第565話避けられない話です!

「皆元気ですね」

「う、ん。貴方が、来て、くれた、のも、理由、だと思、う」


校庭で遊ぶ子供達を眺め呟いた言葉に、相変わらず可愛い声と独特の喋り方で答える彼女。

そんな彼女の優しい声音が、自分の中にも優しく届いている。

彼女のその優しさが本物だと感じる。


「そうだと良いんですけど。一部の子には来るのが遅いって怒られましたけど」

「そういう、風に、怒られた、なら、歓迎、され、てるって、事、だよ」

「あはは、確かにそうかもしれません」


子供達を見つめながらの和やかな時間。

何処かゆったりとした、心地の良い感覚を覚える。

それは子供達と遊んだ後の疲労感や、子供達そのものの存在もあるが、何より隣にいる女性の存在が大きいだろう。


「あ、そうだ、また改めて挨拶に行くつもりですけど、俺達そろそろ帰る事が決まりました」


この空気をなるべく壊さない様に、さりげなく、本当に軽く帰りの事を伝える。

その努力が実ったかどうかが、彼女の様子からうかがえないのが困った所だ。

相変わらず表情は解らず、声を出して貰えないと感情が見えない。

なのでゆっくりと、彼女が言葉を口にするまで待った。


「そ、う。少し、寂しく、なる、ね」


そして彼女の声音からは、どうとも取れない声音だった。

本当にただ寂しくなると言っている様にも、別の感情が見える様にも聞こえた。

そこに別の感情があったとしても俺から何かを言う気は無い。


無いんだけど、どうしてもギーナさんにくぎを刺されたせいで変に気を遣ってしまう。

今までわざと気にしない様に思考の端に追いやっていたので、なかなか困る。


「ね、え、タロウ、さん」

「はい、何ですか?」


少々話をつづける事に困っていると、ビャビャさんが声をかけてきた。

それに少しほっとしながら返事をする。


「貴方、には、この国は、どう、見え、る?」

「この国、ですか?」

「う、ん」


国がどう見えるか。何か前にも似た様な事聞かれなかったっけ?

いや、あの時はこの学校がどう見えるかって話だったか。

国自体って言われても、なかなか難しいなぁ。俺はそういう事は素人だし。

でも何にも考えない答えは失礼だよな。


「この街と、途中の町ぐらいしか、俺は知りませんよ?」

「遺跡、破壊、の、為に、寄った、集落、も、込み、で、考えて、欲しい、かな」


ほむ、硬鱗族の人達も込みでなのか。

うーん、でもなぁ。あの人たちと街の状況を一緒にして良い物だろうか。

だって根本的に文化のレベルに落差が有る様な・・・。


「ああ、成程。国内の知識や文化の落差が激しい、ですかね」

「・・・う、ん。場所に、よって、は、本当に、稚拙、な文化。子供が、病、に、かかっても、碌に、治せ、ない、所も、無くは、ない」


でもウムルでも樹海傍の村みたいに、王都とはだいぶ差がある街並みの場所もあるし、それ自体は普通の事では。

ああいや、あのお母さんの場合は治療を受けた上での話か。

薬自体は今までも使っていたっぽいし。でなきゃ長期間の病で体がもつことは無いだろうな。

その為に、アロネスさんを頼ったんだろうから。


そう考えると、本当に一度確認したくなってきた。

帰ったら必ず時間貰って確認しに行こう。大丈夫だよね。ちゃんと治ってるよね?


「どう、した、の?」

「あ、いえ、ちょっと思い出し不安にかられました」

「ふふ、なに、それ」


またいつも通り顔に出ていたので、ビャビャさんに心配そうに声を掛けられてしまった。

慌てて返事をするが、その内容に笑われてしまう。

でもまあ、そのおかげで空気が和んだ気がするから良いか。

俺が少し恥をかいて場が良くなるならそれで良いのです。


「ねえ、タロウ、さん、聞いて、欲しい、事が、ある、の」

「はい、何ですか?」


笑った時と変わらない、優しくて安定した声音。

聞いているだけでざわついていた心が凪いで行く様な、そんな染みわたる声。

ただ優しいだけじゃない、身を預けたくなる様な抱擁感を感じる。

声だけでそう思わせるこの人って、結構凄いよな。


「私は、初めて、人を、好きに、なった、の」

「――――そう、ですか」


誰を、とは彼女は言わなかった。だから、俺は誰なのか解らないふりをした。

自分が顔に出る人間なのは解っているので、どこまで隠せているかは解らない。

それでも、動揺するわけにはいかなかった。


「正直に、告白、すると、まだ、良く、解って、ないんだ、けど、ね」


彼女の言葉を遮らない様に、ただ彼女の話を聞く。

俺から変に言葉を投げるわけには行かない。

最後まで、しっかりとこの女性の言葉を聞こう。


「私、って、種族、的には、少し変、でね。ちょっと、感情、豊か、過ぎる、らしい、の」


感情豊か、か。

俺は彼女しか彼女の種族を見た事が無いので何とも判別付きにくいが、きっとそうなんだろう。

少なくとも、彼女がとても良い感性の持ち主だという事は知っている。


「だから、本来、本能に、任せる、部分、が、出来ない、んだ。変に、知識を、もっちゃった、せい、も、有ると、思う」


本能に任せるって、多分そういう事だよな。

でもこれ突っ込んで聞いて良いのかスゲー困る。意味を理解できるだけに凄い困る。

どうしよう、いったん止めた方が良いかな。いやでもここで止めるのは駄目だよな。


「同、種族に、惹かれる、のが、普通。けど、私は、違う。人族に、惹かれて、しまっ、た」


そこで、優しくて耳障りの良く、心地の良かった声にノイズが入ったように感じた。

殆ど変わっていないのだけど、どこか違うように感じる。

そのせいで、俺の心もざわついた様な気がした。


「きっと、その人、が、好きなんだ、と、思う。別に、私、を、助ける、為、じゃ、無かった、何て、解ってる。けど、薄れる、意識の、中で、見えた。彼の、姿。今でも、思い、出せる」


それはきっと些細な切っ掛け。小さな感情が芽生える小さな切っ掛け。

けどその切っ掛けが、彼女にとって小さな物ではなくなってしまった。

彼女はその大きな物を、自分の中で処理できなかった。それがここまでの、彼女の行動の理由。


「タロウ、さん、きっと、私は、貴方、が好き、です」

「ビャビャさん、俺は――――」


きっと勇気をもって口にしたであろう言葉に、俺は真剣に返事をしようとした。

けど、彼女はその触手を俺の口に伸ばし、続きを言わせてくれなかった。


「けど、私、は、彼女達、には、なれ、ない」


彼女は最初の様な、とても優しい声音に戻って、そう言った。

その言葉の意味を理解して、俺は口を開くのを止める。まだ、話は終わっていない。

俺の様子を確認して、彼女はその触手を引いて続きを語った。


「この、国、は、私の、夢。ギーナ様、は、私、の、夢。きっと、貴方、の、事は、好き。だけど、これを、捨てて、まで、ついては、いけない。追いかけ、られ、ない。貴方、が、持った、様な、印象の、無い、国に、し、たい」

「・・・とても、貴女らしいと思います」

「う、ん。あり、がとう。タロウ、さん、なら、そう言って、くれると、思っ、た」


彼女は俺の稚拙な答えに、とても嬉しそうな様子だった。

だからこそ、彼女の続けた言葉の重さと、その想いを感じられた。


「タロウ、さん、好き、です。我が儘、な、想い、だけ、ぶつけて、ごめん、なさい。でも、好き、です。聞いて、くれて、あり、がとう」


俺の事を好きになってしまった。けど自分には立場と夢がある。仕えるべき主人が居る。

彼女にはそのどちらかしかとる事が出来ない。

その天秤をかけて、自分自身の幸せよりも、ある意味で別の幸せを取った。

夢が形になり、国が豊かになり、子供達が幸せに生きられる世を作るという幸せを。


「ビャビャさん、俺も貴女の事は、きっと、好きです。友人の好きよりは、少し違う好きだと、思います。けど、ごめんなさい。俺は愛する彼女達の為に在りたい」


彼女の言葉はとても真剣で重い言葉だった。一切を隠さない、誤魔化さない真剣な言葉だった。

だからこそ、俺も真剣に返す。貴女と共に、ここで暮らしていく事は出来ないと。

貴女を「好きだ」とは言えても、貴女を「愛せる」程の、好意はもっていないと。


「うん、ありが、とう。優しい、ね、タロウ、さん、は。好きに、なれて、良かっ、た」


俺の答えに、彼女は変わらず優しい声で、そう言ってくれた。

彼女の想いに応えられないとはっきり言った俺に、礼を言った。


「タロウ、さん、もう、一つ、我が、儘、言って、いい?」

「俺が聞ける範囲なら、何でも」


俺が出来る限りなら、彼女の願いは叶えてあげよう。

それが我が儘な事であっても、イナイとシガルの事を裏切らない事であればやってあげたい。

それぐらい、俺は彼女に対して好意は持っている。


「・・・一度だけ、抱きしめて下さい」


彼女は少し溜めてから、普段とは違う滑らかな発音で俺にそう伝えてきた。

彼女の表情は解らない。声音は変わらず優し気だ。

けど何故か、彼女は今にも泣きだしそうに見えた。


子供達からは見えない様に、周囲からは何も解らない様に、幻影の魔術を使う。

そして彼女の触手を手に取り、彼女を強く抱きしめる。


「――――本当に、ごめん、なさい、あり、がとう。大、好き」


彼女は触手を俺の体中に絡ませ、俺の体を確かめる様に巻き付ける。

そうして、彼女がその触手を俺から離すまで、俺は彼女を抱きしめ続けた。

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