第567話ちょっとした再会です!
ビャビャさんと別れた後の帰り道、彼女の事を想いながら歩を進めていた。
彼女の暖かさや心地よさは、本当に素敵だと思う。
優しくて母性溢れる彼女の在り方自体には、間違いなく惹かれるものがあった。
おそらくだけど、彼女は俺にとって本当の『好みの女性』なんだと思う。
なんとなく、そう思った。
「もし、イナイに出会ってなかったら、きっと縋っていただろうな」
この世界に来た時、俺の中は空っぽだった。
だからとても暖かくて、優しくて、少し厳しくて、いつも面倒を見てくれるイナイに応えた。
彼女に応えた理由はとても軽い物だ。今思い返してもそう思う。
けど彼女は、その軽い答えを俺に導いてくれたんだ。
心のすり減っていた俺が誰かに縋りたいと、傍に居たいと素直に想えた相手。
彼女はあの時の俺にそう想わせてくれた女性なんだ。
だから俺にとって、イナイ以上の女性になり得る存在は居ない。心の底からそう思っている。
多分シガルもそこには気が付いているんだろう。彼女の俺に対する態度からその気配は伺える。
けどだからって、シガルを下に見ているわけじゃない。俺にとっては二人共大事な人だ。
むしろシガルが居たからこそ、俺は今以上に在ろうと出来ていると思う。
尊敬という意味では、シガルはイナイよりも尊敬している相手とも言える。
彼女のあの真っすぐさと強さがあまりに眩しいから、彼女が好きな俺であろうと思えている。
あの強い瞳に射抜かれたからこそ、俺は彼女と共に居るんだ。
俺にとっては、今の俺にとっては、彼女達は居てくれないと俺でいられない相手だ。
我が儘を向けている自覚はあるし、それを彼女達が受け入れてくれているのも解っている。
だからこそ、俺は二人の事を特別な相手だと、そう想う。
「だから、もしもなんて考えても仕方ない。彼女には応えられない、よな」
足を止めて振り向き、ある方向を見つめる。彼女が居る所を。
彼女はとある場所から動いていない。
俺と別れた後、ある場所から一切移動をしていない。
学校でもなく、レイファルナさん達の居る仕事場でもないどこかで、ずっと止まっている。
それがどういう意味かぐらいは解る。これで二度目になるのだから、余計にだ。
彼女が俺のどこを好いてくれたのかは思う所があるけど、彼女は最初から最後まで真剣だった。
あの告白がどれだけ本気だったかぐらいは、俺でも解っている。
そして彼女が俺にとって、好意を寄せられる女性だと思うだけに、余計に彼女の事が気になってしまう。
けど彼女はイナイとは違う。シガルとも違う。
違うのは当然だけど、俺に対する好意の在り方と、それによる自分の在り方が違う。
イナイもシガルも、自分の持つ物全部捨てても俺の傍に在りたいと、そんな覚悟で俺の傍に踏み込んでくれた人だ。
俺の事を一番に優先して飛び込んできた二人だ。だから俺は二人の為なら何でもやれる。
彼女達と同じく、家族以外の全てを捨てる覚悟は持っている。
けど彼女は、夢を捨てる事は出来ない。この国を離れる事なんて出来ない。
俺の為に全てを捨てて付いてくるなんて出来ない人だ。
だから俺は、彼女に応えるわけにはいかない。それは二人を裏切る事になる。
「・・・きっと、多分、俺も好きだったと思いますよ。貴方の事」
彼女の居る方向を見つめながら、最後の好意を口にする。
面と向かって好きだなんて言う程の好意じゃない。愛してるなんて口が裂けても言えない。
それでもきっと、俺はあの人の事を好きだったんだと思う。
あの人の子供達に対するあの想いは、国の未来に対する想いは、本当に素敵だと思ったから。
そしてそれを最後に、俺は彼女の事を考えるのを止めた。
思い悩む権利が有るのは、勇気を出した彼女のほうだけだ。
応えられなかった俺が、うじうじ悩む権利なんか本来はない。
「うっし、気晴らしに街の散策でもするかね」
背筋を伸ばし、気分を無理矢理切り替える。
俺が人族なせいかたったそれだけでも目立つ様で、周囲の視線を集めていた。
けど案外すぐにその視線は散らばっていった。
「・・・よく考えたらこの辺はグレット連れてよく歩いてるもんな」
むしろ俺一人の今日の方が目立たないぐらいだな。
そういえばグレットはクロトが乗ったまま連れて行ったけど、本当に何処に行ったんだろうか。
そうだ、今日はグレットが一緒だから探知で探せるな。
いやでも、クロトは行き先言わないで行ったもんなぁ。見つけたら嫌がるかなぁ。
イナイは多分お仕事関連でどこか行った臭いので、邪魔しないようにしないといけない。
シガルとハクに合流するのは何だか怖い気がする。何故か解らないけどそんな気がする。
「街にいるかどうかぐらいは、良いよな」
自分自身に言い訳をしつつ、探知の範囲をゆっくりと広げていく。
周囲の人が不審に思わない様に、ゆっくり、ゆっくりと。
そうして解った事があった。
「近所に誰もいねぇ」
イナイはまだともかく、シガルとハクが街中に居ない。
それどころかグレットも街に居ない。どこ行ったんだ。
クロトが居るから大丈夫だとは思うけど、そんな遠出して何しに行ったんだろうか。
「ん、あれ、何か覚えのある人が居る」
家族を捜して探知を広げていたら、予想外の人が引っ掛かった。
何であの人が此処に居るんだろうか。
何となく気になって彼の周囲を良く調べてみると、覚えのある魔力の持ち主が集まっていた。
あの人一人じゃない、って事はお仕事だろうな。そうなると邪魔しちゃいけないか。
でも気になるし、ちょっと様子だけ見に行くぐらいは良いよね?
相変わらず自分に言い訳をしながら、その人物の方へ足を向ける。
転移して下手に入っちゃいけない所に入るとかしたら困るからね。
とりあえず徒歩で近づいて、会えなかったらそれで良いかな。特に今日やる事もないし。
「ここ最近あんまりこうやって一人でぶらついて無かったから、ちょっと楽しいかもしれない」
勿論傍に誰かが居るのが嫌だというわけじゃないけど、たまには一人も悪くはない。
まあ夕方になればそれも「寂しい」とか言い出すのは目に見えているけどね。
偶にだから良いんですよ。いつも一人とか寂しくて堪らないじゃないですか。
こういう思考になる時点で、俺はもう一人には戻れないなと思う。
以前なら一人が当たり前だった。当たり前だった、よな。
もう最近、あの頃の自分が思い出せなくなりつつある。
イナイ達には感謝だな、本当に。
ハクっていう騒がしい友人も、クロトっていう息子も、あの二人が居たから出会えた相手だし。
ま、二人共俺よりあの二人に懐いてるけど。
そんな事を考えながらてくてく歩いていると、目的の場所近くに到着。
だけど彼は建物の中の様なので、流石に中を覗くわけには行かない。
まあ、お仕事だろうなと思ってたし、建物に居るのは予想してたし、別のとこ行くかな。
そう思って足を踏み出すと、彼らが移動を始めた。
もしかして外に出てくるのかなと思い足を止めるが、彼らの動きはそうでは無かった。
玄関に向かうのではなく、全員が建物の中の別の場所に向かって動いている。
「指示受けて何かお仕事かね」
彼らの動きをそう判断して足を踏み出そうとした瞬間、弾丸の様な速さで建物の窓から何かが俺の前に飛び出てきた。
そしてそれを皮切りに、俺を包囲する様に建物に有るそれぞれの窓から人が飛び出し、俺の周囲を囲む。
そして正面に居る相手は、今にも俺を叩き潰さんばかりの威圧を放っている。
「我々の様子を探って何用・・・タロウ君?」
低く唸る様な声と共に発していた威圧は、俺の顔を認識した事によって完全に霧散。
最後の確認の様な問いも、間の抜けた様な声になってしまっていた。
俺は俺で彼らの行動に驚き、どうしたものかとキョロキョロ周囲を見渡す。
そして正面の彼に視線を戻し、手を上げて挨拶をする。
「ど、どうも、お久しぶりです、ワグナさん」
久々に会うワグナさんと、何とも言えない間抜けな顔をお互い突き合わせていた。
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