第566話想いが有るからこその決断ですか?

今まで心の中でグルグル回ってよく解らなくなっていた気持ちが、少しだけすっきりした。

整理がつかなかったから避けていたのだけど、実行したら不思議なほど心が落ち着いた。

そうか、自分はそう思っていたんだと、話しながら次の言葉が自然と出ていた。


これが「恋心」という物なんだなと、やっと認識できた。


正直な気持ちでは、私はそんな気持ちを持つ事を諦めていた。

元々私は、思考的な物や感情的な物が薄めの種族だ。

擬態も知恵を絞ったというよりも、生きてく為に見つけられた行動をこなしているだけだ。

ただ先人が見つけた事を、真似して上手くやろうとしているだけ。


だからきっと皆が感じる様な「恋心」や「愛情」は感じられないと、そう思っていた。

勿論子供達に対する愛情は解る。友人達に対する愛情もある。

けどそれとは違う、伴侶に対する愛情が私には解らなかった。


皆に向ける気持ちとは違う、特別な相手に向ける感情という意味であれば私にも解る。

ギーナ様や最初に受け入れてくれた仲間達に対する物がそう。

私は彼らの為ならこの身が砕けても構わない。けどそれは愛情とはまた違った感情だ。

彼らに対する私の感情は感謝と忠誠。彼らの為に身を粉にすると誓った。


愛情というだけなら私にとって、周囲に居る皆が愛すべき相手だ。

私を認めてくれる仲間。私が仕えるべき主。私を頼る部下達。私を慕う子供達。

全員等しく、私が愛情を向ける相手だと思っている。

だからこそ、たった一人に向ける特別な愛情という物が解らなかった。


そのせいで彼に対する気持が、一体何なのか、自分でもよく解らなくなっていた。


最初の印象は『可愛い男の子』だった。

聞いていた年齢の割に、人族にしてはとても幼く見える男性。

どこか頼りなさげな、緩い雰囲気を持った人。


彼を見た時、好感は持てる相手だと思った。彼の眼を見てそう感じた。

彼は私達を『亜人』と蔑む目では見ていない。自分と対等の相手として見ている。

むしろギーナ様やファルナ達には尊敬の意志すら見える目だった。


なにより私を見て、驚きつつも興味がある眼で見ていた。

その様子が学校の子供達の様で可愛らしいと、そう思った。





―――――あの瞬間までは。





今も鮮明に思い出せる。薄れゆく意識の中で見たあの光景を。

我が子を侵された事を怒り、我が子を守る為に戦う彼の姿を。

そこに深い想いの見える、あの親子の繋がりを。


彼に、あの強い想いと力を持つ彼に、私は救われた。

単純な「強さ」で言えば、きっと彼より私の方が強い。

ギーナ様もそう言っていた。多分その目測は間違っていない。

それでも彼がいなければ、私はきっとあの遺跡で死んでいたのだ。


その事実を認識してから、彼のあの想いの強さを感じる顔が忘れられなくなった。

寝込んでいる間ずっと、彼の事が頭から離れなくなっていた。

とても強くて、優しくて、でもどこか、悲しげな想いを見せるあの顔が。


それ以降の行動は、私自身もよく解らなかった。


彼に礼を言う事自体が何処か恥ずかしく、彼の顔をちゃんと見る事が出来ない時もあった。

一度彼とちゃんと会った後は、彼と離れた事が何故か苦しく感じた。そのせいで彼への距離を物理的に縮めていた。

そして離れると、やはりどこか何とも言えない辛さを感じていた。


彼と接している間はそんな感情は一切浮かんでこない。

彼の傍にいる事が、話している時間が、私から辛い感情を消してくれた。


集落に向かった時の監視で彼にずっと接していた理由は、決して嘘ではない。

彼を抑える事によって、アロネス・ネーレスの行動を抑制する意図が有った。

けどそれでも、心のどこかに楽しんでいる気持があった事は間違いない。

彼が傍にいる事を、そして何の問題も無く彼の傍にいられる事を、間違いなく楽しんでいた。



少し大人びた子供達に「恋をすると我が儘になる」なんて言われた事を思い出す。



つまりはそういう事。私は彼に恋をして、我が儘を彼に向けていた。

自覚していない恋心を、仕事を利用して楽しんでいたんだ。

そう思うと、彼にはとても迷惑をかけてしまった。この事は謝らないといけないか。


いや、優しい彼はきっと気を遣う。掘り返さない方が良いだろう。

私が謝った事で、彼が私を責める事が想像できない。

むしろ気にしないで欲しいと慌てる姿の方が容易に想像できる。


彼と話して、自分の気持ちを確認しながらの吐露を聞いて貰って、そう思考が纏まっていった。

そこまで自分がやってきた行動と感情に納得いった。


ビャビャという女は、タロウという男性が好きになっていたのだと。


そう認識できたからこそ、好きな人に、特別な男性に向ける愛情も、少しだけ理解できた。

私は彼の事が好きだ。きっと好きだ。だからこそ、私がやって良い我が儘はそこまでだ。

貴方の事が好きだと、その想いを伝えることまでが私に許される行為だ。


本当に彼が好きなら、彼に惹かれたのであれば、私はそれ以上を求めてはいけない。

恋ならばきっとそれも良いのだろう。だが彼には恋では駄目だ。

彼は恋に応える様な事はしない。彼には強く想う伴侶が居るのだから。

そして私はそんな彼に惹かれたのだから。


貴方に傍にいて欲しい。貴方に愛して欲しい。貴方に求めて欲しい。

私を優しく甘やかして欲しい。抱きしめて欲しい。

そんな想いを彼にぶつけるのは本当の愛情じゃない。

彼にそれらの想いをぶつけるならば、私は全てを捨てて彼に寄り添う覚悟を持つ必要がある。


私にはそんな事は出来ない。この国から離れる事は、私には出来ない。

例えギーナ様に許されたのだとしても、私自身が許せない。


彼の事が好きだから。彼に対する愛情が、特別な物だと解ったから。

私は彼に初めて生まれた感情を聞いて貰う。それ以上は望んではいけない。

それなのに私は彼に抱きしめて貰う我が儘も聞いて貰った。


彼にはその全てにお礼を言って別れた。

この気持ちをくれた事。真剣に応えてくれた事。

最後まで、優しくあってくれた事。


だからきっと、私はとても、幸せな人間だと思う。

結局最初から最後まで我が儘をやって、好きな人はそれを許してくれたのだから。


「ぐっ、うっ・・・」


だから、こんなに辛いのは、ただの私の我が儘だ。

私が彼の傍に行こうとしていないのに、彼が傍に居てくれないのが辛いなんて我が儘な想いだ。

この抑えられない涙も、私が勝手に辛いと思っているだけだ。


ついて行きたかった。彼の隣に居たかった。

たとえ彼が応えてくれなくてもその傍に在りたかった。

けどそんな事は、私が私を許せない。その事を彼の重荷にさせてしまう事も許容出来ない。

彼の事が好きだから、愛してしまえるから、だからこそ私は彼と共には居られない。



私は、彼の事が好きだから、彼の傍に居たいとは思わない。そう、決めた。



後悔は無い。彼が最後まで彼らしくあってくれた事が、私の想いを強くしてくれた。

彼の傍に居るべきはあの二人のような女性だと、心底思う。

愛した伴侶の為なら全てを捨てる。あの三人は、それだけの想いを持っている。

あの二人が居る彼に、私はきっと心を惹かれたのだから。



だから今は、この気持ちが落ち着くまで泣こう。

気がすむまで泣いて、明日から今までの私に戻ろう。

だから今日だけは、せめて今だけは、私は最後まで我が儘な私のままでいたい。


「好き、です、ひぐっ、タ、ロウ、さん、タロウ、さ、ん、うぐぅ・・・」


先程まで抱きしめて貰っていた温もりを思い出す様に、自身を抱きしめる。

誰もいない空間に想いを吐き出しながら、抑えられない嗚咽を漏らす。

帰ってこない事を不審に思ったファルナが私を捜しに来るまで、私は一人、ずっと泣き続けた。

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