く。
「まあ、顔見せというか、自分の挨拶というか、そういう感じ、かな」
顔見せの挨拶?
この国の人達にワグナさんが態々挨拶に来なきゃいけない理由が有った、って事かな。
彼の言葉に疑問が氷解出来ずにいると、彼の後ろから複数の声がかかった。
「はっきり言いましょうよー、ワグナ総隊長ー」
「そうだぜワグナ拳闘士隊総隊長殿」
「ワグナ総隊長就任の挨拶回りだってちゃんと言わなきゃなぁ!」
「そうそう、ワグナ総隊長、ちゃんと胸張って」
もはやゲラゲラ笑いながら、茶化す様に口々にワグナさんに声をかける部下の方々。
言われた彼は困惑の色が濃くなった表情で、彼らを見返す。
「だーかーらー、代理を付けて下さいって何回も言ってるじゃないですか!」
ワグナさんは叫ぶ様に彼らにそう伝えるが、伝えられた側の態度は変わらない。
その様子に、ワグナさんはがっくりと肩を落とした。なんか苦労してそうだなぁ。
「代理でもその職に就いたのは間違いないだろ?」
「いい加減諦めましょうよワグナさん」
「そうだぜ、多分誰も代理なんて呼ばねーって」
他にも皆色々言っていたが、大体こんな感じの事を言っていた。
話から察するに、おそらくミルカさんの代理に就いたって事なんだろうな。
んでワグナさん自身は代理って所を強調したいけど、誰もそう言ってくれないと。
「まあ、その、そういうわけで、隊長が出産後戻ってくるかを保留にしている事も有って、一応拳闘士隊総責任者代理としての挨拶を、色々してるところだったり、します」
物凄く言い難そうに、ワグナさんは此処に居る理由を語った。
予想と間違って無かったので納得はしたのだけど、彼がそこまで嫌がるのがよく解らない。
それって彼的には出世なのでは?
「ワグナさん、何でそんなに嫌そうなんですか?」
「何でって、隊長の後を本当に継いだならともかく、隊長に遥かに劣る身でこの職に就く事なんて苦痛でしかないよ。その上この人達はこの調子だし」
俺の疑問に、心底嫌そうな顔をしながらワグナさんはそう答えた。
なお、他の方々の揶揄う様な言葉は相変わらず続いている。
やっぱこの人苦労してそう。
「あのー、部下、なんですよね、この人達」
「まあ、一応。仕事になれば指示は聞いてくれるよ。普段はこの調子だけど」
公私はきっちり別なタイプの人達か。なら問題ない・・・のかなぁ?
いや問題ある気がするんだけど。だって挨拶に来てる国でこの扱いって駄目じゃね?
本来そういう大きい役職なら、周りもしかるべき態度でないと駄目なのでは。
「そうだ、タロウ君、折角会えたのなら君に聞きたい事が有るんだが、良いかな」
「あ、はい、なんですか?」
だが疑問を口にする前に彼に先に問われてしまい、慌てて返事を返す。
ただその口調が真剣だったせいか、後ろの皆も静かになった。
「君はこちらの、ギーナ様の腹心達の力はどの程度の物に見えたか、よければ教えて貰いたい」
「え、あー、はあ。それは良いんですけど」
俺はちらっと、聞こえる位置にいるこちらの人達に目を向ける。
ここでそういった話をしても構わないのだろうか。
「大丈夫、隠す必要なんてない。彼らは公務の人間だ」
「あ、そうなんですね」
会った事が無いけど俺が関わり無いだけで、彼も公務員か。
てことはギーナさん達の誰かの部下なのかなぁ。
いや、彼らは組織のトップクラスというだけで、別で仕事してる人達は普通にいるよな。
まあいいか、彼が大丈夫というならそれで。
「武力的な事ですか? それとも文化的な事ですか? 政治的となるとよく解らないですけど」
「自分は武官だからね。出来ればそちらを教えて欲しい。・・・彼らの実力の程を」
先程までの気楽な雰囲気が完全に消え、ともすれば俺に飛び掛かってきそうな程の圧を見せながら聞いて来るワグナさん。
何か気負い過ぎてる気がする。大丈夫かな。
これは俺が気にしても仕方ないんだろうけど、ちょい心配。
「ギーナさん直属の戦闘が出来る人達には、俺じゃ勝てないと思います。あーでも、レイファルナさんはちょっと解らないかな・・・。でも基本的にあの人達は少し格が違うかと」
「君が勝てない、か。あの時の様な全力で、技工剣が有りでも無理そうかい?」
「傷をつける、負傷を与える、程度なら出来るかもしれないですけど、多分勝つのは無理だと思いますよ。こちらの方と手合わせしたことありますけど、速さについていけませんでした」
ドッドさんには二乗強化を使えば追いつけるかもしれないけど、勝てるかというと怪しい。
そしてその彼に強いと言わせるフェロニヤさんやドローアさんには、勝てる自信は一切ない。
ニョンさんに関しては、底が知れなさ過ぎる。
「あの人達は驚くぐらい強いですよ。その実力を測りかねる程に」
俺の言葉にバッタ顔の人が何だか胸を張った様な気がした。
表情が解らないので気のせいかもしれないけど。
そして逆に拳闘士隊の彼らは神妙な表情で俺を見つめていた。
ただその表情からは、やはりという納得の様子ではあった。ただ一人を除いて。
「やはりそうか・・・ありがとう、参考になった・・・」
ワグナさんは一人、かなり険しい顔をしていた。
ただその顔は脅威に対する物というよりも、自分に向けたものの様に感じた。
何故かは解らないけど、ワグナさんは自分を責めている様な、そんな風に見える。
微妙な雰囲気の沈黙が続き、どうしたものかと悩んでいると、先程のバッタ顔の人がこちらにやって来た。
そしてワグナさんに向かって一礼をして、背筋を伸ばしてから口を開いた。
「ワグナ・ドグ・ヘッグニス様、ご案内致します」
もしかしてこれからどこかに向かう前の待機だったのかな。
てことは彼らの休憩時間にお邪魔した形になったのかもしれない。
おおう、二重で迷惑かけてんじゃん。
「ええ、お願いします。すまないタロウ君、自分はここを離れないといけない」
「あ、いえ、こちらこそお仕事中すみませんでした」
ワグナさんは俺に謝るけど、謝るのは俺の方だ。
いやだって、完全に邪魔しに来てんじゃん、俺。
後ろの隊員の方々も申し訳ないです。ほんとすみません。
「では、また」
「はい、また」
彼に付き合う形で外に出て、手を振ってくれたので振り返して彼を見送る。
その後ろ姿は堂々としたものなのだけど、やはり何か気を張っている感じが拭えない。
「まあ、ミルカさんの代わりだもんな」
あの人の代わりとか言われてしまうと、気を張るのもしょうがないか。
案外周囲の人達の揶揄いはわざとやってるのかもしれない。
ワグナさんが緊張しすぎない様に、ってのは考え過ぎかね。
「さて、今度こそ本当にどうするか」
相変わらず誰も探知にかからないし、一人散歩の続行かな。
なんかもう既に寂しくなってきてるんだけど、どうしよっかねぇ。
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